2010/10
No.110
1. 巻頭言 2. Low frequency 2010 3. inter-noise2010 4. 音 玩 具
5. 第35回ピエゾサロン 6. 補聴器 リオネット クレア

     第35回ピエゾサロン
 「目指すは人工筋肉―インテリジェントゲルの未来―」長田義仁

顧 問  深 田 栄 一

 平成22年 7月29日に小林理学研究所で第35回ピエゾサロンが開催された。北海道大学名誉教授で現在理研基幹研究所副所長の長田義仁博士が「目指すは人工筋肉―インテリジェントゲルの未来―」の題で講演された。


長田 義仁 博士(理化学研究所)

 生物のような運動を実現するには、ハードでドライな材料からソフトでウエットな材料へのイノベーシヨンが必要である。膨大な研究業績の中の僅かな一部の紹介であった。

メカノケミストリー

 筋肉運動や原形質流動などの生体の動きでは、化学エネルギーを直接力学エネルギーに変換している。合成高分子によってメカノケミカルシステムを創るのが研究の動機であった。
 生体とほぼ含水量の等しい含水高分子電解質ゲルに直流電圧を加えると、可逆的な収縮が起こる。図1はポリ−2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(PAMPS)ゲルの収縮挙動を示す。(a)は電圧印加前、(b)は30 Vの電圧を約1時間印加した後である。
 ポリアニオン(マイナスイオン)の場合、陰極から水を放出しながら、陽極から徐々に収縮し、約20分ほどで全体の約70 %に及ぶ水分を放出する。このような電気刺激による収縮は、コラーゲン、寒天、ポリアクリル酸など電荷を持つ天然及び合成高分子でも観測される。電圧を加えると、ポリアニオンは陽極に移動し、対イオンのプラスイオンは陰極に移動し、溶媒化していた水が分離されるためである(図2のモデル)。


長田義仁,人工臓器17, 466 (1988)
図1 PAMPSゲルの収縮挙動


長田義仁, 化学技術誌, 42 (1986)
図2 電気刺激によるゲル収縮の原理


 更に興味があるのは、図3のように、ゲルに荷重を加えておくと、荷重が大きいほどゲルの収縮速度が大きくなることである。図4はポリメタクリル酸の場合の収縮速度と荷重との関係を示す。荷重をかけることによりゲル中の高分子鎖の未解離のイオンの解離が促進され、その結果、電流値が増加するためである。  

運動−人工筋肉
 筋肉収縮のモデルを図5に示す。筋原繊維の単位であるサルコメア(筋節)の内部には、アクチンタンパク質分子とミオシンタンパク質分子が平行に並んでおり、ATPの作用ですべりを起こすために収縮が起こる。
 人工的な筋肉モデルとして、配向したミオシンゲルの上でアクチンとポリカチオンの複合ゲルが滑る系を創ることに成功した。図6に示すように、ミオシンは自己重合後化学的に架橋して配向ゲルを作る。アクチンは自己重合したFアクチンに種々のポリカチオン高分子を組み合わせて架橋し、繊維状の複合ゲルを作る。この複合ゲル繊維に蛍光物質をつけて、配向ミオシンゲルの上に置き、ATPを与えたときの動きを顕微鏡で観察した(図7)。
 Native myosinの上にNative Actinを置いた場合に、Actinが動く平均速度は約0.82 μm/sであった。アクチン複合ゲル繊維をミオシンゲルの上に置いた場合には、その動く平均速度は7.06 μm/sであり10倍ぐらい速いことが観測された。
 アクチンに複合架橋させる高分子としてはpoly-Lysinやx,y-ionene bromideがある。アクチンとの協同パラメータが大きいほど、複合繊維の極性が増加し、極性に比例して動く速度が増加した。

長田義仁,人工臓器17,466 (1988)
図3 人工筋肉を模したゲルに荷重を加えて電気収縮

堀 浩文,長田義仁,膜,15,244 (1990)
図4 PMAゲルの収縮速度に及ぼす荷重の影響

図5 筋肉収縮の原理


図6 配向したミオシンゲルの上にアクチン複合ゲル繊維を置く


図7 Actin 複合ゲル繊維の動く速度がNative myosinの上では平均約0.82 μm/sであるが、myosin ゲルの上では平均約7.06 μm/sであった

 

摩擦−人工関節
 図9に示すように、摩擦係数μは固体と固体の間では0.2〜1.0であるが、高分子電解質ゲルと固体の間では10-2〜10-3の小さい値になる。更にゲルの表面に自由鎖状の高分子が存在しブラシ構造であると、10-4〜10-5 ときわめて小さい値になることを見出した。
 図10に示すようにPAMPSゲルがガラス基板の上で合成された場合、摩擦係数μは約10-1であるが、疎水性のpolystylene (PS)の上で合成されるとμは10-3〜10-4という小さい値になる。疎水面での重合では架橋が十分に進まず、表面に枝分かれした分子鎖が存在する。そのためすべりの効果が大きい。ゲルの網目の中に高分子の自由鎖を導入しても同じような効果が得られた。

図8 Actin と架橋するポリカチオン高分子の分子量が大きいほど極性が大きく、極性に比例して速度が増える

図9 高分子ゲルの表面摩擦理論


図10 摩擦係数μと法線圧力Pとの関係

 

強靭性−人工軟組織
 図11に示すように軟骨などの生体軟組織は弾性率は小さいにもかかわらず、金属やセラミックスに匹敵する引っ張り破断応力を持っている。通常の高分子ゲルの弾性率や破断応力は非常に小さい。
 図12 の例は、PAMPSとPAAmが二重に複合したゲルを合成して、生体軟組織と同等の高強度を持つゲルの実現に成功した。含水率が90 %以上であるのが注目される。
 破壊強度の高い二重ゲルの構造の特徴は、まず、第一の網目と第二の網目のモル比が大きいこと、次に第一の網目の架橋度は高く第二の網目の架橋度は低いことである。荷重が加えられたとき、弱い網目の切断や流動によってクラックのエネルギーを吸収してマクロなクラックの発生を防いでいると考えられる。
 図13のように、高強度、低摩擦を兼ね備えたゲルにはいろいろな可能性の夢がある。

図11 弾性率と引っ張り破断応力


図12 含水複合ゲルの驚異


図13 高強度高分子ゲルの可能性

 

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