1983/6 No.1
1. ニュース発刊にあたって

2. 低周波音の暴露実験室について

3. 縮尺模型実験 4. 等価騒音レベルの測定について 5. 作業環境における衝撃騒音の評価・計測方法について
6. 米国環境庁(EPA)の騒音規制に関する政策変更について
   
 縮尺模型実験

騒音振動研究室長 山 下 充 康

 小林理学研究所が音響研究機関としてこれまでに培ってきた技術は、環境保全の各種課題の解決に役立ってきました。騒音振動研究室の最近における活動の中から縮尺模型実験に関する研究業務についてご紹介します。
 道路、鉄道などからの騒音が周辺地域に与える影響の予測や騒音防止対策の立案のためには、音の伝搬性状を正しく把握することが大切な作業になりますが、その手法のひとつに模型実験があります。理論的に求められた現象の確認や実際の現象の分析手法として、室内音響研究の分野では古くから模型実験技法が利用されてきました。音が伝わる途中に存在する反射や遮蔽の要素は実際の現場ではきわめて複雑で、これを理論に基づく計算によって解明することは困難です。模型実験では音の伝搬に介入する様々な要素を任意に変化させることができるために、個々の要素の変化がもたらす総合的な影響を実際に観察することができます。この利点を騒音分野に応用したのが騒音予測手法に利用している縮尺模型実験です。
 現在われわれの研究所には縮尺模型実験に使用するための特別な実験室が3つあります。そこでは、起伏のある地形の模型や、ビルや家屋の林立する市街地の模型などが次々に製作され、実験が行われています。実験に携わる人たちは小人国のガリバーのように見えます。
 写真1は、道路周辺地域の騒音防止方法を設計計画するために行った模型実験の例です。自動車から放射された騒音の沿道地域への伝搬状況を把握し、効果的な遮蔽物(防音塀)の設置方法や形状を検討する実験を行いました。この種の実験には技術的な課題が数多くあります。実物との相似性を確保するための基礎的な技術開発をする一方で模型実験によって得られた結果と実際の現場における実測結果との対応を観て、できるだけ実物に近いシミュレーションが可能なように研究が進められています。例えば模型の縮尺比に応じた高周波数領域における音響放射パワーの大きい安定した出力の音源を開発したり、任意の周波数スペクトルを実現することのできる電気回路を設計製作して実験に供しています。任意の線形に適用できる非干渉性線状音源は他に類を見ない当研究所特有の装置で、カーブ区間を持つ道路や鉄道などの実験には欠くことができません(日本音響学会誌35巻8号:吉村、山下:縮尺模型実験用線状音源)。

写真1 道路周辺地域縮尺模型

 模型実験用の実験室は道路や鉄道などのように大きな寸法の模型を持ち込むので大型の空間が必要になります。
 実験室の寸法、その他の諸元を表1に示しました。3室に共通な設備として特に重要な機能は高圧空気の配管が備わっていて、随時バルブ操作によって高圧空気を使用することができるように工夫されていることです。高圧空気はノズルからのジェットを利用した模型実験用の点音源や線音源(図1)に欠くことができません。実験は長時間にわたって行われることが多いのですが、その間、高圧空気を安定した圧力で供給しなければなりません。そのために写真2に示すような大型のコンプレッサと14.3uの容積を持つ大きなエアタンクを備えています。

表1 模型実験室主要諸元
 
図1 ジェット・ノイズ利用の線状音源の構造
 
写真2 高圧空気を供給するエアコンプレッサー
   

 模型実験によって鉄道や道路周辺の騒音対策を効果的に実現した例は多くを数えることができます。周辺への騒音伝搬を防止するために高架道路上に建設されたシェルターの設計段階では模型実験が大いに役立ちました。シェルターの妥当な長さの決定、内側の吸音処理の効果やシェルター前後の遮音壁の高さの検討などに合せて周辺の建物による騒音の反射や遮蔽、回り込みなどの状況を把握して、その地域の将来騒音予測を行いました。いわゆる環境アセスメントです。その後、この道路が開通したわけですが、模型実験によって推定されていた騒音レベルと開通後に実測された騒音レベルとはほぼ一致しており、全地域的に±2dBの範囲に納まる精度の予測であったことが確められました。
 このように模型実験は騒音の予測手法として直接的に対象地域における状況を観察、把握することができるのできわめて利用しやすい技術です。前にも述べたように技術的には長年にわたって培われてきた基礎になるさまざまな音響研究をふまえた上で実用化された予測手法です。現在でもなお多角的に技術開発を続けています。例えばコンピュータの利用による実験作業の省力化、データ処理の効率化などは逐次工夫が進められています。
 模型実験の内容は研究内容によって異るので総てをここに書くことはできませんが、模型を見るだけでも興味を持っていただけると思います。一部に依頼機関のご指示によって御案内できない場合もありますが、常時何かしらの模型実験が行われておりますので、お近くにいらしたおりには小人国のガリバーの気持を味わわれるのもよろしいかと思います。
 以下に模型のいくつかの写真を紹介しておきます。

写真3 高速道路橋および住宅模型
 
写真4 高架橋梁模型の橋脚部分  

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