2007/1
No.95
1. 新年を迎えるにあたって 2. 能本乙彦先生と小林理研 3. ECAPD'8参加報告

4. 静電気発生器

5. 第27回ピエゾサロン 6. 1/2インチエレクトレットマイクロホンUC-59
      <骨董品シリーズ その61>
 静電気発生器

理事長 山 下 充 康

 日本の冬は乾燥期。空気中に水分が極端に少ないために物に電荷が溜まりやすく、唐突な放電の火花に驚かされる。木綿や絹や羊毛などの天然繊維に代わってナイロンやポリなどの合成化学繊維が衣類に多用されるようになったために、衣類の脱着の際にパチパチと飛ぶ火花に悩まされる。いわゆる摩擦静電気に起因するパチパチで帯電防止処理をしたアイテムが人気を呼んでいる。
 小学生の頃の理科の時間にエボナイト棒やガラス棒を絹の布や毛皮などで摩擦して帯電させては髪の毛を引きつけたりライデン瓶に蓄電しては火花を飛ばして電気の説明を受けたことを思い起こす。理科教材では何故か猫の毛皮が使われていた。
 摩擦による静電気の発生は古くから観測されていたらしい。これが科学的に論議の対象とされたのは1700年代、雷雨の中の凧揚げ実験、1800年代のファラデーの電磁誘導の研究などが相次いだ時期で、この時代は電磁気学の黎明期と言うことが出来よう。
 1800年代、英国の科学者にJames Wimshurst が登場した。彼が考案した起電機、「ウィムズハーストの起電機」は今でも科学博物館の人気展示物になっている。
 今回の骨董品シリーズでは「ウィムズハーストの起電機」を取り上げる。音響学に直接関係はしないが、科学実験器具として小林理研の「音響科学博物館」に展示した。互いに逆回転をする二枚の円盤と二つの蓄電用ライデン瓶から構成される起電機は、そのすがた形と作動の様子が謎めいていて、観ているだけでも科学への興味を感じさせられる魅力的な展示物である(図1)。

図1 展示されている起電機
(手前)ウィムズハースト起電機
(奥)静電高圧発生装置と放電球

 起電機はエレクトロニクスの発展途上、電気実験に不可欠な装置に位置付けられていた。X線の実験や様々な放電現象に係る実験では高電圧が必要であった。高電圧を取り扱うために、度々研究者が不幸な事故に遭遇することも少なくなかったらしい。雷雨の中で凧を上げて雷が自然界の帯電現象であることを解明したフランクリンの実験も、後日これを真似た再現実験を試みた科学者が雷に打たれて死亡事故を起こしている。
 ガラス、ベークライトなどの誘電体で造られた円盤(保有している起電機はプラスティックの円盤である)に短冊状のアルミ板が等間隔で放射状に取り付けられている。この円盤が二枚、1 cmほどの間隔で平行にセットされ、クランク状のハンドルを回すと、二枚の円盤が逆方向に回転する(図2)。金属のブラシが円盤に接触していて、帯電した電荷をアルミ板から連続的に取り出すことが出来るように工夫されている。ブラシによって取り出されたプラスとマイナスの電荷は二つのライデン瓶(図3)に蓄電される仕組みである。空間内に自然に存在する僅かな電荷が「タネ」であって、回転盤によって連続的な静電気誘導が繰り返されて「タネ」が大きな電荷となる。これがライデン瓶に蓄積されて、空間に火花(アーク)を飛ばすまでに成長することになる。

図2 二枚の円盤
図3 装置正面に配置された二つのライデン瓶
ハンドルを回すと二枚の円盤が逆方向に回転する
 

 ライデン瓶はオランダのライデン大学で1746年に考案された電気実験器具で、今で言う電気回路に使われるコンデンサの原型である。構造が単純で、原理的な説明が容易なことも手伝って静電気実験には今日でも頻繁に使われている。図4は実験室に残されていた古い時代のライデン瓶である。電極を取り付けた木製の蓋とガラス瓶がレトロな雰囲気を保っている。 

図4 音響科学博物館に展示されているライデン瓶

 ウィムズハーストの起電機は1833年に発表されて以来、静電気実験に使われ続けている。今日では手回しの回転機構の部分が電気モータに変わっているものが在るが原理的には発明当時そのままの姿をとどめている(図5)。この起電機には科学実験器具として、立派な風格と貫禄を感じさせられる。わが音響科学博物館の看板展示物となっている。

図5 ウィムズハースト起電機 外観

 静電起電機といえば日本では江戸時代に平賀源内がエレキテルなる摩擦静電気発生器を製作している(1776年)。これは科学的な電磁気研究に利用されたのではなく、電気ショックや放電現象を見世物や病気治療器として使ったとのことである。
 連日、異常乾燥注意報が発令される関東地方の冬。頻繁に指先から電弧(アーク)が飛ぶ季節である。発生する静電気の電圧は数万ボルトである。電圧は高いが電流が極端に少ない。このため感電による生理的なショックを受けるほどではないが、指先から静電気の放電火花が飛んで気持が落ち着かない。化学繊維のカーペットが敷き詰められた床を歩くと電荷が全身に蓄積されて帯電した電圧は数万ボルトに及ぶ。物に触れようとするとき指先からパチッと放電する。生理的なショックはないとはいえ、唐突な電弧の発生に驚愕させられて、これを極端に嫌う人も少なくない。
 ウィムズハーストの起電機の性能が発揮されやすいのもこんな乾燥の時期である。高温多湿の春から夏にかけての日本では帯電現象が起き難く静電気の実験に苦労が伴う。理科教育の実験にも季節性が在ることは一般にあまり知られていない。

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