2005/1
No.87
1. 巻頭言

2. Low frequency 2004

3. プラニメータ(面積計測器) 4. 第23回ピエゾサロン 5. リオネット新製品 デジタリアンS/new JOYTON
       <骨董品シリーズ その54> 
 プラニメータ(面積計測器)

理事長 山 下 充 康

 前号で「計算尺」を紹介させていただいた。記事の中で「アナログと有効数字」の意義について触れたが、今回は計算尺に続いてディジタル技術が普及する以前に使われていた「求積器:プラニメータ」を取り上げることにした。

 地図上で特定の地域の面積を求めたり実験データのパラメータとして面積に注目するような場合、図面に描かれた複雑な不整形部分の面積を求めなければならないことがある。当該平面を面積の算出しやすい単純な形の長方形や三角形に細かく分割して近似的に当該平面の面積を求める方法が一般的である。小中学生の頃、算数の授業で曲線に囲まれた図形の面積を求める方法を学んだことを記憶されている諸兄も居られよう(図1)。

図1 不整形範囲の面積の近似的な求め方

 音響振動の研究分野でも面積に注目する場合が少なくない。例えば特定地域の騒音レベルの分布状況やコンサートホールなどの室内の音圧レベル分布状況について論議を展開する際に面積情報が重要な検討要素とされる。

 図2は面積に注目して整理した実験結果の一つで、残響室内の音場の拡散状況を空間相関関数によって検討したものである。相関関数の三次元的な分布状況を観測した実験結果を図のように二次元平面に表示したものであるが、曲線で区分された範囲の面積比を読み取り、図示されたパターンを数値化して検討が加えられた。

図2 多円錐図法を用いた三次元分布の平面表示
(子安 勝,山下光康:空間相関による残響室内音場の拡散度評価 
日本音響学会誌 26(3))

 曲線で囲まれた特定の範囲の面積を求めるための道具が「プラニメータ」である。使用に当っては極めて繊細かつ複雑な操作が要求されるが原理的には当該範囲を長方形に分割してこれらの面積を積算するものと考えてよい。求めたい範囲を囲む曲線をシャフトの一端に取り付けられた針(測針)でなぞることによって測針が辿る縦方向、横方向の移動距離と移動方向を検知してこれを積算する。アーム(腕木)の基礎部分はスチールで作られていてノギスを思わせる細かい目盛りが刻まれている。シャフトの一部が可動構造で別のシャフト(座標軸を決める固定シャフト)に接続していて目盛りの刻まれた小さな動輪が取り付けられている(図3)。

図3 プラニメータ外観と動輪部分の拡大図

 親切なことに動輪に刻まれた細かい目盛りを読み取るためのルーペが付属している。副尺(バーニヤ)が付属していて主目盛りを含めて4桁までの数字を読み取ることが可能である(言い方を変えれば「4桁で十分である」という科学者の哲学が感じられる。このことは前号の「計算尺」でも述べさせていただいたが、有効数字の意味と「数値」が持つ意味の理念に通じるものであろう)。

 小林理学研究所の備品倉庫の片隅に幾つかのプラニメータが丁寧に保存されていた。単式、複式、更に複式の改良型の3種類のプラニメータであるが各々がラシャ布で内張りされた長方形のレザーの箱に納められている(図4)。取扱説明書も付属しており「服部時計店機械部」と記されている。数取り車が風化して割れたものもあるが、細部にわたる仕上げの様子を見ると精密計測器の風格が感じられる。

図4 プラニメータの収められている箱

 この種の計算機器は19世紀後半に発明が相次いだとのことである(プラニメータの発明者は「J.Amsler」とのこと)。ここに紹介させていただいたプラニメータは発明時の原型に近い機種である。プラニメータは今日でもディジタル表示の機種が市販されている。マイクロコンピュータ、液晶表示が組み込まれ、電卓までもが付属している。この種のディジタル機器では10桁に近い数字が表示されるように作られていて、手にすると何かしら落着かない気分にさせられる。山歩きの折などに曲がりくねった道のりを測る道具に「キルビメータ」というのがある。先端に小さな動輪がついた懐中時計のような形の単純な道具で、動輪の回転数によって道のりの距離を算出する計器であるが、近年ではディジタル式のキルビメータが登場している。これらのディジタル機器は小型であり使い勝手は昔の機種よりも格段に優れているものの表示される桁数の多い数字に困惑させられる。

 プラニメータが手元になく、面積を求めて処理しなければならないデータが極端に多いことがあった。困り果ててデータの描き込まれた用紙を図形に沿ってハサミで丁寧に切り抜いては切り抜いた用紙の重さを測ることによって面積に対応する値を求めた。気温と大気中の湿度の影響を受けて紙の重さが変動し安定したデータが得られずに苦労させられたものである。4桁どころか3桁の数字による処理だったが、研究の内容を取りまとめるのには十分だった。旧いプラニメータをご紹介するついでにアナログ礼讃のオジンの戯言を述べさせていただいた。


 音は極めて日常的な存在である。常時、人は音を聞いている。言葉、音楽、警報などの音信号から小鳥のさえずり、木の葉の擦れ合う音、さらには騒音に到るまで、多種多様な音に接している。われわれを取り巻く様々な物理的刺激要素に対して、われわれは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といったいわゆる五感に代表される感覚をもって反応しているが、音を捉える聴感覚については残念ながら関心が薄いように感じられる。そんな音との日常的な接点に目を向けて、われわれの日常生活とは切ってもきれない環境要素のひとつである音と上手に付き合うための解説を、平易な科学知識を用いて様々な角度から音の姿と振舞いについて言及する。

 「謎解き音響学」  山 下 充 康 著

  丸善株式会社 定価(本体1,800円+税)

  ISBN:4-621-07450-4 C3040

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