2005/1
No.87
1. 巻頭言

2. Low frequency 2004

3. プラニメータ(面積計測器) 4. 第23回ピエゾサロン 5. リオネット新製品 デジタリアンS/new JOYTON
 
 第23回ピエゾサロン

顧 問 深 田 栄 一

  平成16年9月22日に小林理研で第23回ピエゾサロンが開催された。物質・材料研究機構 材料研究所の任 暁兵 (Ren Xiaobing) 主幹研究員“新しい原理による巨大電歪効果−鉛フリー高性能電歪材料への新展開”の題で講演された。

物質・材料研究機構 任 暁兵主幹研究員 講演

 圧電材料に電界を加えると歪が生ずる。しかしその歪は、アクチュエータなどに広く応用されているPZT (Pb(ZrTi)O3)でも、100V/mmの電界で0.01%程度である。任博士は、点欠陥を含むチタン酸バリウム(BaTiO3)の単結晶をキュリー点以下の80℃で5日間熱処理することによって、200V/mmの電界で0.75%という大きな可逆的歪が生ずることを発見した。BaTiO3単結晶の中に鉄Fe3+の不純物原子(0.02%)と酸素原子O2-の空孔が存在すると、結晶格子のなかで点欠陥を構成する。この点欠陥が時効によって結晶格子と同一の対称性を獲得するという新しい現象が発見され、その結果強誘電体ではじめての巨大な電歪が観測されたのである。

 BaTiO3単結晶は高温では高い対称性の立方晶系であるが、キュリー温度以下では低い対称性の正方晶系になる。結晶は自発分極を持つドメインに分かれる。電場を加えて、分極が電圧方向に沿うようにドメイン変換が起こると、正方晶系の長軸と短軸の交換がおこり、その歪の理論的大きさは1〜5%に達する。しかし、通常の場合には、電場を除くと残留分極が残り、ドメインが可逆的に元に戻ることはない。

 任博士は、ある点欠陥(例えばFe原子)のまわりのほかの点欠陥(例えばO原子の空孔)の占有確率は、十分時間がたった平衡状態では、結晶の対称性に一致することを見出した。例えばO原子が十分拡散した後では、点欠陥による分極は正方晶系の長軸の方向と一致する。したがって点欠陥による分極はドメインの自発分極の方向と一致する。

 十分な時効を経たFe-BaTiO3に電場を加えると、図1のように約170V/mmの電場で約0.75%の歪が生じ、電場を減少させると、歪は可逆的にゼロにもどる。点欠陥の安定性のために、電場によるドメイン変換が可逆的に起こったのである。良く知られているPZTセラミックスやPZN-PT単結晶では同じ電場で誘起される歪は0.05%以下である。

 時効した単結晶での分極と電場のヒステレシス曲線は、図1と類似した形となり電場ゼロでの残留分極は現れない。時効していない単結晶では通常のヒステレシスが観測される。

図1 点欠陥ナノ秩序によるFe-BaTiO3の巨大電歪

 点欠陥が結晶相の対称性を獲得することにより、ドメインの性質を支配することが見出されたのであるが、このような現象はBaTiO3以外の種々の結晶でも起きる。例えばPZTに不純物を導入して時効させた場合には通常の2倍以上の電歪が観測された。

 点欠陥と時効による大きな電歪はBaTiO3のような鉛を含まない結晶で広く起こる現象なので、鉛フリーの高性能材料を作ることが可能である。非線形の大きい電歪効果を用いるため、従来の線形圧電材料とは異なる新しいアクチュエータやセンサへの応用が期待される。

 文献:X.Ren, Nature Materials, 3,91-94 (2004)

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