2004/4
No.84
1. マニュアルとプロの技

2. 蓄音機ターンテーブル回転チェッカ

3. 床試験室における床衝撃音レベル低減量の測定 4. 第21回ピエゾサロン 5. オーダーメイド補聴器のシェル自動生産システム
 
 マニュアルとプロの技

所 長 山 本 貢 平

 「いらっしゃいませ。こんにちは!ようこそ○○へ!」「御注文を繰り返します。□□が2つ・・・。以上で御注文はよろしかったでしょうか?」「では、ごゆっくりどうぞ!」

 店の中で、若い女店員が周囲に通る声で話しかける。日本語は少し変だなとは思いながら、客としてそんなに悪い気はしない。ふと目を上げると、厨房の調理人も若い。そして、運ばれてきた品のクオリティは満足のいくものだ。客への応対と云い、出された品と云い値段の割には質が高い。うっかり「チップを置こうか」と思ったが「そうだここは日本だ」と思い直す。別の日に別の店に入る。同じようなサービスに出遭う。これを何度か経験するうちに、「なんだか変だな」と思い始める。学生アルバイトのような女店員。そして経験がまだ浅いと思われる調理人・・・。

 このような場面に、一度は遭遇されたことがあるだろう。これはまさに作業手順書、すなわちマニュアルの為せる業である。マニュアルさえきっちり出来ていれば、そしてそれに忠実に従えば、経験の無い素人でも「プロの技」と間違えるだけの仕事が出来るのである。逆に素人だからこそマニュアルが必要なのである。

 マニュアルと呼ばれるものは至る所に存在する。例えば緊急時の連絡・対応マニュアル、災害時の避難誘導マニュアルなどである。これらは人の生命や財産を守るための手順である。国や自治体には完備されているはずだ。もっと身近な例を考えよう。我々に関係するものとしては、騒音・振動の測定法マニュアル、対策法マニュアル、予測法マニュアルがある。これらに従えば、作業結果には一定の品質が確保されると見なされる。各種の測定法に関するJISやISOなどの規格も一種のマニュアルだ。いや、近年の規格はマニュアル化の色彩が濃い。規格にはその測定法を使った場合のデータの「確かさ」が明記されるようになってきた。一定の品質を確保するためには、どうしてもこのようなマニュアルが必要となるのは理解出来る。

 マニュアルで、その最たるものはISO 9000と呼ばれる品質管理マニュアルである。組織がその認証を取得さえすれば、内外に向かってそこで生産される品や提供されるサービスの品質は確保されていると宣言できる。しかし、弊害もある。マニュアルに書かれた枝葉末節の手順に執着するあまり、本来の趣旨が置き去りにされてしまうことだ。そして、書かれていること以外は出来ない。いや、してはいけないこともある。マニュアルに忠実ではあるが創意工夫がない。それは滑稽にも見える。では、プロがプロの技を出すとはどう云うことであろうか?

 研究、技術開発の業種には作業マニュアルがない。あるのは、蓄積された知識と知恵と勘である。知恵も勘も文書には出来ない。従って仕事の手順は毎回異なる。途中で手順変更もある。失敗も覚悟しなくてはならない。プロの技とは、文書に書けない勘や知恵と創意工夫に基づいて、見事に目的を達成することではないだろうか。マニュアルが良くないとは言わない。マニュアル通りの仕事には一定の品質は確保されているからである。しかし、我々は一体それにチップを置くだけの価値を見出すであろうか?

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