2004/1
No.83
1. 謹んで新年のお慶びを申し上げます 2. inter-noise 2003 3. レコード盤収納用キャビネット 4. サーボ加速度計 LS-40C
       <骨董品シリーズ その50>
 レコード盤収納用キャビネット

理 事 長 山 下 充 康

 音響科学博物館の片隅に古色蒼然とした木製のキャビネットが置かれている。キャビネットは横長(間口幅164cm、高さ108cm、奥行き41cm)で二組の観音開きのガラス扉が付けられている。ガラス扉の内側には赤いラシャ布が張られていて、外部からは扉を開けなければ内部を見ることができない。ラシャ布は色あせて時代を感じさせる。このキャビネットの中にはぎっしりと古いレコード盤が納められている。

図1 レコード盤収納用キャビネット外観

 キャビネットの木質部分は桜であろうか堅い木で作られている。ベニヤ板や合成木材は全く使われていない。内部は棚板で細かく区切られている。レコード鑑賞マニアが家具細工師に注文して作らせたものであろうか、レコード盤収納専用のキャビネットである。

 当博物館の展示物にあってエヂソンによって作られた100年以上前のロウ管式蓄音機(1990年1月・No.27)、大きなラッパを備えた数々の手回し蓄音機(1994年7月・No.45)、ワイヤーレコーダに始まる磁気録音機(1999年4月・No.64)など、録音に係る様々な機器は来訪者から強い関心が寄せられているところである。

 今日では録音しようとする信号はディジタル化されて、各種の記憶素子に記録されるようになったが、レコード盤は音の記録メディアとして1983年のCDが登場するまで長年にわたって多くの分野で重宝されてきた(音楽だけではなく政見演説、講談、落語、浪曲などの録音盤もあった)。

 レコード盤は音盤とも呼ばれていた。ワックスドラムから平たいレコード盤に変わってからは大量生産が容易になったために巷に大量の音盤が出回った。当初はいわゆる「SP盤」と呼ばれるレコード盤で、シェラック(カイガラムシの分泌物)を原料としていた。ポリ塩化ビニールが開発されてEPレコード盤(Extended Playing)、LPレコード盤(Long Playing)が登場することになるが黒々とした重いSPレコード盤は音楽愛好家たちにいまだに馴染み深いものとなっている(SPというのはShort PlayingともStandard Playingの頭文字とも言われている)。SP盤は割れやすく、重い上に取り扱いも厄介なものだったらしい。

 とくに厄介だったのは保管である。立てておくと反りかえる。水平に置くのが好ましいが幾枚も重ねておくと盤自体が重いから自重で音溝が潰される。カビや汚れも雑音の原因になるから禁物である。

 SP盤は一枚ごとに厚紙の袋に入れられていた。SPレコード盤は高価だったからコレクターたちはレコード盤の保管に苦労させられたらしい。そこでここに紹介させていただくキャビネットの登場となる。

図2 キャビネット内部

 キャビネットの中はレコード盤の重みが分散されるように堅牢な棚板で細かく仕切られている。一段が5cmほどで13段。各段に数枚のレコード盤が水平に納められている。正面のガラス扉に張られたラシャ布は太陽光の直射を避けるための遮光の役割をするものであろう。

 SPレコード盤は直径が30pのものと一回り小ぶりの25cmのものがあった。直径が25cmの音盤は管弦楽曲や声楽曲の小品や童謡などの短い曲に当てられていたようである(ポータブル蓄音機の中には30cmの音盤がかけられない機種もあった)。  30cmの音盤でも一面に録音される時間は高々5分程度で裏表の両面でも10分である。演奏時間が数十分に及ぶ交響曲や協奏曲などの大曲を鑑賞するには複数枚のレコード盤が必要になった。このため複数枚のレコード盤が一まとめにされて立派な表紙のアルバムが作られていた。因みにベートーベンの第六番の交響曲「田園」は5枚組みである。

図3 12枚組のレコードアルバム

 
図4 5枚組10面構成の交響曲第6番「田園」

 キャビネットに納められているSPレコード盤のラベルには今では鬼籍に入った名演奏家たちの名前を散見することができる。トスカニーニやブルーノワルター やストコフスキーの指揮によるベートーベンやブラームスやチャイコフスキーが納められていると思うとキャビネットがますます重厚に見えてくる。音響科学博物館のお宝展示物である。

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