2002/4
No.76
1. 創立60周年記念施設の完成 2. 創立60周年記念施設建築音響試験室棟 3. レコード針収納箱 4. 第15回ピエゾサロン

5. 聴覚フィルタの簡易測定

6. 創立60周年記念施設披露式開催
       <骨董晶シリーズ その43>
 レコード針収納箱

理事長 山 下 光 康

 西洋骨董店で鉛筆箱ほどの大きさの細長いブリキ製の小箱を手に入れた(図1)。表面には錆が浮いて塗装が剥げかけているものの、蓋に書かれている文字をたどるとこの箱がレコード針の収納ケースであることを知ることができる。ケースの蓋の中央には軍楽隊の指揮者をモチーフにしたマークが描かれ、 [GUARDSMAN RECORDS]
と記されている。

 これに興味をひかれたのは楽譜を模した奇妙なデザインが目にとまったからであった。左右の端に「ト音記号」が付けられた五線が描かれ、オタマジャクシの代わりにレコード針が音符のように並べられている。

 描かれているレコードの針には5通りの形があって、各々に[p]、[mf]、[f]、[ff]、[fff]と付記され、それぞれ「soft」、「medium」、「loud」、「very loud」、「extra loud」と説明されている。添え書きに「どんなレコード盤でも最適な再生を実現する五種類の針900本入り」とある。

図1 細長いブリキ製のレコード針収納ケース

 箱の内部は仕切り板によって五分割されている(図2)。残念ながら空箱で、針は残されていなかったが、その当時、(SP盤レコード全盛時代)、レコードの再生にはらわれた努力が推測される。 骨董品シリーズ31:[サウンドボックスと竹のレコード針(小林理研ニュースNo.62/1998年10月)]でも紹介したが、音盤の溝に刻まれた音の波形を振動として取り出すセンサーの役割をするレコード針には様々な工夫が加えられていたようである(図3)。SPレコード全盛時代にはレコード針を巷の楽器店やレコード店で容易に入手出来たが、LPレコードの登場以来、鉄製のレコード針は不要となって、今では新品を目にする機会は希である。たまに骨董市などでレコードの針を目にすることはあるが、錆の浮いた哀れな姿を曝しているのが現状である。(熱心なSPレコード愛好家のために今日でもレコード針が製造されているとも聞くが、一般に市販されているのを見かけることはない。)

図2 内部は仕切り板で五分割されている
 
図3 様々なレコード針

 レコード針は先端がたちまち磨耗するから使用後は捨てられる消耗品であった。蓄音機には未使用の針を入れる壷と使用済みの針を捨てる針壷とが並べられていたものである。件のブリキ製のレコード針収納箱は蓄音機のターンテーブルの脇にでも置かれていたものであろう。

 5種類の針の形:soft([p]ピアノ)用は普通に見かける細長い砲弾型の針、medium([mf]メゾフォルテ)用はやや太目の砲弾型で先端に丸みがある。loud([f]フォルテ)用はさらに太目で先端が鋭い円錐形の針である。very loud([ff]フォルテッシモ)用は針の首の部分が膨らんでいて筆かペン先のような形状に作られているように見える。実物が無いので蓋に描かれた絵からの推測であるが、前述の骨董品シリーズ31[サウンドボックスと竹のレコード針]でも紹介した「製図用具のようなレコード針(図4)」がこれに該当するのかもしれない。extra loud([fff]フォルテフォルテッシモ又はフォルティッシッシモ)用の針は先端近くに土星の輸のような円盤状の錘(おもり)が巻き付けられている。

図4 製図用具のようなレコード針

 電気回路が普及する以前の蓄音機は音盤の溝に刻まれた音の波形を先端の鋭い針が辿ることによって機械的に振動から音への変換をするというメカニズムであったから、今日のように音量を任意に調整することは出来なかった。そんなことからここに紹介したような[soft]から[extra loud]までの5種類のレコード針を適用することによって音量の調整を実現しようとしたものと考える。[extra loud]用の針は太くて重そうである。針の先端はレコード盤の溝に強い力で押し付けられたことであろう。その結果、大きな音が発せられることになる。しかしながら強い力で押し付けられた針によって擦られた音溝は傷ついてしまったことと想像する。

 当所の「音響科学博物館」にはいくつかの手回し蓄音機が現役そのままの姿で展示されているが各々に特徴的なサウンドボックスが付けられていて、同じレコード盤でも個々の蓄音機ごとに再生される音の質が異なっている。さらに興味深いのは、同じ蓄音機で同じレコード盤を聞いてもレコード針を変えると音質が随分異なって聞こえることである。

 幼い頃、近所に住む老レコード愛好家の部屋に遊びに行ったときのことを思い出す。老人はレコード針のメーカーに拘ったりしかつめらしい顔をしてピックアップのアームにコインをそっと載せたりしていた。今にして思えばコインの重さで針の圧力を調整して自分の気に入った音を聴こうとしていたのであろう。

 レコード針は小さな寸法の消耗品ではあるが、音の再生には極めて強く関与していることに驚嘆させられる次第である。

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