2002/4
No.76
1. 創立60周年記念施設の完成 2. 創立60周年記念施設建築音響試験室棟 3. レコード針収納箱 4. 第15回ピエゾサロン

5. 聴覚フィルタの簡易測定

6. 創立60周年記念施設披露式開催
       <施設紹介>
 創立60周年記念施設建築音響試験室棟

建築音響第二研究室室長 吉 村 純 一

はじめに
 小林理学研究所における建築音響研究室は、これまでの研究成果に基づく試験施設を用いた測定業務を通じ、実務レベルでは精度及び信頼性の高いデータを、学会レベルでは測定法及び理論解析の補助となる情報を提供してゆくことを志しております。この様な長年に亙る技術の蓄積により、音響材料の性能試験に関する第三者機関としての社会的な信頼を得てきております。この度、小林理学研究所の創立60周年記念事業の一環として、建築音響試験室棟が完成いたしました。ここでは、試験棟の建設に至る背景を述べると共に新しい試験施設の概要を紹介いたします。

写真1 創立60周年施設外観(左) 試験施設内(右)

背 景
 昨今の測定法規格ISO整合化の動きに伴い、JIS A 1416「実験室における音響透過損失測定方法」がISO 140-1,3 Acoustics-Measurement of sound insulation in buildings and of building elements の内容を大幅に取り入れて改正されました。両者の間には、理想的な拡散条件における透過損失計測を追求するのと、試料の実際の使用条件に近似させた条件における測定を実施するといった基本的なコンセプトの違いがみられます。本研究所の立場に照らして、理想化した純物理的な音場を実現した上で材料の特性を測定することも必要でありますが、現場の状況に促した測定結果を提示することを、一方において求められることは間違いありません。それには、委任された条件設定を可能にする技術と場を提供するのがわれわれ測定機関の役割であり、技術の蓄積と結果の解析こそ精度の高い予測技術を築き上げる礎となるものと考えられます。これには測定コンセプトの差異に関する基礎的な検討を早急に始める必要があり、実際的な知見を得るためのタイプII試験室を小林理学研究所に新設することが必要となりました。幸い当研究室では海外の状況及び国内の動向を調査掌握することに努めてきており、それらの状況から当所が率先して検討する必要があり、対応設備を身近に有することにより、この種の技術情報の発信源となること目指すものであります。なお、タイプII試験室を有する建築音響試験室棟と共に既存の残響室群を建築音響残響室棟として、従来通りこれらの施設を活用してゆくものとしております。

試験施設の概要
 建築音響試験室棟は、図1に示す様に2組のタイプII試験室と床試験室で構成されています。音響透過損失測定用試験体は、防塵設備の整った壁施工室において施工・解体が行われます。施工後の養生はカセットハンガに仮置きすることも可能なため、並行した資料作成作業が可能です。試験体は自動搬送システムによりカートリッジごと各試験室の間にセットされます。中央通路はカセットを通すために広くとったことにより、入口シャッターから床試験室に至るまで大型重機の進入を可能にしました。床試験室は音源側を開放とし、試料の搬入を容易にすると共に音源室壁面等からの側路伝搬に配慮しました。この為、試験棟建家の内壁は発泡コンクリートにより吸音処理し、良好な試験環境を確保しております。また、天井面の大型トップライトと北及び東壁面のガラスカーテンウォールにより、日中の棟内照明が不要な程度の明るさを確保しております。なお、計測システムは既存の残響室棟のシステムと共に研究室に近い測定室に設置されていますが、LANを介したノートパソコンにより、各試験室近傍での操作が可能となっています。

図1 建築音響試験室棟
愛 称
 新試験棟を計画するに際し、多くの試験室及び残響室をコントロールすることになるので、各試験室には愛称をつけて区別し易くすることを考えました。単なる通し番号やアルファベットではなく、音楽にちなんだ愛称を付けることにしました。

 音響透過損失を測定するタイプII試験室には、楽曲形式と楽器の名前、床試験室には曲のテンポを表す名前を付けました。可動試験室との組み合わせとなるトッカータとフーガは、自由な楽器曲形式トッカータにより、複数のカートリッジを用いることで試験体の厚さの自由度を表現し、先行する主題に次々と対偶主題を展開してゆくフーガにより、試験室自体が可動なため対向室から退避(遁走)する(約3m)ことによって遮音のインテンシティ計測が可能であることなどを示しました。

 同じくタイプII試験室のオルゴールとカリヨンは、カートリッジの自動搬送とエアシールシステムを採用しており、ボタン操作での遠隔操作が可能であることから、自動演奏楽器にちなんだ名称を考えました。数ある自動演奏楽器の中から、名前の響きが良くまた当所本館に開設されました音響科学博物館に陳列されている楽器の中からオルゴールとカリヨンを選定いたしました。

 床試験室は、品確法ガイドラインの付則に基づく試験室でありますが、現在のところJIS、ISO規格などのオーソライズされた適合規格に基づく試験室ではないため、Test roomではなくChamberという表現をとりました。床仕上げ材の床衝撃音改善量の測定だけでなく、実際のHuman walkingの聴感実験や矩形の残響室としての利用も考慮しております。従って、人が歩くテンポにちなんだ音楽標語からアンダンテとラルゴを選び、走ったり飛び跳ねたりするのではなく、ゆったりと豊かに生活することをイメージいたしました。

タイプII試験室(Toccata;Fuga)
 
ISO140-1,3及び改正JIS A 1416に対応した試験施設で、基礎を建屋と独立させた受音室と、対向する開口部方向にレール上を移動できるようにした音源室が、任意の厚さの試料設置用カセット(外部からの持ち込みも可能)を挟み込む形で実験装置を構成しました。受音室とカセット及びカセットと音源室の間は、弾性材を介して又は直接圧着することにより固体伝搬及びサウンドリークを防止することができる構造としております。それらの圧着力は、可動式の音源室を油圧ジャッキによって受音室に押し当てることによって発生させています。

 従来の残響室〜残響室では、試料を設置する開口部が音源室又は受音室のいずれかと一体構成されており、遮音技術の向上に伴い試料から残響室本体への固体伝搬音が議論されるようになってきております。現場の状況ではこの種のフランキングを避けることは難しい場合が多いのですが、定量的に不確定なこの様な状況を実験室で再現することよりもこの影響を排除して測定することのほうが一般的となってきております。しかし、コンクリートやブロックのように試料と開口部との間の振動伝搬が大きい試料を測定する場合には、この伝搬経路を遮断するか否かにより、受音側の試験室からの放射音が大きく異なります。従って、本装置では試験体取付け枠を受音室に緊結することにより、この影響を定量的に把握したいと考えております。

タイプII試験室(Orgel;Carillon)
 同じくタイプII試験室のオルゴール、カリヨンは、開口部へのカセット設置方法として適用実績の多いエアシーリングシステムを適用いたしました。カセットと両試験室間のエアシールパイプにはそれぞれ空気圧を別個にコントロールできるようにし、カセット位置の微調や空気バネの共振系の分散に配慮しました。

 タイプII試験室は一般居室程度の大きさを用いており、室内吸音も残響時間が1〜2秒程度になるように調整することが要求されます。多孔質型、板状材型及び共鳴器型の吸音機構を用いた吸音及び拡散体(表面処理を統一)を室内に配置することにより、この要件を満しております。また、新JISの附属書7に示される低周波数帯域の測定について検討すべく、低い周波数帯域の吸音処理についても考慮しました。

 なお、2組のタイプII試験室は温度コントロールが可能な空調システムを有しており、一年を通じて20℃前後の温度範囲における試験が可能となっております。

図2 透過損失試験室 T,F(上) O,C(下)

床試験室(Largo, Andante)
 重量衝撃源に対する床衝撃音レベル低減量の測定結果は、実験室間並びに実験室と現場との間の測定結果の差異が非常に大きいとされています。この為、主に軽量衡撃源による試験を前提としたISO規格にある床衝撃音レベルの実験室測定方法をJISには規定しにくい状況があります。本試験室は品確法ガイドラインの付則に基づく試験施設であり、試験室間の測定結果の偏差を少なくする目的で、共通仕様の試験室を設備することとなっていますが、反面研究的要因解析の余地を残していると言うこともできます。床衝撃音に関する技術的蓄積の少ない小林理研として、当面規定に基づく測定をこなすことにより研究を進めることを志すものとしております。

図3 床試験室A,L
おわりに
 多様化する世の中の二ーズに対し、新試験施設では試験条件の制約を可能な限り広げることに配慮しております。従って、単なる音響透過損失の測定値だけでなく心理的な効果(聴感的な変化)をアピールする手段を提供することや固体音の放射特性や二次発生音などの副次的な性能評価も検討の範疇と理解しております。この様な要求に対処するには建築音響研究室、延いては小林理研の枠を超えた協力が必要で、試験室の特徴を生かした新たな展開を模索して行くつもりであります。なお、材料開発やその活用の分野においては、タイプII試験室における海外の測定結果を受け入れざるを得ない状況にきており、これまでのデータとの整合性を問われることは避けられません。従って、新試験施設を基にして得られる成果は、学会等を通じて積極的に世に報告する必要があり、併せて従来の残響室における試験の有効性に関する検討を怠ることのないよう心がける必要があるものと考えられます。

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