2001/4
No.72
1. 音を制すは人をも制す 2. 第11回ピエゾサロンの紹介 3. 砂時計式キッチンタイマー 4. ロッセル塩結晶の生い立ちと圧電気 5. オージオメータ AA-79/79S

 第11回ピエゾサロンの紹介

理 事 深 田 栄 一

第11回ピエゾサロン 開催風景

 平成12年12月8日に小林理研会議室で第11回ピエゾサロンが開催された。今回は“こうもりと超音波”の題で山口大学理学部生物科学科の松村澄子助教授が多数のビデオを用いて講演をされた。

 以前に高木堅志郎先生の“こうもりのヒソヒソ話”という本を読んだことがある。こうもりは飛んでいる虫を捕らえるのに超音波を使っている。音の周波数成分を時間に対して表した図をソナグラムと呼ぶ。こうもりの出す超音波パルスのソナグラムを見ると、例えば始めの20msecの間は60kHzの一定音であるが、つぎの10msecの間は60kHzから50kHzまで直線的に下がる変調音である。この発信パルスが飛んでいる虫に当って帰ってくる受信エコーのソナグラムは、発信パルスと同形であるが、一定音の周波数が約61kHzに上がり、時間軸が約5msec右にずれている。

 一定音での1kHzの周波数の増加は、こうもりが虫に近づいているためのドップラーシフトであり、虫の速度を測ることが出来る。変調音での5msecの時間差からは虫との距離を測ることが出来る。一定周波数の音をCF(constant frequency)、変調周波数の音をFM (frequency modulation)と呼んでいる。

 松村先生によると、小こうもりは超音波ソナグラムの型によって、図1に示すように、CFこうもりとFMこうもりの二つに分類できる。CFこうもりは数10msecのCF音の端にFM音を伴っており、コキグガシラコウモリ(A)、キグガシラコウモリ(B)、ウーリーキクガシラコウモリ(C)、ヤエヤマカグラコウモリ(D)などがある。FMこうもりは数msec内に数10kHzにわたって周波数が下がるFM音を出すものであり、モモジロコウモリ(E)、イエコウモリ(F)、ヒナコウモリ(G)、ユビナガコウモリ(H)などがある。

図1 CFこうもり(A, B, C, D)とFMこうもり(E,F,G,H)の
超音波パルスのソナグラム

 松村先生は山口県秋吉台で捕獲したキクガシラコウモリを用いて、母と子の超音波コミュニケーションについて興味深い研究を行われた。洞窟の中で出産された新生児は、数10〜100組の保育集団を形成する。閉眼の新生児は母こうもりの胸腹に抱かれて過ごす。子は約2週後開眼して洞窟内で数m程度の飛翔を開始する。母こうもりは毎夕刻採餌のために出洞する。帰還した母こうもりは洞窟の闇の中で、ほぼ同じ大きさの幼獣集団の中から、自分の子を正しく選び出し胸に回収する。1産1子のキクガシラコウモリでは母と子のきずなは強く、再結合は保育期においてきわめて基本的で重要な行動である。

講演ビデオより
コウモリの親子(左)
幼獣集団と母コウモリ(右)

 新生児の産声のソナグラムは、約8kHzの基本波に数次の倍音を伴う雑音性のパルスである。これをアトラクチブコールと名付けた。出産と同時に母と子の音声コミュニケーションが始まる。子に呼びかける母の超音波パルスは倍音とともに変調音を伴い。変調リードシグナル MLS(modulated lead signal)と名付けた。単調に発声している子の声に母こうもりは自分のMLSの長さを変えて頻繁に重ねることが観測された。子の声の周波数に母の声の周波数を同期させることによって相互の認識を行い最後は母と子が結合する。

 母から分離された3週令期の子こうもりのもとへ母こうもりが帰還する過程をビデオで撮影しながら母と子の音声のソナグラムを測定した例が紹介された。分離された子はたえず雑音性のパルス(アトラクチブコール)を出している。母が近づいて子の周りを旋回するとき、母と子は交互にパルスを発声して呼び交わす。子のそばに母が着地したときには、母のパルスと子のパルスは正確に同期して重なっている。母と子は音声を同期させながら近づきあう。子が母の胸腹部に抱かれると母と子の発声が止まる。 ヒトが聴くことの出来る周波数は最高で15kHz位までであるので、こうもりの出す超音波の音声を直接聞くことは出来ない。しかし、録音したテープの回転数を10分の1または20分の1に落として再生することにより、母と子の鳴き声を直接聴いているような気分になり、母と子が音声コミュニケーションだけで合体するビデオの場面はなかなか感動的であった。

 CFこうもりとFMこうもりの頭部構造の断面図をみると、CFこうもりには比較的大きな空孔が存在するが、FMこうもりにはそれが無い。おそらく、この空孔が共鳴するために一定周波数の音がある時間続くのではないかという議論があった。 多数のビデオとソナグラムと鳴き声の再生によって、さまざまなこうもりの生態や行動が示されて大変感銘深い講演であった。多数の聴衆から質問や感想が続き、有益な会合であった。

文 献
1)S.Matsumura, “Mother-infant ultrasonic communication in bats”,In:Animal Bahavior Neurophysiological and Ethological Approaches.
pp.187-197. Japan Sci. Soc. Press, Tokyo, 1984.
2)松村澄子:コウモリの生活戦略序論     東海大学出版会、1988.

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