1997/4
No.60
1. 音響処理失敗談 2. 続・携帯の美学 反射板方式ポータブル蓄音機 3. 周波数圧縮型デジタル補聴器 DIGITALIAN PAL:HD-11 4. ISO NEWS
       <技術報告>
 周波数圧縮型デジタル補聴器
     DIGITALIAN PAL: HD-11
リオン株式会社 聴能技術部 坂 本 真 一

1はじめに
 難聴者の聴覚特性は個人毎に様々なので、単に最小可聴値の上昇分を増幅器によって補償するだけでは、ほとんどの場合、確実な補聴効果は得られません。現在一般に普及している補聴器の多くは、アナログ電気回路を駆使した様々な音質調整機能を持つため、専門家によって適切な調整(フィッティング)が行われれば、多くの難聴者は快適な聞こえを回復することができます。しかし、適切なフィッティングを行ってさえも聴覚の改善がほとんど得られずにいる、複雑な聴覚特性を持つ難聴者が依然として多数存在することもまた事実です。

 近年、デジタル補聴器の研究開発が盛んに行われています。これは、アナログ処理では技術的に解決するのが困難である様な複雑な聴覚特性を持つ難聴者に対して、入力音に適切なデジタル信号処理を施すことにより、この複雑な聴覚特性を補償することを日的としています。感音性難聴者にしばしば見られるラウドネスの補充現象を、デジタル信号処理により補償するタイプのデジタル補聴器の中には、ここ数年のデジタル集積回路技術の進歩により、既に耳がけ形、耳あな形といった極めて小さい形状で実用化されている物もあります。

 ここで紹介する周波数圧縮は、高音域の周波数成分を低音域内に移動する処理です。現在の補聴器の適用が困難な場合が多いとされている高音急墜型難聴者(高音域の聴力が急激に低下した難聴者)のための処理として、これまでにも様々な検討が行われています。中には実用化されているものもありますが、問題点も多数指摘されており、難聴者へ広く普及し、確実な補聴効果を得るという状況には至っていませんでした。

2DIGITALIANPAL:HD‐11
2.1特徴
 今回リオン(株)が発売したHD-11は周波数圧縮型のデジタル補聴器です。周波数圧縮の処理方式にはPARCOR分析・合成系というデジタル信号処理方式を採用しています。この様な方式を採用したことによってHD‐11には、
(1)圧縮率を下げた際の音声品質の劣化が少ない
(2)圧縮率を任意に設定できるので難聴者個々の聴覚特性に合わせた調整ができる
(3)有声音と無声音の圧縮率を独立に設定できる
(4)音声の基本周波数をスペクトル包絡特性と独立に設定できるため、より広範な難聴者への適応が期待できる
などの特徴があります。

写真 周波数圧縮型デジタル補聴器
DIGITALIAN PAL: HD-11

2.2 機能
 図にHD‐11のブロックダイアグラムを示します。周波数圧縮処理はD/A変換時の標本化周波数をA/D変換時よりも低い値にすることにより行い、標本化周波数の低下に伴う時間軸の伸長は、分析時と合成時のフレーム周期を変更することによって補正しています。有声音圧縮率FCR‐V、無声音圧縮率FCR‐UはDIPロータリースイッチで10%ごとに設定でき、基本周波数変化率はプッシュスイッチで会話の相手や周囲の状況に応じて使用者が自由に変更できる様な機構になっています。以下にHD‐11の主な機能をまとめて示します。

・ユーザー選択
 圧縮/非圧縮の選択 Nモード
 基本周波数の選択  3モード切替
 モード1:入力音声と出力音声の基本周波数が同値となる
 モード2:出力音声の基本周波数がモード1とモード3の中間値となる
 モード3:FCR-Vと同比率で変化する(基本周波数とスペクトル包絡特性が同比率で圧縮変換される従来の周波数圧縮)・内部トリマー調整
 有声音圧縮率(FCR-V):10〜90%
 無声音圧縮率(FCR-U):10〜90%
 周波数特性の選択(DF):10種類  MOP、サブホリューム、MTバランサ
・誘導コイルM-MTスイッチ
・外部入力端子
・ニッケル水素充電池使用/電池寿命14時間(単4アルカリ電池も使用可/25時間)

  ここでDFはDigital Filterです。HD‐11では、周波数圧縮を行って音声の必要な情報を可聴領域内に圧縮した後に、高域に残った可聴領域外の情報をLPFでカットしています。高音難聴者は高域の聴力が極端に低下しているわけですから、聴力図の上からは、聞こえない高域の情報をわざわざカットする必要も無い様に思われがちですが、実際には、こういった一見不必要と思われるような高域の情報が、難聴者の音に対する不快感を大きくしている場合が多いことを開発の過程で知り、あえてLPFを組み込むことにしました。5種類のカットオフ周波数と各々の特性で通過帯域の利得を減衰させた計10種類の周波数特性を、フィッティング時に個々の難聴者のオージオグラムに合わせて選択します。

 また、DSPの動作プログラムをフラッシュメモリに格納しているため、パソコンとインターフェースボックスを用いて外部から簡単にプログラムを書きかえることができるようになっています。この機能は今後、様々な活用法があるものと期待しています。 大きさは8.9×4.6×1.6cmのポケット型で、パネル面にある4つのスイッチでモード選択を行います。

図 HD-11のブロックダイアグラム
(LS: フレーム周期, V/UV: 有声・無声判別, FO: 基本周波数, A: 音源強度)

2.3 フィッティング
 周波数圧縮処理は、音声の聞こえない情報を聞こえる領域に入れるわけですから、理論的には全ての高音難聴者に有効なように思われます。しかし、実際に処理された音声は通常の音声とは大きく異なった、一見(一聞?)とても異様な音です。この様な音声に違和感を覚えずに、日常環境の中で継続的に使用していく事ができる難聴者は限られています。これまでの経験から、言葉の聞き取り能力の低さから日常生活での意志の疎通がスムースにできない様な難聴者に対しては確実に有効である事が分かっています。実際の販売の現場でも、誰にでも売りつけるのではなく、リオンが用意した判定基準(聴力型、意志の疎通のスムースさ等を数値化した適用判定シートを用いる)をクリアし、確実な効果が見込める難聴者にのみ販売を行うように指示しています。

 フィッティング自体で最も問題となるのは周波数圧縮率の決定です。これまでの経験では、周波数圧縮処理の度合いを最初から強くし過ぎると、音質の変化に対する違和感から継続使用に至らないケースが多く見られました。この事から、全難聴者共通に有声音圧縮率FCR-Vを80%から開始し、1週間〜10日毎に10%ずつ下げていきながら、本人が最も快適と感じる圧縮率を決定していくことにしています。特別なフィッティング理論や計算式を用意するのではなく、使用者本人の聞きやすさを重視することがこのタイプの補聴器にとって最も重要なことと考えています。

3.おわりに
 DIGlTALIAN PAL:HD‐1は、補聴器の使用をあきらめて、手話や筆談でコミュニケーションをとっていた人達のための補聴器です。この様な難聴者の方々にもう1度補聴器を試してもらい、補聴器が適用できる難聴の範囲を広げていくことを目的に開発されました。今まで聞こえの改善をあきらめていた難聴者の方々の、新たな挑戦のきっかけとなり、QUALITY OF LIFEの向上に貢献ずることを開発者一同願ってやみません。

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