1997/4
No.60
1. 音響処理失敗談 2. 続・携帯の美学 反射板方式ポータブル蓄音機 3. 周波数圧縮型デジタル補聴器 DIGITALIAN PAL:HD-11 4. ISO NEWS
       <骨董品シリーズ その30>
 続・携帯の美学 反射板方式ポータブル蓄音機

 

理事長 山 下 充 康

 前回に紹介させていただいた組み立て式のポケット蓄音機(1920年代、スイス製)に続いてもう一つ、珍しいタイプの携帯型蓄音機を手に入れたのでここに登場させることにする。

 骨董市で[写真1]に示すような箱型の蓄音機が目に留まった。

 ポータブル蓄音機は平たい箱型で、持ち手がついているから今で言うアタッシュケースのような形状をしているのが普通である。件の蓄音機は異常に蓋の部分が厚く作られていて、全体的にサイコロのようにころころした感じで平たくない(幅33cm×奥行31cm×厚さ25cm)。象嵌細工の施された木製の箱はコーナーの部分が金具で補強されていかにも堅牢な作りである。金属製のしっかりした持ち手が付けられている。古めかしいが高級感のある外観である。

写真1 ポータブル蓄音機の外観

 骨董市などで蓄音機が目に付くとついつい手が出て、これまでに幾つものポータブル蓄音機が集まってしまったが([写真2]参照)、大抵はレコード盤の溝に刻まれた音の波形を蓄針が辿ってこれをサウンドボックスから音として直接放射する形式である。サウンドボックスについては骨董品シリーズその7(1989年7月・No. 25)で詳しく述べたが、音源となる振動板が直径5cm程度の、寸法なので放射される音は極めて貧弱である。

写真2 普及型ポータブル蓄音機の数々

  以前このシリーズで取り上げたことのある1903年製ワックスドラム式の「エヂソンスタンダードモデル蓄音機(1990年1月・No.27)[写真3]」や「木製の大口径喇叭付きキャビネットタイプの蓄音機(1994年7月・No.45)[写真4]」などのような据え置き型の蓄音機では、サウンドボックスからの音を伝声管やラッパなどを利用して放射効率を上げているので低音域を含んだ重厚な音を聞くことができる。

写真3 エヂソンスタンダードモデル蓄音機
写真4 木製の大きなラッパがついた据え置き型蓄音機

 ポータブル蓄音機では寸法に制約があるので伝声管やラッパなどは必然的に省かれることになる。従ってポータブル蓄音機から放射される音は低音域成分が極端に不足したシャリシャリした感じの音で、音質は据え置き型に遠く及ばない。

 それでもレコードプレーヤをハイキングや花見といった屋外行事のおりに携帯して流行の昔曲などを聴こうという要求は強かったらしく、様々な種類のポータブル蓄音機が市場に多数出まわった。

 据え置き型の蓄音機の音質には及ばないまでも、少しでも好ましい音を再生しようと工夫されたのが前掲の[写真1]の蓄音機である。

 汽船や気車の絵柄が印刷されたレッテルが貼られているところから船旅などに携行したものと推測される。

 蓋を開くと蓋の内側に固定された中華鍋のような凹面の金属板が現れる[写真5]。サウンドボックスを支えるアームの部分が伝声管になっていて、これが中華鍋の中央に音を放射するように工夫されている。伝声管を伝わった音が凹面をなした反射板によって正面方向に音を放射するというメカニズムである。持ち手のついた外観は携帯型の蓄音機ではあるが、気軽に持ち運ぶには重すぎる。どちらかと言うと据え置き型に近い使われ方をしたものと推測される。

写真5 蓋に仕込まれた音響反射板

 サウンドボックスにはイカリの透かし彫りがほどこされていて、1920年代にスイスで作られたことが彫刻されている。前回に紹介した組み立て式ポケット蓄音機と同じ時代の製品である。

 アメリカで最初のラジオ放送が実用化され、ラジオ受信機が普及し始めたのが1920年、様々な形式の蓄音機が考案されレコード盤がもてはやされた時代でもある。

 蓋の部分に埋め込まれている中華鍋のような反射板の直径は21cmである。その寸法から推測するに、効果的に反射を期待できる宮の波長が限定され、低い周波数成分を含む重厚な音を楽しむことは困難であったものと考えられる。

  実際に手持ちのレコード盤(78回転)をセットして再生してみたが推測した通り、反射板の効果は高音部に顕著で、聞こえてきた音は耳障りなシャリシャリしたものであった。

 リンドバーグの大西洋横断飛行が1927年、ツェッペリン飛行船の世界一周が1929年である。大型旅客機による旅などは夢物語の時代、1920年代は豪華旅客船が活躍した時代であった。

 そんな時代、長い船旅の徒然の慰めにと旅客が持ち込んだポータブル蓄音機は、音質の善し悪しは別として、船室の片隅に置かれて音曲を奏てては人々を楽しませていたことであったろう。角の部分を金具で補強された堅牢な造りは、当時の旅行が過酷な状況下での移動を強いられたことを物語っている。

 古い時代のポータブルの蓄音機を求め歩くうちに、「携帯○○」、「ポータブル○○」、「ポケット○○」、「懐中○○」などと呼ばれる用具に触れる機会が増えた。それらの用具を見るにつけ、本来の機能を損なうことなく携帯に便利なように小型軽量化が図られ、様々な工夫が凝縮されていて古人の知恵に敬服させられる。

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