1997/4
No.60
1. 音響処理失敗談 2. 続・携帯の美学 反射板方式ポータブル蓄音機 3. 周波数圧縮型デジタル補聴器 DIGITALIAN PAL:HD-11 4. ISO NEWS
 
 音響処理失敗談

理 事 小 西 睦 男

1音の測定は先ず耳で聴く
 最近の音響測定技術はコンピュータの導入により著しく進歩した。以前は人手と時間のかかった残響室法吸音率、透過損失の測定、また無響室での測定も短時間のうちにデータとグラフを提供してくれる。学生も最初にスイッチを入れたらモニターを聴かず測定室を離れる者が多い。後でデータを見て、おかしいと気がつく。気がつけば、まだ良い方で、その結果から変な理論を展開していることがある。たいていの場合S/Nがとれていない。音を聴かず音の測定をするべからず。

2.好意が仇
 T動画スタジオの竣工音響検査時にスタジオ内に入ったとき、スリッパのパシャ、パシャという高い音がやけに耳につく。室の容積は約600で壁は腰板とPタイル床を除けば穴あき吸音板で表面仕上げされている。変に思って、これはひょっとして穴があいてないのでないか。さっそくドライバーを穴に突っ込んで見ると、プスという紙の破れる音がするでないか、他の面もそうである。穴あきベニヤ板を全部紙で裏打ちしたのである。職人にその理由を聞いてみると、親切顔で穴があいてるとそこから塵が入るので裏打ちしたとのことである。好意でやったことなので文句も言えず穴あき吸音板の仕組みを講義することになった。後始末は2m位の木の棒に穴の間隔で釘を打ち、釘の頭で穴に突っ込んで裏打ちの紙を一列ずつ穴をあけていたがたいへんな作業だと思う。 また反対にベニヤ板の表面の1枚しか穴があいてなかったり、ひどいのになると表面だけプリント印刷してあるのがある。ここまでくるとごまかしているのではなく、デザインの種とし売出してるのかも知れない。音に関する現場には音の心得のある監督が必要である。

3後始末は丁寧に
 K図書館の空調ダクトのアネモから運転時に変な金属音みたいな音がする。運転を停止すると止む。送風機、モータを調べてみるが特に異常がない。金属音を調べて見ると何か金属片が擦り合う音がする、チリ、チリという周期性をもった、周波数分析してみると高い成分の音があることがわかった。こうなったら、ダクト内部を調べるより仕方がない。幸いダクトの大きさは人一人が腹ばいになって入れる、排気口から送風機まで軍事訓練よろしく、ほ伏前進である。体の小柄な若者が懐中電灯を持ち、気流に逆らいながら探索した。やがて戻ってきた若者の手にはクルクルと丸まった約10cmの細い長いダクトの切りはしである。これが揺れて周期性の持つ音になったらしい。このブリキの切れ破片がエルボの隅に吹き留まりとなっていたことになる。工事の後始末はしっかりと見届けるべきである、特に見えない所はトラブルの原因になる。

4.空気層は反射物
 T鍛造工場の騒音がうるさいということで現場にいってみると、広大な敷地で事務所が対象となっている。事務所のある建屋は幅2mの水をたたえた堀で城のように囲まれている。堀の中には鯉まで飼っている。もともとは防振溝として掘ったものらしい、それが何時日か水をいれ鯉を飼うこととなり、草の生えた空堀りよりは風情があったのかもしれない。しかし、土と水との伝達インピーダンスはあまり違わないから、地上において空気で遮音塀を作るようなもので何の効果もない。防振溝は地下に設けた遮音塀で伝達インピーダンスの相違が大きい程、溝が深いほど効果があると説明したが先方様に理解して預けたかどうか。

5.行きづまったら始めから出直し
 A放送局のアナウンスルームの竣工検査時に、どうも遮音が設計通りになっておらず遮音度が低い。壁の一部が短絡していると思われる、ダクト、電気配管の絶縁状況をバラシて調査するがそれらしい原因が見つからない。とほうにくれてしまった。元に戻って施工者からどのように施工したかきいてみた。アナウンスルームは遮音をよくするため室の内に浮き構造にした室を設ける二重構造室である。その時遮音に大きな影響を持つのが扉の遮音である。内側の扉は相当重く造られている。内側の室も施工している時に扉をはずして作業する。そのままでは浮き構造なので内側室の床は傾くので、水平にするために、外側室と内側室の間につっかい物をあてる。この場合に大きな楔を打ち込んで内側室の傾きを防いだのである。その楔を忘れて扉をつけて完成させたので外側室と内側室が楔によって固体音短絡されたことであった。

6.音の振る舞いは微妙
 関西の放送局のスタジオは内装の吸音材料のせいか、残響時間がすこし長い。材料の吸音率が設計値どおりのものを使用されてない疑いがある。しかし建物の内装工事が終わっているということは、工事全体が追い込みにかかっている時期でもある。毎日が殺気だって誰もがトラブルを起こしたくないときでもある。音響屋はクロスを刺して確かめたい。建設会社の若い音響屋は先輩の現場監督にそれが言えない。疑う理由としては、その当時グラスウールには1号品と2号品とがあって、前者はグラスの繊維が細く主として吸音材として使用され、一方後者は繊維が太く断熱材として使用され、人肌に触れると痛くなる場合がある。結局第3者である小生がクロス張りの下地のグラスウールを見せてくれるよう頼んでみた。現場責任者はクロスの端でも少し裂いて中身のグラスウールを見せてくれるかと思ったら、カッターナイフで十文字に大きく切れ目を入れたのである。もし所定の材料であったら承知しないぞという態度である。こちらも腹を決めてグラスウールをよく見ると明らかに2号品である。何故こうなったか尋ねてみると、1号品と2号品は素人目には相違が分かりにくい。音響材料を納品する関西の業者が東京の人は何故あまり変わらない物に高い金額を払うのか、変わらないのなら安い方にしておきなはれと関西商人に勧められ、音響を知らない窓口がそれにのってしまったわけである。一言設計者か音響屋に相談してくれればよかったと思う。勿論工事のやり直しである。音は何マイクロ・ワットのオーダを扱うだけに微妙な振る舞いである。

 音響の仕事に関係して40年余りいろいろ数多くの失敗をしてきたが、教科書どおりにやっていれば余り大きな失敗は避けられる。こわいのは長い間世の中が音響のトラブルがないと、誰でも安易に音響設計が出来るんだという錯覚である。音響屋はそれなりに専門知識を持っているはずである。最近、音響屋は素人が失敗したときに、頼りにされる。

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