1997/1
No.55
1. 迎 春 2. 陰陽五行と「視る」と「聴く」 3. ISO試験室を訪ねて 4. 精密騒音計(1/3オクターブ実時間分析器付き)NA-27
      <会議報告>
 ISO試験室を訪ねて

建築音響研究室  村 純 一

 今年のインターノイズ(Inter・noise 96)は、7月30日から8月2日まで英国のリバプールで開催され、小林理研からは山田所長のほか山本、加来の両室長と吉村の計4人が参加した。私の参加目的は"Short time methods for field measurement of sound insulation between rooms"というタイトルで、建築学会の「遮音性能の短時間測定法WG」での検討成果を代表で発表することにあった。これは、CEN/TC126/WG 1で検討されている同様のタイトルの素案に対して我々のWGから、ISO TC43の日本の代表である子安、構両先生を通じてコメントしたことに関して、参照できる資料を作っておいてくれとの依頼を頂いたからである。私の発表は初日の12時20分にスケジュールされていたが、昼食の時間帯で同時刻にH.Jonassonのインテンシティによる遮音測定の発表が始まったこともあり、それまで満席だった聴衆の2/3が出ていってしまった。遮音が専門のA.C.C.Warnockが座長であったが、Co‐chairmanは交代で食事に行ってしまい、発表が終わってほっとしたものの質問やコメントはなく、表現・発表能力のなさに反省しきりである。

 今回のヨーロッパ行きには、国際学会への参加だけでなく、私なりの別の大きな目的があった。昨今、建築音響関連の測定法や評価法の規格に関して、JISなどの国内規格のISOとの整合化が議論されており、測定機関に在籍する者として、ISOに基づく試験室で測定が実施されている現場を是非見てみたいと常々考えていた。今回はまたとないチャンス、一人旅は不案内なので、誰かをたぶらかすことにした。その犠牲者となったのは、日頃親しくさせてもらっている鹿島建設技術研究所の峰村さんである。

 学会終了後ロンドンで一泊した後、小林理研の3人と別れ、サザンプトン大学のISVR(Institute of Sound and Vibration Research)を訪れるべく、列車でSouthamptonへ向かった。駅には峰村さんの同僚で、ISVRへ留学中の武内さんが車で迎えに出てくれて、市内見学をした後彼の自宅に案内してもらった。閑静な住宅街にある二階建ての長屋が彼の滞在先で、決して広くはないがリンゴの生る木が自慢の裏庭と車庫が付いていて、美しい奥様と共に住環境の豊かさを羨ましく思った。

 翌朝、ホテルに出向き大学まで送ってくれた彼に、教室のような大きな部屋に案内された。そこは法政大学の鈴木先生と神奈川大学の寺尾先生がコーディネイトされたツアーの為に用意された部屋であった。所内の案内は、インテンシティ計測や遮音で有名なProf.Fahyが中心になってアレンジされていたようで、武内さんも案内役に起用されていたこともあり、あつかましく我々もそれに合流させてもらった。ISVRは大学に付属する研究機関で、博士課程まで含めた学生と企業からの研究者が教育・研究及びコンサルティングを行っている機関のようだ。アクティブ消音やアクティブ音場制御が盛んで、ヘリコプターのキャビンノイズ(80Hzの純音性のノイズを32本のマイクロホンと16個の二次スピーカをコントロール)の消音を実践してくれた。車の振動のBEM,FEM解析、パイプやタイヤの振動解析など、各研究室の研究内容を指導教授や学生さんが説明資料を用意して解説してくれた。午後、予定していたバスには乗り遅れたが、さすが地元の強味、駅で列車とバスを乗り継ぐ経路を探してくれ、お世話になったお礼と東京での再会を期して、ヒースロー空港に向かった。

 施設見学の本命であるFraunhofer InstitutはStuttgartにあるが、航空会社の都合でFrankfurtに宿泊することとなった。訪問先との連絡がとれたのが出発の4日前で、飛行機の予約が精いっぱい、閉まりかかったホテルインフォメーションカウンターをやっとの思いで探し当て、翌日のStuttgart行きを考えて中央駅に近い安ホテルに宿を取った。空港から中央駅に向かう地下鉄の切符が買えなくて苦労した(旅行案内にはHaupt Bahnfof中央駅とあるが、自動券売機にある駅名はFrankfurtMain)が、11時過ぎに宿に着き、翌日の下見も兼ねて駅まで出かけた。列車の予約ができる時間でもなく、立ち食いでソーセージをはさんだパンとビールで夕食とした。

 翌日、ドイツ高速列車のICEにてStuttgartへ向かった。同じ在来軌道を走るフランスのTGVに比べてさほど早さは実感できなかったが、車室内は広く快適である。めざすFraunhofer Institutは、Stuttgart中央駅から地下鉄で10分ほどのUniversitat駅から徒歩15分ほどとのことで、送ってもらったFax.の地図と中央駅で手に入れたシティーマップを頼りに学園都市風の街区やゆったりとした道幅に感心しながら進んだ。思ったとおり、予想どおり迷ってしまい、学生さんに道を聞きながらたどり着いたが、裏門から入ることになってしまった。インターホンで要件を伝え、リモコン開閉のゲートをくぐったが、受付を探して建物内のあちらこちらをうろついたので、図らずも研究室の環境のすばらしさをのぞき見てしまった。

 ちょうど夏休みの時期だったが、何のために訪れ何を見たいかなど、出発間際の成田からもFax.を送った甲斐があり、訪問の依頼は伝わっていたようで、女性秘書が受付けまで迎えに来てくれた。案内されたのは輪講室のような部屋で、程なく現れた我々よりちょっと年配の優しそうな男性は、Werner Scholl工学博士、??先生のお弟子さんとのことである。その??先生はよく耳にする名前だったので、その場では知ったかぶりをして相づちをうったが、今となっては思い出すことができない。子安先生からの紹介で最初に訪問の依頼状を送ったProf.Dr.Fasoldは、91年(5年前)にリタイアされ、以後Scholl博士がこの部門の責任者となっている。「Scholl‐absorber」の著者で有名なMechel博士のおられたところなので、分厚く理解するのが大変な本であることを話題にすると、あれはドイツ人にとっても難しい本ですとのことであった。二人それぞれ用意した会社案内と日本からの土産をわたして、さっそく施設を見せてもらうことにした。博士も我々が訪れるのを待ってバカンスに入るとのことで、音響関係で13の試験室がある2000の広い建物内は閑散としていた。

 次々に実験室を案内されるうちに、驚き興奮することばかり、途中でカメラのフィルムが無くなり取りに帰った。見ること聞くことがISOの原文を観るようで、やはりというかなるほどというか、ドラフトにあれだけの提案をする人たちの成せる技。以下に主な感嘆符を箇条書きにしてみた。

!Sound reduction index Rを測定する試験設備は、対象供試体が両試験室から独立したフレームに取り付けられ、試験室のfrankingを含む測定結果はApparent sound reduction index R´として、試験室を使い分けている。 !低域の残響時間調整用の吸音体はいろいろなものが工夫されていた。10mm厚程度のチップボードも使われていた。

!全ての試験室に移動スピーカ(12面体無指向性スピーカ)が常設されていた。また、受音は2つのマイクロホンローテータを用い、音源及び受音装置が同時に移動しながら音圧レベルが測定される。
!ガラス専用の取り付け開口をもつ試験室があり、開口には木の押し縁がビス留めされていて常設されている。
!室容積270m3程度の試験室(天井高約3m)を4つの部屋に仕切り、その仕切壁のFranking TLの測定が行われていた。
!ISO 140−9(吊り天井の遮音性能測定)の測定室は、天井懐の高を現場に合わせ変化させられるよう、両試験室の天井がジャッキアップされる構造となっている。
!床仕上げ材の改善量を測定(ISO 140-8)する音源室にも移動スピーカが設置されていた。床仕上げ材の床衝撃音改善量だけでなく、空気音の改善効果もチェックするとのこと。
!ISO 140-U(軽量床の床衝撃音遮断性能評価)の試験室もあり、橘先生からのゴムボールも使って検討を進めているとのこと。
!試験室の回りには換気用ダクトが配管されており、出入口扉ごと覆いを付けて、試料を撤去する際の解体作業に伴うほこり対策が徹底されていた。
!吸音率測定用の室の容積は約300m3で、ダンプされた鋼鉄製の重い拡散板が多数設置されていた。室形は4角形を多少変形させ、天井も傾斜させた室で、5点の受音点と2箇所の音源位置(無指向性スピーカ)で測定するとのことであった。

 部屋に戻って雑談した後、最後にこれからドイツと日本の情報交換をしていきましょうといってくれたのには感激した。機会があったら我々の研究所にも是非おいで下さいと挨拶をして、今度は表門から研究所を後にした。駅までの道すがら、今見てきた「ドイツの堅実さ」と我々とのギャップを話し合いながら、緊張感からの開放も手伝って、腰が抜けるような思いに駆られたのは私だけではなかったようである。

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