1997/4
No.56
1. 音響式体積計 2. 日米音響学会ジョイントミーティング 3. オージオメータ AA-55/55T/56
 
 音響式体積計

理 事  井  泰

1.アルキメデスは偉かった
 物体の体積は、長さや面積などとともに重要な層性の一つであるにもかかわらず、その測定は意外と難しい。球の体積はというような公式を学校で習うが、われわれの身辺で体積の公式が適用できるのはべアリングボールくらいのもので、他の99.9%には公式は通用しない。もっとも、この状況は長さなどでも同様で、今日使われている測長器はすべて直線の長さを測るものであり、3次元的に任意の形状に曲がった線分の長さに対しては全くお手上げである。

 そのような中で、体積測定法の定番として昔から使われてきたのが水中の物体に働く浮力の原理によるアルキメデス法である。およそ測定法はなんらかの物理法則に基づいて構築されるものであるが、2200年も前に発見された物理法則が今もって使われているという測定法は他に例を見ない。2200年前といえば、わが国では縄文から弥生に移行する時期で、卑弥呼もまだ現われていない頃の話である。

 アルキメデス(前287〜前212)はシシリア島東岸のシラクサの人である。その浮力の原理とは、「物体は、流体の中では、その排除した流体の重さだけ軽くなる」というものであるが、アルキメデスは水中の物体の少し下に一つの水平面を考え、この面にかかる静水圧は上方に物体がある場所でもない場所でも等しい(もし等しくなければ水の流動が起こって釣合が失われる)ということを基にして、浮力の原理を理論的に導き出した。以後、この原理はなんら変更されることなく通用し、船舶や気球など、あらゆる流体静力学的現象を支配する基本原理となっている。

 アルキメデスについては、シラクサの王に依頼された金の王冠の混ぜ物の問題を浮力を使って解決したという伝説が有名だが、そのほかにも、彼はテコのオーソリティでもあり、「われに棒と支点を与えよ、しからば地球を動かさん」と云ったとも伝えられている。また、幾何学においても大きな業績を残した。第2次ポエニ戦争において、シラクサはロ一マ軍に包囲されて陥落し、アルキメデスは砂に図形を描いて研究しているところを乱入してきたローマ兵に殺された。「私の円を乱すな」というのが彼の最後の言葉であったといわれている。

2.しかし、アルキメデスの方法は面倒だ
 アルキメデス法は、現在でも、最も精密な体積測定法であるが、さて、これを行なう段になるとかなり面倒である。実際、どのような場面でこの面倒な手続きが必要になるか、例を挙げて説明しよう。

 今日、市場で手に入る最も精密な分銅は国際法定計量(OIML)規格のE1級分鋼で、たとえば1kg分銅の場合、その質量公差は±0.5mgである。比重8のステンレス鋼で作られたこの分銅の体積は約125ccで、分銅に作用する空気浮力は、20℃、1気圧(空気密度は1.2kg/)において約150mg量となる。この種の分銅の製作は分銅の底の窪みの部分をパフ研磨によって少しずつ削って質量を上記の公差内に納めるのであるが、材料のステンレス鋼の比重を正確に8に管理することはできないから、でき上がった分銅の体積は125ccとはならず、1〜2ccの体積誤差を生ずる。したがってこの種の分銅の較正には分銅体積を0.1%程度の精度で測定する必要がある。較正表には、分銅の質量値とともに、その体積の代わりに分銅の密度が記入されるが、分銅の使用時には、この分銅密度とそのときの気温と気圧を用いて空気浮力の補正を行なう。ちなみに、キログラム原器などの比較測定は真空中で行なわれるので、このような問題は生じない。

 上記の分銅体積の測定はアルキメデス法で行なわれるが、それは、まず純水の製造から始まる。純水の密度は理科年表等により温度の関数として与えられているからそれを使うが、そのために、水中数か所の温度を測り平均水温を求める。さらに、分銅を水中に沈めた際に、表面や窪みに気泡が付着して残っていないかどうかを十分にチェックする必要がある。体積測定が終わったあとは純水のスプレイで分銅を洗浄したのち自然乾燥させる。タオルで水滴を拭うなどということは、もってのほかである。較正される分銅と基準分銅の質量の比較測定は短時間で終わるが、空気浮力補正のための体積測定はその数十倍もの手間と時間がかかる。

 最近、体脂肪率ということがいわれるようになってきたが、スポーツ医学の研究室などでは、以前から、体脂肪率を測定するために人間を沈めてアルキメデス法により体積を測定する秤つき水槽が使われている。これは、脂肪組織の比重が約0.9で筋肉の比重より0.1ほど小さいことを利用して、人体の比重から脂肪率を算出するものである。しかし、息を全部吐き出してから頭まで水中に潜って十数秒間静止するというのは被測定者にとってつらいことであるし、また、この方法を乳幼児に適用することは絶対にできない。

 アルキメデス法が使えない例としては、氷河の氷の比重測定の話もある。これは、南極やグリーンランドの氷河をボーリングして過去数万年の間に降り積もった雪からできた氷のサンプルコラムを採取して調査する際に、各年代の氷の気泡率をその比重から算出するというものである。もちろん、この場合は水を使うわけにはいかないから、気体の等温変化を利用する方法で体積測定が行なわれるが、それでは測定精度が足りないというのが現状である。

 アルキメデス法は確かに強力な測定法ではあるが、物体を液中に沈めて濡らさなくてはならないという弱点があり、そのために手間と時間がかかるだけでなく、その方法では測定できない対象物もあるということになる。そこで、なんとか物体の体積を乾燥状態のままで簡便に測定する方法はないかということになるが、その一つの方法として、表題の音響式体積計がある。

3.アルキメデスよ、さようなら
 音響式体積計は、物体を入れた容器内の圧力変動の大きさ、すなわち音圧の大きさを用いて物体の体積を測るものであり、また、スピーカやマイクロホンなどの音響部品を使用しているが、その測定原理は気体の状態変化の法則によって説明される1)

図1 音響式体積計の構造

 図1に示すように、音響式体積計は、被測定物体を入れた測定槽と、蓋と一体になった基準槽とからなっている。基準槽と測定槽の間の隔壁につけられたスピーカを正弦波信号で駆動すると、二つの槽には絶対値が等しく符号が反対の微小体積変化が与えられる。いま、スピーカのコーンが変位して測定槽の中の空気がなる体積だけ圧縮されたとすると、基準槽の中の空気はだけ膨張する。その結果、測定槽と基準槽の内部には互いに符号が反対の微小圧力変化および−が生ずる。

 一般に、気体は圧縮されると温度が上昇し、膨張すると温度が下がるが、この体積計の場合、スピーカの駆動周波数は約40Hzで、圧縮されて温度が上昇した空気は、その熱が容器の壁などに逃げる前に、つぎの半周期で膨張して温度が下降するので、空気と容器の壁などとの間の壁のやりとりはほとんどなく、いわゆる断熱変化をする。このときには(圧力)(体積)=一定(は空気の定圧比熱と定容比熱の比で約1.4)の関係が保たれるから、近似的に次式がなりたつ。  

 

  

 ここで、 は槽内の静圧(この場合は大気圧)、は基準槽の容積、は測定槽とその中に入れた被測定物体との間の空間の容積(余積)、 は測定槽の空容積、は被測定物体の体積である。これらの式より

 となるが、ここでは一定値であるから、被測定物体の体積は圧力比から求められることになる。なお、測定槽と基準槽の間には連通管があり、これを通して二つの槽内の静圧と湿度の均一化(湿度が異なると比熱比が異なる)が行なわれるが、連通管に流入する空気の体積と流出する空気の体積は常に等しいので、測定槽と基準槽に絶対値が等しく符号が反対の微小体積変化が与えられるという前提にはなんら変わりはない。

 上記のはスピーカの駆動周波数と同じ周波数の音にほかならないが、これらの音はそれぞれマイク1とマイク2によって検出され、それらの出力信号は拡張ボードのAD変換器によって計算機にとり込まれる。計算機では圧力比1/に対応する量としての振幅の比を用い、式(4)により被測定物体の体積Vを求める。なお、 (約900cc)と(約570cc)は、槽内の寸法を測って算出するのではなく、既知の体積の物体を用いたキャリブレーションにより定められる。このように、本測定法は空気の温度に無関係であるばかりでなく、測定槽と基準槽の中の圧力変化の大きさに比を用いることにより、大気圧や比熱比、あるいは体積変化の大きさによらずに物体の体積が測定できる。

写真1 分銅用体積計 VM-300
 
2 音響式体積計の精度試験

 図2は、写真1に示す分銅専用の音響式体積計を用いて、転置した分銅の底の窪みに直径5mmのベアリングボールを入れて体積を測定して精度試験を行なった結果である2)。この分銅用体積計は、通産省の計量研究所で分銅の浮力補正用として、現在、試験的に使用されている。また、農水省の果樹試験場では、図1のような構造の音響式体積計を使って桃の実の体積を測定し(桃の実は表面にうぶ毛があるので水中で気泡が付着しアルキメデス法は適用し難い)、それから算出した比重で果実の糖度を推定して選別することが研究されている3)

 音響式体積計は、乾式測定法であることや、物体の体積だけでなく容器の容積も測定できることなどの特徴を生かして、焼結金属の比重による品質管理、食肉の脂肪率推定、エンジン製造工程における燃焼室容積(エンジンの圧縮比とノッキング特性に関わる)の測定など、体積測定の潜在的な要求のある分野に対して広く応用されていくことが期待される。

参考文献
1)石井:「音響式体積計」計測と制御,36巻4号288−291(1997)
2)小畠,植木,根津,大岩,石井:「音響式体積計による分銅体積の精密測定(1)」第35回計測自動制御学会学術講演会予稿集,613−614(1996)
3)杉浦,ほか:「モモ果実糖度の比重を利用した非破壊推定」園芸学会雑誌,65巻別冊1,154−155(1996)

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