1996/4
No.52
1. もうひとりのエカテリーナ 2. 航空機騒音問題の歴史(2) 3. 計 算 機 械 4. 騒音振動レベル処理器SV-76
  
 航空機騒音問題の歴史(2)

名誉顧問 五 十 嵐 寿 一

5-1.大阪空港の騒音対策
 昭和41年(1966)運輪省航空局は、大阪空港はじめジェット機の就航する空港周辺における騒音問題を審議するため、航空審議会に航空機騒音対策部会(委員長、木村秀政氏)を設け騒音軽減のための運航方式、還航規制、騒音対策のための技術開発等について検討を開始し、さらに民間機による騒音の障害に対して学校防音の基準を作成した。また、騒音被害の著しい大阪空港の騒音対策を推進するため、木村秀政氏を団長として昭和42年に空港周辺の視察を行ったが、これには東大の加藤一郎教授と筆者も同行した。(筆者は伊丹市役所にて航空機騒音の概要について講演、加藤教授は後に"航空機騒音補償の法理論に関する調査報告15)"を提出している)

 大阪空港における騒音調査:大阪伊丹空港については、前号でのべたように関西騒音対策委員会が騒音の調査と周辺住民に対するアンケート調査を行ない、北村音一氏も航空局の委託で騒音調査を実施しているが、その後騒音の被害に対する周辺住民による訴訟にまで進展した。昭和44年にはICAOの航空機騒音特別会議において、航空機騒音に関する評価測定方法と各種対策の方法が提案されたことを受けて、航空局は航空公害防止協会に委託して昭和45年3月と8月、翌年の2月に空港周辺において大々的な騒音測定調査を実施した。当時の主要機種はDC-8、B-727、B-737、CV-880、B-720 SE200、YS-11、FS等で、B滑走路の共用が開始された時期にあたり、滑走路端から約2.5kmの久代小学校(騒音監視測定点)における騒音レベルは、DC-8、96dB、CV-880、103dB、B-727が100dBであった。これらの測定結果から各機種について、継続時間補正、特異音補正及びEPNLの算出、ジェット機とターボプロップ機についてのPNLとdB(A)の差等の検討を行ない、測定点170ポイントについて3日〜7日間のデータをもとに、計算機による空港周辺地域における騒音のWECPNLコンターの作成が行われている。他方、航空機製造メーカー等から入手した各機種に関する騒音の基礎データ(離着陸コース直下のスラントディスタンスと騒音レベルの関係)によって騒音コンターを計算し、実測にほぼ近いコンターの予測が可能であることが確認されている。また騒音の影響については、空港周辺における社会調査(OECD提案の質問方式によるうるささについての7段階評価)も実施され、航空機騒音に対する周辺住民の反応が調査された。航空機騒音の概要とその計測と評価に関する解説16)17)及び大阪空港における航空機騒音の測定結果についてまとめた資料18)、報告書19)および英文報告20)がある。これらの騒音測定及び社会調査の計画をはじめ、データの集計と整理、またコンターの作成については、NHK技術研究所の故西宮元氏の大きな協力があった。西宮氏はNHKの大型計算機によって、騒音コンターの計算及び数量化埋論による要因分析の手法によって社会調査の結果について詳細な解析を行った。(NHK放送文化センターにおける放送プログラムについての統計処理に使用されていたプログラムを利用)このうち大阪空港周辺における生活環境に関する社会調査21)は、昭和45年6月、昭和46年6月及び昭和48年2月の3回にわたって実施された。毎回9〜10地域において約l,000のサンプルについて調査が行われ回答率80〜90%であった。また伊丹市の委託によって、神戸大学の前川教授も航空機騒音の環境及び市民の健康に及ぼす影響について報告書を作成している22)。さらに航空公害防止協会はテレビの聴取妨害に関する報告及び航空機騒音による家屋振動の実態調査の報告をまとめている23)24)

注:NHKは航空機騒音によってテレビ、ラジオの視聴について障害を受けている地域の家庭を対象に、視聴料の減免を実施していたことから、航空機の騒音対策に積極的であった。とくにこの視聴料の減免が次第に多額になってきたので、航空機のエンジンを購入して騒音対策の研究を進めることを計画し、筆者がその相談を受けたことがある。これに対して当時航空機製造メーカーは莫大な投資をして航空機エンジンの騒音対策を実施しているので、独自の研究に期待はできないことを、FAAやNASAの資料によって説明したことがある。

西宮元氏の航空機騒音に就いての業績
 前述のように、NHKが航空機騒音対策に熱心であったことから、昭和45年頃の大阪空港の騒音測定から西宮元氏の協力を得ることができた。その後昭和55年に不慮の事故で亡くなられるまでの10年間、数多くの航空機騒音に関する論文が発表されている。また大阪空港のほかにも、NHK独自の調査として沖縄の嘉手納基地周辺(昭和49年)、浜松基地、仙台空港等における騒音調査と社会調査を実施した。社会調査については、数量化理論を利用して、騒音のほかに地域や住居及び個人情報等各種要因についての分析を行って、それぞれの要因の反応に対する寄与率を算出している25)26)。また航空機騒音のように測定毎に変動が大きな場合の必要測定数について、その信頼度と誤差について統計的な考察を行っている27)。なお昭和48年、航空機騒音に係る環境基準が答申されたことについて、航空機騒音の現況及びその影響、対策の方策等の内容を、当時の三木環境庁長官に説明することになり、特に社会調査についての専門家の立場から西宮氏によって概要報告28)が行なわれた。

5-2.関西新国際空港の計画と決定にいたる経過
 大阪伊丹空港については昭和30年代後半、ジェット機就航のためにB滑走路の建設計画があった。その頃からすでに騒音問題の解決と関西地区における将来の国際航空拠点としての新空港を建設する構想があって、第2空港として琵琶湖周辺等の提案もあったが、昭和43年、近畿2府6県の知事会において淡路島を候補地として新空港建設促進決議が行われた。さらに関西経済8団体によって新空港推進協議会が発足している。これをうけて一時淡路島周辺に建設する機運がたかまったが、運輸省航空局は取り敢えず関西地区に8つの候補地を選定して検討にはいった。新空港の候補地としては、泉南沖、岸和田沖、西宮沖、六甲沖、ポートアイランド沖、明石沖が挙げられたが、これらは埋め立てによる海上空港で、この外阪和県境と淡路島北部であった29)。筆者は淡路島北部における候補地の視察に同行する機会があった。この、計画は本州の明石から淡路島への架橋を前提とし、島の北部丘陵地帯を平坦な台地に造成した海抜約400mの空港にする案で、台地であることから離着陸の際に乱気流の問題があることが指摘されていた。神戸市は航空機騒音の概要および験音が家畜、漁業に及ぼす影響に関する報告書30)を、また兵庫県は淡路島周辺における気流に関する調査報告書31)を作成している。引き続いてその他の候補地についても経済性、利便性、建設の容易さ等各項目の検討が行われた結果、昭和45年になって、明石沖、神戸沖、泉南沖の3つの候補地に絞られることになった32)。この3地域の優劣については、昭和46年航空審議会の中に関西新空港部会(部会長 秋山 龍氏)が設けられて、運輪大臣の諮問「関西国際空港の規模及び位置」について、46年10月から49年まで29回の審議が行われた。この審議にあたっては、深刻な騒音被害を解消するため、 伊丹空港の代替空港として、騒音問題を最優先課題に検討することとし、関西地域における航空運送の将来計画、地域に及ぼすメリット、デメリット(特に騒音問題)、建設の難易度、各候補地における自治体の受け入れ体制等を総合的に検討することとした。とくに候補対象地域についてはB-747による2回にわたる試験飛行(1回は早朝実施)による騒音調査や東京国際空港沖合いにおける空港を発着する航空機による騒音の海上伝搬の試験等が行われた。一方、音の遠距離伝搬に関するIngerslevの文献33)等も参考にして、沿岸から5km以上離れると特殊な気象条件の場合以外には、騒音の影響が殆ど及ばないことが確認された。部会における審議は最終的に各委員が、利用の便利さ、自然条件、管制と運行、環境条件、建設条件、既存権益との調整、地域計画との整合、開発効果、地元の受け入れ体制の9項目について、これらにそれぞれ重用度配分率を乗じた上で各項目毎に採点して投票を行って決定することになった。この部会の結論として泉南沖5kmの海面を埋め立てた人工の海上空港として建設する案が昭和49年に答申された34)35)。その後運輸省による泉南沖の候補地についての詳細な調査が実施され、造船工業会から提案の浮体構造の案36)も検討されたが、埋め立てによる案を採用することとし、泉南地区の自治体の了承もえられたことを受けて、昭和59年には関西新空港株式会社が発足して建設が開始された。水深ほぼ40米の海面を埋め立てる大工事であったが、着工以来10年、平成6年9月4日、最初に計画がスタートして20数年を経過して開港する運びになった。なお空港予定地周辺の海上における騒音の遠距離伝搬について、神戸大学はM系列信号を用いたテストを行っている36)

5-3.超音速機が発生するソニックブーム対策
 亜音速ジェット機が発生する騒音問題に平行して関心が集中したのが、当時はまだ軍用機にかぎられていた超音速機の発生するソニックブームである。昭和30年代後半から超音速機を民間航空にも導入する構想があって、ソニックブームに関する多くの文献が発表されている。昭和45年(1970)、OECDはパリーにおいて国際的な会合を開催し、超音速機に関連する研究をもとに今後の対策について検討を行っている37)。当時すでに英仏ではコンコードを、ソ連はTU-144などを開発中で、超音速飛行によって発生するソニックブームが環境に及ぼす影響について大きくとりあげられることになった。1970年10月には、ICAOによってソニックブームに関する会議(Sonic Boom Panel)が開催され、"Sonic Boom Panel Report"を刊行していくつかの勧告を行うとともに、ICAOの中に委員会をつくることを提案している。この要請に基づいてICAOは、英、仏、米、オーストラリア、アルゼンチン、レバノン、スウェーデン、ソ連及び日本とIATA、ISOの代表によるソニックブーム委員会を結成した。第1回ソニックブーム委員会は、昭和47年(1972)5月9日〜5月19日、カナダのモントリオールにあるICAO本部において開催された。日本からの参加者は、委員五十嵐寿一、アドバイザーとして日本航空の川田和良氏である。

会議の概要
 会議に先立って事務局の提案と参加各国のWorking Paperが配布された。アルゼンチン代表を除いて全員出席し、会議中も各国から32件のWorking Paperが提出されて、次の6つのItemに分けて進められた。

Item1
将来の予想されるSSTル一ト:ここでは将来における世界各国を結ぶSSTルートとそれぞれの予測される運航回数等が資料として提出されたが、ル一ト選定の前に解決すべき多くの問題が存在することが指摘されて、ルートを特定することは行われなかった。 注:コンコードが初めてロンドン〜バーレーン、パリー〜リオデジャネーロ間に就航したのは1976年で、その後ニューヨーク〜ロンドン、ニューヨーク〜パリーが開設されたが、コンコードの生産は16機に限られることになった。一方、ソ連のTU-144はソ連国内で運航されたがその時期は明確ではない。これもその後事故等があって運航が廃止されている。

Item 2
最新の技術資料:試作機であるコンコード1号機、2号機と TU-144のテスト飛行におけるソニックブームの測定結果として、音圧の時間変化、継続時間、周波数成分及びソニックブームの影響が予想される区域の推定等についての技術的な資料及び建物等の構造物に対する影響飼育されているミンク及び野性動物に対する影響、雪崩れ発生の可能性等が報告された。

Item 3
ソニックブームにかかる法律的検討:各国の領海内を飛行する場合は当該ニヶ国の協議よることとし、ソニックブームの障害を排除するため超音速機は国の領海外において、高度20km以上で音速を超えることとなった。

Item 4
ソニックブームの人間に与える影響:試験飛行または軍用の超音速機の発生したソニックブームの人間に与える影響について、海洋における船拍の人員に及ぼす影響のほか、睡眠に対する影響についてはスウェーデンのRylanderから軍人を被験者とした調査(ベッドの振動を測定)等の報告があった。

Item 5
ソニックブームの経済面からみた検討

Item 6
SSTの将来の問題 詳細は「第1回ICAOソニックブーム委員会報告」39)昭和47年
Sonic Boom Committee First Meeting40) 1972 May
「第2回ICAOソニックブーム委員会報告」41) 1973

参照

 第2回の委員会では、予想されるコンコードのルートとして日本についても議論されたが、これらは二国間の問題として解決の必要があるとして見送られることになった。ここでも第1回の委員会以後の各種のソニックブームによる影響について審議が行われ、ICAOは委員会の資料をまとめてGuidance Material42)として発行した。この会議には日本から運輸省と日本航空が参加している。

 なお、米国はコンコルドのニューヨーク乗り入れにあたって、EPA(米国環境庁)として詳細な調査報告書43)を作成してこれを公表している。その後期間を区切ってこれに対する一般の意見聴取を行い、質問には一々回答を行った上で、最後は運輸長官による総合的な判断として乗り入れを認可するとしている。このプロセスは新規事業に対する行政の対応として参考になるものと思われる。

 超音速機のソニックブーム及びその影響については、数多くの海外の文献及び国内の解説した文献44)45)がある。またコンコードが羽田に乗り入れた際における騒音の測定結果、オーストラリア、カナダバンクバー、ロンドンヒースローにおけるコンコードの離着陸の際の騒音に関する測定資料がある46)。なお、超音速機の運行にあたり、陸上におけるソニックブームの発生を避けるために、音速を超えることは領海外に出て行うことは義務づけられているが、離着陸の際の騒音については、今後生産される機種について、亜音速機の騒音証明に準ずることになっている。

 最近、米国のAlan Marshからの私信(1995)によると、現在、HSCT(High‐Speed Civil Transport)プログラムとして、将来における超音速機開発計画が進められているが、これは200〜250の座席数で、マッハ2.4〜2.5と予想される。しかし、1961年当時でコンコルドの開発総費用は$3×で、これらは英仏の国民の税金でまかなわれ未だに採算がとれていない。また、今後の開発には少なくとも日米間の遠距離の航路も考慮する必要があり、航続距難の増大とソニックブーム対策等の設計が必要となるので、一応2020年を目標にしているが、米国、カナダ、欧州及び日本の共同開発が必要であるとされ、一機當りのコストとが$3×と試算されているとのことである。なお、コンコードは1976年1月に初飛行を行い、ロンドン〜バーレーンおよびパリー〜リオデジャネーロ間、その後ロンドン、パリーとニューヨーク間で運行されていたが、生産された16機のうち現存しているのは14機(このうち10機がBritish Airway,Air Franceの所有)ですでに20年を経過している(恐らく試作機の1号機と2号機は退役したものと思われる)。関西空港の川田氏に依頼して調査したところ、現在(1995)コンコルドが就航しているのは、ロンドン〜ニューヨーク(一日2便)パリー〜ニューヨーク(一日1便)のみである。

5-4.文献
15 航空機騒音補償の法理論に関する調査の中間報告書 (加藤一郎 外)
昭和41年10月
16 航空機騒音問題 (五十嵐寿一)
日本音響学会誌26(6)pp. 261−267(1970)
17 航空機騒音の計測と評価 (五十嵐寿一、西宮 元)
 
日本音響学会誌28(4)pp.194−206(1972)
18 大阪空港騒音測定結果 (西宮 元、五十嵐寿一)
昭和45年
19 大阪国際空港周辺における航空機騒音調査報告書
航空公書防止協会 昭和46年3月 昭和46年8月
20 "Determination of Aircraft Noise around an Airport" J.Igarashi and Gen Nishinomiya
ISAS Report No.476 March 1972
21 大阪国際空港周辺における生活環境調査報告書
航空公害防止協会 昭和45年8月 昭和48年7月
22 大阪国際空港の航空機騒音等が市民の健康及び環境に及ぼす諸影響 調査報告書 (前川純一)
伊丹市空港対策部 昭和47年
23 大阪空港周辺におけるテレビの聴取妨害
航空公害防止協会 昭和46年1月 昭和48年3月
24 航空機騒音による家屋振動の調査
航空公害防止協会 昭和44年3月 昭和51年6月
25 数量化理論による騒音評価 (西宮 元)
技研月報16(9)pp.10-16(1973,4)
26 騒音評価における電子計算機応用−種としてソフトウェアについて− (西宮 元)
日本音響学会誌29(6)pp.373-378(1973)
27 航空機騒音の必要測定回数について (西宮 元、五十嵐寿一)
日本音響学会講演論文集 昭和46年11月pp.181-182
28 西宮氏の三木環境庁長官への報告概要
昭和49年2月22日
29 関西国際空港建設へのみちのり
関西空港調査会 昭和60年
30 航空機騒音に関する調査報告
神戸市企画局 昭和42年11月
31 関西新国際空港気流調査報告書
兵庫県企画部 昭和42年
32 関西国際空港計画に関する調査概要
運輸省航空局 昭和46年
33 Preliminary studies of sound propagation in the lower layers of the atomosphere.
F.Ingerslev Proc.6th ICA Tokyo(1968)F‐3-6
34 関西国際空港の規模及び位置
航空審議会関西国際空港部会報告
 
1−6冊 昭和49年(1974)
35 関西国際空港特集号 Airport Revew 20(1975)
 
36 浮体方式による空港建設
造船工業会
37 Measurement of the long distant noise propagation over sea.  Maekawa&Morimoto
Inter-Noise 79 K-6-1 p.765(1979)
38 OECDにおけるソニックブームに関する国際会議報告
運輸省航空局 森 浩
39 第1回ICAOソニックブーム委員会報告
昭和47年
40 Sonic Boom Committee First Meeting(1972)May
 
41 第2回ICAOソニックブーム委員会報告 
昭和48年
42 米国における超音速機の運航規制−コンコルド乗り入れに際してとられた政策
航空公害 3 No.2(1982)
  Civil Supersonic Airplanes-Noise and Sonic Boom Requirements and Dicision on EPA Proposals.
Fedefal Resist(1978)
43 ICAO Circular126-AN/91: Guidance Material on SST Aircraft Operations- (1976)
Part 4 Noise/News 7(5)pp.12370(1978)
44 ソニックブーム 河村龍馬
日本音響学会誌 28(8)pp.432-437(1972)
45 ソニックブームの影響 五十嵐寿一
日本音響学会誌 29(12)pp.734-737(1973)
46 コンコルドの騒音測定資料
 
  羽田、オーストラリア、ロンドン・ヒースロー、カナダ・バンクーバー
 

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