1995/7
No.49
1. 1dBの重み 2. 三軸震動ピックアップの校正 3. 木製の三脚 4. 列車自動監視システムの試作
       <骨董品シリーズ その25>
 木製の三脚

理事長 山 下 充 康

 中国の思考法の根底をなす陰陽五行説では天地間のすべての生成変化を木・火・土・金・水の五要素の関係によって説明する。「木火土金水」、いわゆる五行の一番目に「木」がある。今回の骨董品シリーズでは「木」に注目することとした。

 小林理研の本館建物の二階、階段を昇って正面左側の部屋が骨董品の展示室にあてられていたが、品数が増えて部屋が手狭になったこともあって、二階の会議室の向かい側に位置する二つの部屋の壁をぶち抜いてここに移転した。新しい展示室はこれまでの部屋よりも二倍近い床面積になったので大型のガラスケースを並べても、ゆとりが感じられる。少しずつ収集した展示品も今では沢山になり、それらの引っ越しには殊の外苦労させられたが、移動ついでに個々の展示品の埃を払って新しいガラスケースに納めたら、ちょっとした音響計測機器博物館の様相を呈し始めた。

 数十年前に活躍した音響計測や物理実験の機器たちは古色蒼然としているが、磨き上げると底光りがしてきて、そのまま美術品になりそうに感じられてくる。

 そんな展示品を磨いたり並べたりしている時、奇妙なことに気付いた。それはこれらの機器に「木」がふんだんに使われていることである。言い方を変えると、「木」はこれらの機器に無くてはならない重要な材料であると言うことができそうである。

 現在の計測器では軽合金などの金属やプラスティックなどの高分子材料が主流になって、木が使われているのを目にすることはめったにないが、数十年前までは整形の容易さ、耐久性、機能性などの点で木に勝る材料はなかったものと考えられる。エボナイトやべークライトなどの合成樹脂も古くから開発されている材料ではあるが、絶縁材料やスヰッチのノブの部分などに使われていて、木に取って替わる材料にはならなかったらしい。

 写真用の古い木製三脚が残されている。三脚はカメラを支えるだけではなく、マイクロホンスタンドのように測定機器の固定支持に使われるアイテムで、現在でも実験には不可欠な用具である。

 図1は木製三脚の一例であるが、今日ではアルミのパイプで作られているシャフトに相当する部分に堅い木の棒が使われている。木の棒は四角い断面をしており、金属の帯とネジで二本ずつに留められて、これがスライドして脚が伸縮するように工夫されている(図2)。雲台による上下機構こそ組み込まれていないが、脚を四段に伸ばすことができるのでカメラなどを任意の高さに固定することができる。

図1 木製の三脚
 
図2 脚の止め金具部分

 これらの木製三脚は華奢に見えるが、意外に堅牢なことに驚かされる。そして極めて軽い。ポータブルな実験台とも言える三脚にとって、堅牢で軽いということは利便性の点で大いに好ましい要素である。

 今日でも風景画の制作の際などに使われるイーゼルの多くが木製なのも、軽くて持ち歩きやすいことに理由があるらしい。山岳写真家も重い荷物を嫌うから、軽い木製の三脚を好んで使用する。

 図3は実験室用の大形の木製三脚である。頑強な造りで、かなりの重量があり、ポータブルというわけにはいかないが、三本の脚にはキャスターが付けられているから平滑な床の上ならば自由に移動させることができる。雲台が上下し、ある程度の仰角も設定することができるように工夫されている。

図3 大形木製三脚

 雲台の上下用にはピニオン&ラック、仰角調整用にはウォーム・ギヤが機能する(図4)。いずれのギヤも鉄製で、鋳物のハンドルを回転させて高さと仰角を調整するようになっているが、それにはかなりの腕力が要求される。

図4 大形木製三脚の上下調整ギア部分

 上に紹介した木製の三脚は実験を支えた用具として、その貢献には大きなものがある。塗装が剥げていたり、稼働部分がすり減っているなど、かなりの頻度で使われたらしい痕跡を見ることができるから大いに活躍したらしいが、これらの裏方は記録に残されることはないので、年代的にいつ頃の品物なのかは不明である。

 「木」は、三脚以外にも、電圧計などのメータの台座、電話やラヂオなどのキャビネット、蛇腹写真機のフレーム、写真の乾板を納めるマガジン、蓄音機の朝顔型のホーン、オルガンパイプ等々、骨重品展示室を見渡すと枚挙にいとまがない。

 飛鳥の時代から千三百年以上の風雪に晒されながら健在な姿を現代に保っている法隆寺は世界最古の木造建築といわれている。木造建築の宝庫である法隆寺で行われた昭和の大修理は材料としての「木」に対する関心を高める契機となった。「木」は建築材料として再評価され、木に関連した書物が相次いで発刊されている。

 骨董品展示室で目にする木は建築材料ではなく、家具や建具など、どちらかと言うと指物材料としての木である。計測機器に使われている木のことについて詳しく調べようと試みて書籍を探し回ったが、建築関係ばかりで指物材料の木についての資料が見当たらない。木は建材ばかりではなく、箸やすりこ木、鉢などの食器、下駄や鞍などの生活用具、さらには拍子木、木魚、カスタネットなどの楽器としても古くから利用されていたはずである。それにも拘らず、材料としての木に関する研究書が建築関係以外に見当たらないのは不思議な気がする。余りにも日常的な存在であるために陰の存在として忘れられているのではないだろうか。

 漢和辞典で木部の文字を数えると360を越える。ちなみに火は66文字、土は155文字、金は150字、水(さんずい)は320文字で、文字の数でも木部がトップである。

 ベニヤ板や合成木材が氾濫している今、飴色のニスに木目が透けて見える無垢の「木」が使われている旧い実験道具たちを目にすると、「木」の利用について考え直してみたいような気持ちにとらわれるのである。

「木」についての参考文献
西岡常一[木に学べ:法隆寺・薬師寺の美]   小学館
西岡常一・小原二郎[法隆寺を支えた木]    NHKブックス
小原二郎[日本人と木の文化]          朝日選書
(社)日本林業技術協会編[木の100不思議]  東京書籍
茂手木潔子[日本の楽器・その素材と響き]  音楽之友社

-先頭へ戻る-