1995/7
No.49
1. 1dBの重み 2. 三軸震動ピックアップの校正 3. 木製の三脚 4. 列車自動監視システムの試作

 1dBの重み

騒音振動第三研究室 室長 加 来 治 郎

 鉄道騒音に5dBのボーナスが与えられていることについては、先の小林理研ニュースNo.46で五十嵐先生のお話があった。(No.46_11994/10)(本来、報奨の意味で与えられるボーナスをどうして騒音に、と怪訝に思われた方が多いかもしれないが、ヨーロッパのドイツ、オランダ、デンマーク、オーストリア、スイスなどの国々では、ボーナスの支給は紛れもない事実である。
 今回、この5dBのボーナスの問題を取り上げ、合わせて騒音レベル1dBの重みについて考えてみたい。
 先ず、ヨーロッパの国々で5dBのボーナスが生まれた背景からお話しする。
 先進国と呼ばれる多くの国々では、人々の快適な生活環境を確保するため、工場、建設作業、航空機、道路、鉄道といった色々な騒音源に対して騒音の基準値を設定している。
 基準値を決める方法は概ね世界共通であり、先ず、対象とする騒音源の周辺で住民アンケート調査や騒音測定を基本とした社会詞査を行う。アンケート調査では騒音による被害の程度を尋ね、一方で回答者宅の騒音レベルを測定する。それらの結果から住民が受ける被害感と騒音レベルとの関係を明らかにし、このくらいの騒音レベルであれば大多数の人が騒音の被害を受けずに生活できるであろう、というところに基準値を設定する。
 道路、鉄道、航空機などの交通機関の中で、最初に騒音を規制しようという声が持ち上がったのは、いうまでもなく航空機騒音である。初期のジェット旅客機の圧倒的な音量と、いつ落ちてくるかもしれないという恐怖感が合わさって、空港周辺の人々に対して深刻な騒音問題を引き起こした。
 次いで、規制の対象は陸上の道路、鉄道へと移っていったが、鉄道騒音の基準値を決める段になって予期せぬ問題が生じた。すなわち、それまでに行われた多くの社会調査の結果を比較すると、騒音に対する被害感が道路と鉄道の間でかなり違うことが分かった。つまり、騒音レベルが等しい場合、騒音から受ける被害は道路よりも鉄道の方が小さいという傾向が認められた。
 騒音から人が受ける影響については、現在、等エネルギー仮説と呼ばれる考え方が主流となっている。これは人が騒音から受ける影響は、その人が曝露された騒音のエネルギー量によって決定されるというものである。国際的にも広く支持され、このような考え方の下に等価騒音レベルLAeqなる騒音指標が生まれてきた。ところが、道路と鉄道の間の住民意織の違いは、この学説とある意味で相反するものとなる。
 調査を行った研究者や行政の担当者は、住民意識の違いを基準値の上にどのように反映すればよいか、又、仮に鉄道の基準値を道路よりも緩くした場合に、道路管理者や鉄道沿線の住民から反発はないか、など頭を悩めることになった。
 長い間の議論の末に、結局、先にあげた国々では、騒音に対する住民意識の違いを考慮して鉄道に対する騒音基準を道路よりも5dBほど緩い値とすることに決定した。これがいわゆる鉄道騒音に対する5dBのボーナスである。
 ボーナスという言葉の響きの良さもあって、基準値が設定された後、心配されたような反発はいずれの国においても報告されていない。
 ちなみに、道路と鉄道に対する住民反応の違いについて欧米の研究者は、鉄道の方が公共性が高いこと、騒音の発生が間欠的であること、さらには列車の走行音には哀愁が感じられること、などを指摘している。
 翻って日本の騒音事情はいかがなものであろうか。自動車騒音と列車騒音から受ける印象の違いを実験室において比較した結果、両者の間に5dB程度の違いが認められるとする報告はある。しかし、これまでに行われた社会調査の結果を比較する限りにおいては(全国的な規模の調査はさほど多くはないが)、鉄道の方が道路よりも騒音被害が大きいとする結果はあっても、5dBのボーナスを支持するような傾向はなかなか認められない。
 これについては、わが国の鉄道が抱える特殊事情や公共性に対する国民意識の違いなどによるものと思われるが、詳しくは今後の調査解明を待つことにしたい。
 一方、わが国の環境基準(道路に面する地域、新幹線鉄道、及び航空機)を等価騒音レベルに換算して比較すると、道路と航空機に対する基準はほぼ等しく、新幹線の基準が他に比べて5〜10dBほど低くなっている。見方によっては、鉄道がボーナスを貰うのではなく、鉄道が他の交通機関にボーナスを与えているというふうにも解釈できる。
 ところで、一言に5dBといっても、その数字の持つ重さについてはなかなかご理解いただけないものと思う。5dBの騒音低減を実現することがいかに困難であるかを、交通機関を例にとってその技術的、経済的な面から考察してみる。なお、5dBの騒音低減は、発生する音のエネルギー、もしくは音の発生回数を1/3にすることによって実現できる。

・航空機
 航空機騒音の評価は、個々の飛行機の発生する騒音の大きさと一日の運行本数によって行われている。高バイパス比ファンエンジンの採用やエンジン内への吸音材の装着といった飛行機本体の騒音対策の進んだ現在では、個々の飛行機が発生する騒音をさらに5dB低減するということは極めて困難といえる。自動車や列車のようにスピードダウンによる騒音低減が期待できないため、現状では、運行本数を1/3にすることが最も確実な対策方法といえる。飛行機の大型化を図ったとしても個人が負担する運賃は現在の3倍近い額になることが予想される。

・新幹線鉄道
 これまでの実態調査の結果に基づけば、東海道新幹線に関しては旧型の0系の車両をのぞみに使用されている最新型の300系に取り替え、しかも全列車の最高速度を200km/hまでとすることでほぼ5dBの騒音低減が実現できそうである。あるいは防音壁の高さを現在よりも2m程度かさ上げする方法も考えられるが、この場合の対策費用は、施工区間1m当たり10万円を下ることはないものと推定される。スラブ軌道が主体の東北・上越新幹線では、さらにバラスト軌道並みの吸音対策等が必要になる。なお、新幹線騒音の評価は、連続して走行する20本の列車の騒音レベルの上位半数についての算術平均で行われる。したがって、航空機騒音のように運行本数を削減しても、騒音評価量の上には減音効果は反映されない。

・道路交通
 エンジン関係の騒音対策が進み、タイヤ騒音が主音源となってきた現状では、飛行機と同じく自動車単体からの騒音を5dB低減することは極めて難しい。道路交通騒音の最も一般的な対策方法として、防音壁の設置もしくはかさ上げを挙げることができるが、とくに都市内の幹線道路については道路端に塀を設置することは現実的に無理である。したがって、確実に効果を得ることのできる対策方法としては、台数制限、スピードダウン、及び大型車削減の三つに絞られる。自動車の台数を1/3にしたり、走行速度を25km/hほど減速することによってほぼ5dBの騒音低減が期待できる。大型車の削減効果は混入率によって異なり、大型車の騒音のパワーを小型車の10倍とした場合、50%のときは8%に、30%のときは2%にそれぞれ混入率を下げることで騒音レベルは5dBほど低下する。混入率が25%以下のときは、大型車の通行をすべて禁止しても騒音レベルは5dB以上は下がらない。なお、いずれの対策に関しても、経済的な波及効果はいかばかりか想像もできない。

 さて、これまでの説明によって、騒音レベルを5dB下げることがいかに大変であるかがお分かりいただけた筈である。案外簡単ではないかとお思いの方のために、騒音レベル1dBの重さを、身近かな尺度であるお金に換算してお話ししてみたい。
 騒音レベル1dBの値段を知る方法としては、騒音被害に対して裁判所が決定した損害賠償額から直接的に知る方法と、騒音の影響による不動産価格の下落から間接的に知る方法の二つを挙げることができる。
 騒音被害に対して具体的な損害賠償額を決定した判例としては、名古屋新幹線騒音(1985)、横田基地軍用機騒音(1987)、国道43号線・阪神高速道路騒音(1992)などがある。騒音防止協会の荘氏が行った調査によれば、これらの裁判で認定された1年間の騒音曝露に対する平均的な損害賠償額は、騒音レベル5dBあたり30,000円ずつ増加し、1dBあたり6,000円になるとのことである。もちろん、騒音被害があると認定される騒音レベルは、等価騒音レベルL
Aeq,24hがほぼ60dBを超えるあたりからで、その基本額は56,000円/年と報告している。たとえば、LAeq,24hで70dBの騒音に3年間曝露され続けた人に対する賠償額は、56,000+6,000×10=116,000円となる。
 1973年にイギリスで制定された土地補償法では、騒音の影響によって不動産の価値が下落した場合、土地所有者に対して市場価格の低下分に対する補償を認めてい。

わが国にはこのような法律はないが、騒音が地価に与える影響については、主に社会工学の立場からの調査が行われてきた。平成6年度に、東京工業大学の肥田野研究室が世田谷区内の住宅地で行った調査の結果によれば、騒音レベルが60dBから1dB増加した場合の地価の下落は約5,300円になると報告している。ちなみに、調査地区の平均的な地価は75万円/m2であり、1dBあたりの地価への影響度は0.7%になる。
 1dBの重みを理解してもらうつもりが、損害賠償額や地価への影響度から、逆に1dBなんかは軽い・安いと思われるようになったかもしれない。こうなれば、最後の手段として、過去に行われた騒音対策の具体例を紹介し、騒音低減のために費やされた金額から騒音レベル1dBの重みを感じ取っていただくことにする。なお、ここに紹介する事例は、いずれも比較的最近に行われた対策例であるが、対策費用等については個人的な情報に基づくものであることをお断りしておく。

・鉄桁騒音対策…海峡上の300mの範囲にわたって防音工事を行い、列車通過時の騒音レベルを約15dBA減音することができた。
       8億5千万円/15dB→5700万円/1dBA

・製紙工場騒音対策…固体音対策として既存の壁の外側全面に防音壁を建設し、8dBAの減音効果を得た。
       2億円/8dB→2500万円/1dBA

・道路橋低周波音対策…山間部の斜面に建設された高速道路の片側に、厚さ240mm、高さ13〜14mのコンクリート遮音壁を建て、10〜15Hzの周波数帯域で10dBの減音効果を得た。
       1億5千万円/10dB→1500万円/1dB

・高速鉄道構造物音対策…スラブ軌道の構造物音対策として、ほぼ75mの範囲にわたり高架橋下面に遮音壁を設置し、軌道から25mの位置で3dBAの減音効果を得た。
       4000万円/3dB→1333万円/1dBA

・ブレーカ騒音対策…低騒音型油圧ブレーカの開発のため国から3000万円の研究費(メーカ負担分は含まず)が投入され、従来型より騒音レベルを8dBA下げることができた。
       3千万円/8dB→375万円/1dBA

・裏面吸音対策…ダブルデッキ構造の上部道路高架橋の裏面に吸音材を設置し、計算上10dBAの反射音の減音効果を期待した。
      (1m当たり)150万円/10dB・m→15万円/1dBA・m

・道路騒音対策…既存の防音壁の上に吸音性円筒を設置し、最大2dBAの減音効果を得た。
(1m当たり)8万円/2dB・m→4万円/1dBA・m

・ジェットコースター騒音対策…鉄製の車輪をウレタン製の車輪に変更することで20dBAの減音効果を得た。
      (初期投入費)400万円/20dB→20万円/1dBA

・ピアノ防音対策…防振対策を基本とした室内の改修工事を行い、約10dBAの減音効果を得た。
       150万円/10dB→15万円/1dBA

 高々1dBの騒音レベルを下げるのに1,000万円以上を費やすなど、なんとも勿体ない話ではある。紹介した事例の多くは、法に定められた騒音基準を達成するために行われたものであり、まさに基準値近くの1dBは千金の重みを持っていることになる。
 鉄道騒音に対する5dBのボーナスをきっかけとして、騒音レベル1dBの重さにまつわるお話をした。ところで、今年も何とか自分のボーナスを手にすることができた。このボーナスが騒音レベル何dBの重さに相当するかは量り兼ねるが、少なくともボーナスの支給者が騒音であることに間違いはなさそうだ。

-先頭へ戻る-