1994/1
No.47
1. 理事長就任にあたって 2. 環境騒音をはかる-気象の影響、測定の時間や期間について- 3. インターノイズ94報告 4. 小型高性能積分形騒音計NL-05, NL-15
 
 環境騒音をはかる
    −気象の影響、測定の時期や期間について−

騒音振動第一研究室 室長 山 田 一 郎

 環境騒音を測る際のマイクロホンの置き場所についてこのニュースで書いたことがある[1]。環境騒音の基準や規格は音の大きさが耳のところでどれくらいになるかを評価することを基本に定められているが、自動測定等で様々な場所の騒音を比較する場合には、地面や建物から十分に離してマイクロホンを置き、自由音場に近づけるのも一つの考え方と言える。反射や回折の影響で誤った結論を導く危険性があるからだ。飛行機の騒音で地面の影響を調べたところ自由音場に対して1dB以内に収めるには4〜5m以上の高さに置く必要があると分かった。

 マイクロホンの置き場所以外にも測定に影響を及ぼす要因はいろいろある。今回は気象の影響や測定の時期、期間について考えてみる。今年夏から初冬にかけて同じ場所で通して飛行機の騒音を測る機会があった。新千歳空港の滑走路のすぐ先、ミドルマーカーのそばである。飛行機の高さは離陸機でざっと300〜600m、着陸機はわずか60mである。測定の目的は以前に手がけた音色から機種や飛行形態を聴き分ける方法の実用化を図ることであった。夏に観測した音で作った基準パターンを使い、冬の観測騒音を判別させたところ離陸で機種の間違えがひどかった。慌てて測定された音の周波数スペクトルを比べてみると夏と冬で高周波成分に顕著な差があるのが分かった。図1にB747-400の離陸騒音の場合の比較を示す。あまり違うのでマイクロホンが壊れたかと疑ったが、結果はノー、原因は空気吸収だった。気温が夏は25〜30℃だったが、冬は高々5℃だった(地上の気温)。温度を測ってないが乾燥していなかったので70%とみて計算すると夏と冬の空気吸収による音の減衰の差は周波数5kHz、距離500mで10dBにもなる。冷静に考えればすぐ分かることだったのだが、飛行機が頭のすぐ上を飛んでいるからという思い込みがあった。以前は2kHzあたりから下の周波数成分だけを使っていたのだが、耳で聞いても音の違いが分からないようなエンジンも機体も似た最近の大型機の着陸音を判別するために5kHzまで眺める周波数範囲を拡張したのである。結局、周波数が低くなると空気吸収による減衰が急激に小さくなるので、離陸については考慮する周波数範囲を前のように2kHzから下に限定してことなきを得た。改めて気象の影響の大きさを思い知らされた気がする。実は気温につれてジェットエンジンの出力効率も変わる。そのため離陸は騒音レベルも夏と冬で変わる(図2)。他方、着陸機は常に一定勾配の下降コースに乗っていてエンジンを絞っているのでレベル変化は小さい。音源から測定点までの距離も離陸に比べて一桁短く、スペクトルは夏も冬も周波数5kHzまでほぼ同じである。

図1 1/3オクターブバンド毎にピークホールドして
求めた周波数スペクトルの夏と冬の違い
図2 離着陸別、機種別にみた夏と冬のピーク騒音レベル
(LAmax)の差

 気象の影響は空気吸収だけではない。追い風が吹けば音が伝わりやすくなるし、逆風なら小さくなる。気温の高さ方向の勾配も伝わりやすさを変える。大気の乱れも伝わる音を揺らがせる。気象の状況によって観測される騒音状況も激しく変わるのである。それでは環境騒音の影響を評価するにはどのように測定したら良いのだろう。はっきり言ってこの問いに明快に答えることは難しい。気象の状況を広い範囲にわたって正確に把握することも気象の影響を定量的に評価することもなかなかに難しいからである。場所毎に年間を通じて測定してやれば良いのだが、どこでもいつでもできるものではない。

 この十年ほどのあいだに後述する国際規格ISO1996やISO DIS9613が登場し、漸く、気象の影響を前提として測定時期や測定期間を考えること、気象の影響を評価の際に補正することが、環境騒音を測って評価する際の、基本の考え方として採り入れられるようになってきた。そこで環境騒音に係る基準や規格の中では気象の影響や測定時期・期間がどう記述されているかを眺めて見よう。

(1)騒音規制法(特定工場、特定作業、道路交通)はJIS Z8731の定める測定方法によると記述するのみで、気象の影響や測定時期についての具体的な記述はない。測定期間については、道路交通騒音の限度についてのみ、連続する7日間のうちの当該自動車騒音の状況を代表すると認められる5日間について昼間、朝・タ及び夜間の区分ごとに1時間当たり1回以上の測定を4時間以上行なうと書いてある。

(2)一般環境基準でもJIS Z8731の定める測定方法によると記しているのみで気象の影響や測定期間、時期の記述はない。ただし、測定時刻はその地点を代表すると思われる時刻、または騒音に係る問題を生じ易い時刻と記述されている。道路に面する地域では朝、タ、昼間、夜間に測定するべく指定されている

(3)航空機騒音に係る環境基準は測定期間を連続した一週間、測定時期を航空機の飛行状況及び風向等の気象条件を考慮して代表する時期を選ぶことと定めている。

(4)新幹線鉄道騒音に係る環境基準では連続して通過する20本の列車について測定を行うと記述している。測定時期は特殊な気象条件にある時期および列車速度が通常時より低い時期を避けて選ぶように指示している。

(5)幹線道路の沿道の整備に関する法律は該当道路の交通騒音の状況が年間を通じて標準的と認められる日の夜間の全時間について1時間毎に測るよう定めている。

(6)JIS Z8731騒音レベル測定方法では屋外の騒音伝搬は気象条件によって大きく影響を受けることがあると書いてあるが、測定期間や時期について具体的な記述はない。ただ、実際に測定する一続きの時間(実測時間)を測定時間といい、断続的に測定をして長時間の代表値を求める場合の全体にわたる総時間長(観測時間)と区別する考え方が示されている。

 我が国の環境騒音に係る基準や規格はこれが全てで、気象に言及しているのは航空機と新幹線の基準だけである。JIS Z8731以外はどれも1980年より前に制定されたものであり、気象についてどう定めれば良いのか明確な考えが未だ形作られるに至らなかったためと言えるが、騒音被害が激しかった音源近傍地域を環境保全の対象と考えていたことも理由の一つで、音源に近いので気象による変動は僅かだと考えたと思われる。航空機と新幹線の中に気象条件の記述があるといっても観測場所の騒音を代表する条件を選び、特殊な状況を避けようと意図しただけであり、気象の推移とともに騒音の状況が変化することを前提とした記述ではない。測定時期について航空機で考えてみる。夏と冬で風向きが逆になり騒音状況も変わるので代表する時期として夏と冬を選び、測定することが多い。しかし、そうして測定した結果をどう総合して基準値と比較するかまでは基準に記述されていない。常識的にはパワー平均することになるだろうが、横風用滑走路の付近などごく限られた期間だけ騒音が観測される場合にどうするかといった問題が残る。

 最後に、ISO1996「環境騒音の記述と測定」[2]とISODIS9613「屋外騒音伝搬による減衰」part‐2汎用計算法[3]について紹介しよう。ISO1996にはpart‐1〜3があるが、現在のJIS Z8731はISO1996part‐1が発行された直後の1983年に制定されたもので、等価騒音レベルの記述が含められたのはこれに基づいている。

(7)ISO1996「環境騒音の記述と測定」ではpart‐1、2に関連する記述がある。まず、part.1の5.3節では、観測される騒音レベルは特に伝搬距離が大きい場合に気象の影響を強く受けて変化するので、そのような場合は次の二つの方法のどちらかで測定するのが良いと推奨している。(1)測定場所の気象が変化する範囲を網羅するように期間を決めて長期間測定を行い、平均する。(2)音の伝わり方が一番安定な気象条件(例えば測定点の方へ音源から風が吹く順風条件)の期間に測定する。場合によっては(2)の方法で測定した結果に補正を加えて等価的に(1)の条件の値に換算することもできる。次に、part.2の4節の注では土地利用を検討する場合は可能ならその地域の優勢な気象状況のデータ(特に風速・風向・降雨・気温及び温度逆転頻度)に関する適当な期間(例えば一年間)の統計量を得ることが望ましいと記してある。part.2の5.4節では測定期間、基準評価期間及び長期評価期間の決め方について記述してある。測定期間は実際に測定し等価平均騒音レベルを算出する個々の期間のことであり、基準評価期間とは人の活動や音源の稼働周期等に基づいて定められる基準の期間で、実測された等価騒音レベル値はこの期間の等価平均騒音レベルに換算したうえで純音補正と衝撃音補正を加え、基準評価騒音レベルにされる。さらに、一連の基準評価期間の集まりとして長期評価期間を考え、それら個々の期間の基準評価騒音レベルをパワー平均し、長期間平均評価騒音レベルを算出する。これによって、対象とする地域の長期間にわたる平均の環境騒音を評価する。

 適切な測定期間を選ぶにはかなり長期間にわたる騒音の状況を調べる必要がある。評価された結果を相互に比較するため、できるだけ再現性のある安定した伝搬条件のもとで測定するのが良い。主な音源が一つの場合は音源から受音点の向きに音が伝わりやすい気象条件を選ぶのが良い。具体的には風向は音源から受音点地域の中心方向の両側に±45゜の範囲、風速は地上3〜11mで1〜5m/s、かつ地表近傍に強い温度逆転がなく激しい降雨もない期間を選ぶのが良い。なお、恣意的に選択した気象条件での測定結果と無作為に選んだ変化する気象条件のもとで測定した結果には系統的な差が生じるので前者から後者へ換算する際は補正が必要である。

(8)ISO DIS 9613「屋外騒音伝搬による減衰、part-2汎用計算法」は草案がまとめられた段階であり最終的に規格として制定されるまでにはまだ時間が掛かる。この規格は様々な地域の環境騒音を記述し、測定するための規格ISO 1996と音源からの騒音放射を記述し、測定するための規格ISO 3740シリーズ[4]やISO 8297[5]を橋渡しする性格を持たせるよう意図された規格であり、音源から離れた場所での長期間等価平均騒音レベルLAT(LT)を予測するため、音が伝わりやすい気象条件(Meteorological Condition Favourable to Propagation;MCFP)での伝搬減衰を計算する手順を記している。この気象条件はISO1996 part-2に示されたものと全く同じで順風条件や夜間によくある適度に発達した温度逆転条件(地面から始まる)での騒音伝搬が該当する。ただし、長期平均騒音レベルとして最終的に算出されるのは様々な気象条件の伝搬状態が含まれた十分に長い期間にわたる平均である。気象の影響を考慮する項としては遮蔽物による減衰を計算する式に含まれるパラメータがあるほか、音が伝わりやすい気象条件(MCFP)のときの平均騒音レベルLAT(DW)に直接加えられる補正Cmetがある。これにより長期平均騒音レベルLAT(LT)は次式で評価される。

LAT(LT)=LAT(DW)-Cmet

 Cmetは伝搬距離及び音源と受音点の高さによって変わるように与えられているその基本の考え方は評価対象とする期間にMCFPの条件となる日がどれだけの割合であるかという単純なものである。MCFP条件となる日が50%なら3dB、33%なら5dBという具合であり、MCFPからはずれた条件の時の騒音エネルギーの寄与は無視している。なお、このISO DIS9613は音源も受音点も地上近辺にある場合だけを扱っており、上空を飛ぶ航空機の騒音は対象から外されている。地上の騒音源でも鉱山や砲撃訓練による爆発音は除外されている。音が伝わりやすい気象条件(MCFP)という基本の考え方が当てはまらないからである。

 以上、ISO 1996とISO DIS9613の登場により、斯く、気象の影響を考慮して環境騒音を測り、評価することが基本の考え方として採用されるようになった。それらがどのくらい妥当なものかは未だ分からない。音が伝わりやすい気象条件(MCFP)のもとで測定するといっても、実際問題としてどのくらい気象を考慮して測定することができるかも大きな問題である。

 今回はこのあたりで筆をおく。次の機会には通年自動測定と絡めて気象の影響の問題を講じていきたい。

文献
[1] 山田一郎、環境騒音を測る  小林理研ニュース、No.40,1993/4.
[2] ISO1996 Acoustics-Description andmeasurement of environmental noise-Part 1: Basic quantities and procedures, Part 2: Acquisition of data pertient to land use, Part 3: Application to noise limits.
[3] ISO DIS 9613 Acoustics-Attenuation of sound during propagation outdoors-Part 2: General method of calculation.
[4] ISO3740 series; for example, ISO3740: Acoustics-Determination of sound power levels of noise sources-Guidelines for the use of basic standerds and for the preparation of noise test codes.
[5] ISO8297: Acoustics-Determination of sound power levels of multi-source industrial plants for the evaluation of the sound pressure levels in the environment-engineering method.

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