1994/10
No.46
1. 騒音に係わる環境を考える 2. 自動演奏ハーモニカ? [ROLMONICA-MADE IN GERMANY] 3. 新型振動レベル計 VM-52/52A  ピックアップ PV-83A
 
 騒音に係る環境を考える

理事長 五 十 嵐 寿 一

1.はしがき
 よりよい環境を創造するための努力が払われているが、大気や海洋汚染とともに騒音が深刻な社会問題になっている。いずれも現代社会発展の後遺症と考えられ、前者の場合は汚染の物質が蓄積して被害が広範囲かつ長期間に及ぶが、騒音の被害は局地的であるとともに一過性という特級がある。また、音は生活環境において会話等の重要な情報伝達手段でもあるが、一方、他人の会話も場合によっては甚だしい騒音になるという複雑さもある。 このほか現代社会には各種の音の発生源があって日常生活の妨害になっている。このような生活環境を改善するため、騒音に係る環境基準が設定されてからほぼ20年を経過したが、騒音は依然として最大の苦情の対象になっている。ここでは、基準設定以来の騒音対策に関する経過を振り返り、今後の課題について国際的な動向も参照して述べてみることにする。

2.騒音環境と人口
 現在、どの位の人々がどの程度の騒音に暴露されているだろうか。日本には全国的な調査の資料が見あたらないので、米国、EPA(環境庁)の報告を参照してみると
(1)、家庭における屋外騒音が、Ldn70dB以上の騒音に暴露されている米国の人口は、1,000万人、65dB以上が3,000万人、60dB以上、6,000万人、さらに55dB以上が全人口の50%以上となっている。この資料は約20年前の調査で、その後行われた各種の対策により環境は改善されていると思われるが、騒音源は主として交通機関によるもので、その後の交通量の増加も考慮すると一応基礎資料として参考にすることができよう。今回の横浜で行われたインターノイズにおいても、ドイツでは現在道路騒音の影響を受けている人が、全人口の70%になっているという報告があった。ここでは一応、米国EPAの資料から日本の場合を推定すると、人口は米国の約半分であるが人口密度の違いもあるので、少なくとも70dB以上が500万人、65dB以上が1,500万人、60dB以上が3,000万人、55dB以上が6,000万人以上と推定される。図1にEPAの資料を示しておく。日本においてもこのような調査を実施し、実態を明らかにする必要がある(Ldn:昼夜騒音レベル、夜間10dB加算した等価騒音レベル)。さらに、個人が1日24時間の生活において受ける騒音暴露量、(会話も含む)についても、国内外で測定された資料があり、サラリーマン(事務職)と主婦を含めて平均LAeq,24(等価騒音レベル)65〜70dBで、職種によっては75dB以上となっている(1)(2)

図1 屋外騒音レベルと人口
(米国:EPA資料による)

 このような状況を前提にして、今後の環境問題の改善にどのように対処すればよいだろうか。まず、少なくとも屋外環境Ldn70dB以上の地域については、被害を受けている人々にとっては受忍の限度とも考えられ、会話やテレビの聴取妨害も予想されるので早急に対策を実施し、その次の段階としては、70dB以下の地域についても65〜60dBと目標を定めて順次低減する計画を策定する必要がある。
 現在、一般環境、道路交通、航空機、新幹線騒音については環境基準値が設定されていて、それぞれ評価指標は異なっているので、基準値は平均としてLdn55〜60dBになっており、上の推定によると日本における3,000万人以上が基準値を超える騒音に暴露されていることになる。これらの騒音源は主として自動車等の交通機関であるとすると、基準の達成には並々ならぬ努力と経済的な投資が必要であると思われる。

3.アメニティと騒音
 アメニティとは、環境の快適さと一般的に定義される。さて、快適とは必要な社会活動が行われる望ましい環境で、環境基準はこのような快適な生活環境の実現のために設定されている。しかし、現代の都市生活は、各種の機械器具に取り囲まれ、各種の交通機関によって自由に行動できることが前提で成り立っていて、これらを除いては快適な生活が不可能であろう。しかしいずれの場合も騒音の発生を伴うことは避けられない。従って、これら騒音発生源自体の本来の機能であるプラス面と、騒音というマイナス面のバランスをどのようにとるかが騒音対策の基本になる。この場合発生した騒音については、建設機械、家庭の設備等では技術的に達成された騒音の限界を示し、製品の評価をする目的のラベリングという規定が整備されてきており、特に問題となる交通機関においても、騒音の排出基準を設定し、それぞれ騒音の低減を目標にして技術的な努力が行われている。
 現在日本で交通機関について排出基準のあるのは自動車、航空機で鉄道にはない。自動車については、それぞれの形式について、ISOの加速走行試験方法による騒音レベルの限度が設定され、この規制値が次第に低減されたため、15年前に比べて大型車の騒音レベルで約10dB減少したが、このような方策が効果をあらわすためにはさらに10年以上の更新期間を要することと、試験条件と実際の走行条件の相違もあって、その効果は10年後においても約3〜4dBにすぎないとする批判もある
(3)。特に、ISOの測定方法は、固い路面を走行する自動車について、走行車線から7.5m離れた地点において最大騒音を測定することになっているが、自動車からの直接音と反射音の干渉によって、車種によっては実際よりも騒音レベルが低く測定されることのあることが指摘されている。この現象は、音源の高さと発生する騒音の周波数にも関係するので、測定距離、音源の高さ、発生騒音のスペクトル等についてさらに検討が必要であろう。ANSI(米国の測定規格)においては15.2mの距離で測定を実施することになっていて、この場合はほぼ地面による反射の影響を避けることができる。
 航空機については、ジェットエンジンの騒音対策が精力的に行われ、過去20年間に約15〜30dBの騒音低減に成功して、空港周辺の環境は著しく改善された。図2によれば、現在最も多く使用されているB-747とB-767の離陸騒音は、旧型のDC-8に比べて、それぞれ15dB及び30dB低減している。従って、大阪伊丹空港の場合、昭和48年における騒音コンターが、平成3年には約10dB縮小していることが判明していて、WECPNL75以内の地域の面積は、20年前の3分の1以下になっている。しかし、航空機の場合には、騒音が低減されたとしても他の交通機関と比較して被害を受ける地域が広範で、今後これ以上画期的な低減は困難であり、近年便数の増加等の要因もあるので、対策としては未だ土地利用等についての問題がある。一方、騒音公害のない空港の建設を最大の課題にし、深刻な伊丹空港の代替となる拠点空港として建設が進められていた関西国際空港が、計画から20年以上の年月を経て最近ようやく開港した。これは海岸から5km離れた人工島に造成された、世界で最初の大型国際空港である。

 

図2 離陸騒音(騒音証明)
   
騒音の限度
    実線:Phase2(1975以前)
    点線:Phase3(1975以後、エンジン数別)

 また新幹線についても、新しい技術によって各種の騒音対策が行われ環境改善に貢献したが、排出基準が未だ設定されていないため、今後の整備新幹線の建設、速度上昇の際の騒音レベルの増加に対する対応や試験段階にあるリニアモーターカーの空気力学的騒音の問題があることと、さらに、環境基準のない在来鉄道騒音の評価、対策方法等まだ解決すべき多くの課題が残されている。
 これらの交通機関については、在来鉄道を除いて個別に環境基準価が設定されているが、これらは主として騒音に対する反応に重点がおかれているため、発生する騒音(例えば排出基準)との関連及び対策の可能性を十分考慮しているとは言い難い。本来、まず排出基準があって、これを基礎にして周辺の環境対策をどのように進めるかという順序になる。特に、新しく建設が行われる交通機関の場合にはこのようなプロセスが必要である。しかし、この場合はその交通手段が、文化的な生活を送る上で欠かせないという多くの人々のコンセンサスを得ることが前提になるので、その方策を確立しなければならない。これらは環境アセスメントの基本で、多くの人々が納得して、環境保全の上からやむを得ず土地を提供し、または家屋防音によって屋内環境を守るという土地利用の基礎にもなるものである。

4.騒音のインパクトと評価
 騒音に係る環境基準は、快適な生活を保全する上で望ましい基準であるが、現代社会の快適性を保持するために、騒音の発生がさけられないとすると、どの程度までの騒音は許容できるか、またどこまで技術的にまた経済的にも低減が可能であるか、もし対策が不可能であるとするとその騒音源を削減(交通量の制限または速度規制等)してよいかどうかという総合判断が必要になる。このため人間が判断する基本として、許容できる騒音の範囲はどうかということになる。さて、騒音に対する許容の範囲としては、ほぼつぎのように考えられている。

  (1) 聴力への影響  LAeq 70〜80dB
    作業関係では85dB以下
  (2)  会話妨害     50〜60dB
    了解度95%以上
  (3)  情緒的障害     35〜50dB
    睡眠への影響を含む

  ここで、(1)は聴覚に対する影響で、LAeq70dBという下限は、1日8時間、40年間の作業環境において、音に最も敏感な4kHzにおける聴力損失が、5dB以下であるという結果に基づく閾値で、これは日常生活において特に支障になる障害ではない。聴覚は音に最も敏感な器官なので、聴力損失の生じない騒音による肉体的な影響はないとする意見もあって、生埋的な影響の限界としては、ほぼ70〜75dBとされている。従って、上に述べた個人の1日の騒音暴露、LAeq,24 65〜70dBは、通常の生活においてほぼ聴力損失の影響がないといえる。しかし、都市生活においては、通勤や職場における騒音の影響があって、年齢とともに聴力が減退する原因の一つと考えられている。(2)は生活を保全する上の目標として、日常の会話やテレビ、ラジオの聴取に支障のない騒音レベルで、このような環境においては文章了解度が95%以上に保たれるとされている。さらに(3)は睡眠、休養のための目標で多くの場合室内騒音が対象になる。しかし、睡眠影響については、従来実験室実験をもとに議論されていたが、最近、家庭内で実際にうける睡眠影響の調査も平行して行われている。英国運輸省はサザンプトン大学その他の協力により、英国の4大空港周辺の住民を対象にして、家庭における睡眠中に飛行する夜間の航空機騒音による目覚めの回数を測定した結果を取りまとめ、ほぼ同じ騒音レベルのときに目覚める回数は実験室の場合に比べて10分の1に過ぎないと報告している(4)
 さて騒音の評価方法として社会調査が行われ、統計的に影響の程度が測定されている。評価の尺度として各種の表現が使用されているが、うるささ、という単一尺度を使うことが多い。この尺度のステップ(評価段階)として、日本においては、上限を7ステップの時、非常にうるさい、6をうるさい、とするが、外国においては、7はExtremely annoyed、6はVery annoyed、5をannoyedとし、通常、6と7を加えてHighly annoyedとして評価する。その上、日本の調査の場合、正反応として5,6,7ステップをとっていることもあって、外国に比べて騒音に過敏な結果が得られていることがある。なお、7ステップのとき、1ステップの反応の差は騒音レベルで大体6〜7dBである(5)
 現在、各国で測定された社会調査については、有名なSchultzの結果にその後発表されたデータを加えたFidellのまとめがある。一般に社会調査による反応は、対象とする地域、騒音源の種類等によって大きく変動するが、Fidellは評価の基準として、各種の交通機関に関する各国の調査結果を平均し、Highly AnnoyedとLdnの関係として1本の曲線で示した(6)。(図3)

図3 Highly annoyedとLdn(社会調査:Fidell)

 異なった交通機関に対する反応の相違については、最近開催されたインターノイズにおいても多くの議論があった。例えば、鉄道騒音に対する反応は道路騒音に比べて約5dB反応が小さくなっているので5dBのボーナス(基準値を5dB大きくする)があってもよいとする報告もあったが、日本における鉄道騒音に対する反応は、道路騒音に比べてむしろ厳しくなっているので、音源によって基準値を変えるということもなかなか難しい。また、航空機騒音に対する反応は、自動車騒音に対するよりきびしく現れるとされているが、これは航空機の事故に対する不安等のためと考えられていて、騒音に対する反応とはいいがたく、安全対策等別途対応すべきものであるとも考えられる。このように音源による反応の相違は、地域による相違とともに今後の大きな課題ではあるが、環境対策の基本としては、Fidellが提示している標準的な関係を用いることにして、甚だしく標準から相違したケースについては個々に対応する必要があろう。日本の環境基準値については、対象とするそれぞれの音源に対する社会調査を基礎に設定されていること、また使用された評価指標も異なっているので、基準値については必ずしも互いに整合がとられていない。
 音源または地域によって社会反応に差があることについては、騒音源以外の要因による影響が大きいためと考えられている。例えば、回答者の年齢、職業、周囲の騒音以外の環境、居住年数、家屋構造、持ち家か借家か等のほか、騒音源との関係及びそれに対する態度、騒音対策についての行政の対応等、他の公害では考えられない多くの要因がうるさいという人間の判断に関係する。従って、騒音に対する反応には願望も含めて個人差が非常に大きいことが指摘されている。このように騒音源に対する反応は騒音と関係がない要因に大きく左右される。この場合騒音は音源を識別する信号であるとも考えられ、騒音そのものに対する反応としては、音源の種類に関係なく騒音レベルでほぼきまると考えてよいと思われる。また、評価指標については、国際的に等価騒音レベルに統一される方向にもあるので、現在の各種交通機関の基準値は、A特性等価騒音レベルとして統一された値とすることが望ましい。今回のインターノイズにおいても、各国の各種騒音に対する評価指数と基準値及びそれら相互の比較に関する報告とともに、欧州のEC諸国では、騒音の評価指標をA特性等価騒音レベルに統一する議論が行われているという説明があった。
 騒音による障害はその程度にもよるが、場合によっては、各人の判断で対応が可能であることも他の公害と異なるところである。例えば、外部の騒音がうるさいときには、家を移転することなどは現在困難であるとしても、窓の遮音を改善したり、寝室を騒音源から離れた場所に移す等、自衛の手段をとることも現代生活では必要ではないだろうか。騒音対策は常に発生者の責任であるとしていては、環境改善の道は遠いといわなければならない。
 さて、米国の例によると、EPAは行政としての騒音対策の緊急の対象として、まず屋外騒音レベルLdn75dB以上の地域を最優先とし、ついでLdn65dBまでの地域については、騒音源の規制や計画段階の手法によって対応するとしている。この場合社会調査の結果として、LdnとHighly Annoyedの関係を示す図3を参照して行政を進める。なお、特に睡眠に対する影響が問題となる場合には、実験室実験に実際の家庭内の調査も考慮した、図4に示す目覚めの回数と騒音暴露レベル(ASEL)の関係を補助的に使用することにしている。これらは米国省庁間の騒音委員会(Federal Inter-Agency Committee on Noise)で採択されている
(6)(7)。なお、Level Document(1)に提示してある、Ldn55dBは、ほぼ日本における環境基準値に相当するが、この勧告は人間生活を保護するために十分安全率をみて提案してあり、規制値という性格ではなく、環境改善の将来の目標とすべきもので、技術的、経済的な考慮はしていないことを明確に述べている。従って、これまでこの勧告値が裁判等で法律的にとりあげられたという例はない。日本においては、EPAの勧告値とほぼ同じ環境基準値が、場合によっては受忍の限度とも受け取られていることがあり、環境問題を必要以上に複雑にしていないだろうか。環境基準値が達成されることは望ましいが、より重要なことは、等価騒音レベル70dB以上といった被害の深刻な地域の改善を最優先にすべきであろう。なお、環境基準値が設定された経過によると、屋内の生活環境が保持されることを目的とし、建物の遮音を10dBと見積もって屋外における騒音レベルを基準値とすることにしている。しかし、現在の住宅における遮音の程度は、その当時より平均で10dBは増加しているので、屋内環境は著しく改善されているといってよい。いずれにしても、環境基準の達成には、まだまだ道は遠いと思われるが、これまでこの基準値を目標にして騒音対策が進められ、騒音発生の原因者に対するインパクトとして環境改善に大きな効果をあげてきたことは評価する必要がある。ただ、騒音に関する日本の環境問題では、環境基準値のみが一人歩きしているように思われてならない。

図4 睡眠障害
(A特性騒音暴露レベル:ASELと睡眠中の覚醒:%)

5.快適な環境を創造するために
 今後快適な生活環境を創造するためには、次の方策と騒音に対する考え方が必要であると考える。
(1)日本においても屋外騒音と人口分布の調査を実施し、騒音被害の実態を明確にする必要がある。
(2)屋外騒音がLAeq 70dB以上の地域については早急に対策を実施することとし、さらに段階的にLAeq65〜60dBの地域に広げ、環境基準が達成される道筋を明確にすること、

(3)土地利用の方策とその法的根拠を確立にすることは、(2)の方策の実施に欠かすことができない。20年近く前の環境基準設定の際における解説として、基準達成のためには、技術開発ととも土地利用政策が必要であるとしているが、その後土地利用の法制化についての議論に進展がないのは残念である。
(4)交通機関については、航空機、自動車の場合のように技術的に可能な対策を行った排出基準を設定し、それに基づいた環境アセスメントを実施することが必要である。この場合、環境への影響の程度を明確にして、土地利用とともに音源の変更(速度、回数)等も含めて総合的に判断すること、なお、その交通機関の必要性についての一般的なコンセンサスを得る方策を確立すること
(5)騒音に係る環境基準における評価指標を等価騒音レベルとして基準値は統一すること、
(6)現在全人口の半分の人々が屋外騒音Ldn55dB以上の環境にあることを考慮すると、現在の環境基準は将来の快適な環境を実現する目標であると位置づけ、その達成のためには一層の努力と投資が必要であると考えられる。一方、基準値については、音に対する受忍の限度ではなく、快適な環境を実現するための目標であることを認識し、それぞれの立場においても生活環境の改善につとめることが必要である。

6.文献
(1)Information on levels of environmental noise requisite to protect public health and welfare with an adequate margine of safety.
  Report of EPA 550/9-74-004(1974)
(2)香野俊一、曽根敏夫、二村忠元: 日常生活における騒音暴露と個人の反応
  電気通信学会研究委員会資料 EA 78-43(1978)
(3)T. Berge : Vehicle noise-emission limits−Influence on traffic noise levels past and future.     
  J. Noise Control Engineering, 42, 53-58(1994)
(4)Report of field study of aircraft noise and sleep disturbance.
  The Ministry of Transport ENGLAND.(1992)
(5)J. Igarashi : Comparison of community response to transportation noise.
  J. Acoust. Soc. Jpn.(E), 13, 301-309(1992)
(6)H. E. von Gierke and K. Mck.Eldred : Effect of noise on people.
  Noise/News International, 167-89(1993)
(7)L. S. Finegold, C. S. Harris and H. E. von Gierke : Community reaction to noise.
  J. Noise Control Engineering, 42, 25-30(1994)

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