1993/7
No.41
1. 満州・夏・父兄参観日 2. ISO2631の動向−全身暴露振動の評価− 3. 津村節子著
茜色の戦記(新潮社)
4. 計測震度計 SM-13
  
 ISO2631の動向
     −全身暴露振動の評価−

騒音第二研究室 室長 横 田 明 則

1.振動レベルと ISO2631
 既に周知のように日本では公害振動の測定・評価には振動の加速度に人体の振動に対する感覚補正を行った量をデシベル表示した振動レベルが用いられています。感覚補正した量で振動を評価することから、振動レベルは騒音のA特性と対比して説明されることもしばしば行われています。しかし、音は人間の耳から侵入して感知されるのに対して、振動の場合は感知するセンサーが種々存在することにあります。振動は人体へ足、尻部、背中等多様な部位から侵入して膝あるいは腹部などで各部位に特有の共振を生じさせますので、同じ大きさの振動でも周波数によって異なった感じを与えます。垂直方向と水平方向の補正曲線が異なるのはこのような理由によるものです。振動レベルはこのように人体によって感知される周波数選択された振動を評価するために定義されている量で、その根拠を全身振動暴露の限界値を規定したISO 2631の周波数特性に置いています。日本ではISO 2631に規定されている特性を振動の等感覚曲線を表しているものと理解して、その逆特性で振動レベルを定義しています。騒音のA特性と対比して説明されている理由はここにあります。ISO 2631はもともと工場等で作業する人を対象にある一定量以上の振動を暴露しないようにその限界値を決めているもので、住環境における振動等について規定しているものではありません。1989年には往環境における振動の評価方法についての規格がISO 2631-2として発表されていますが、1983年頃よりISO/TC108/SC4で人体が受ける振動の評価について健康、快適性、感覚閾値、および動揺病(例えば船酔いなどが相当します)に対する振動の影響を一つの規格で取り扱うための作業が進められて来ております。1992年12月には第4回目の案CD2631が作成されて関係各国の賛否の投票に掛けられていますが、日本は評価手法等についての問題点があるために反対の立場をとっています。しかし、既に10年近く検討されて来ておりまして改定されるのもそう遠くない将来と考えられます。

2.ISO 2631の改定案
 この様に、振動レベルはISO規格を参考にして決められている面も多くISOの作業に注目しておくことは環境振動を考える上には欠かせないことと思われますので、本稿では振動レベル計を定義しているJIS規格等との比較を行いながら改定案についての概略の紹介を行います。改定案は本文9章と3つの付録から構成されております。以下に規格案の目次を示します。

  1.SCOPE
  2.NORMATIVE REFERENCES
  3.DEFINITIONS
  4.SYMBOLS AND SUBSCRIPTS
  5.VIBRATION MEASUREMENT
  6.VIBRATION EVALUATION
  7.HEALTH
  8.COMFORT AND PERCEPTION
  9.MOTION SICKNESS

 振動規制法では地表面の鉛直方向の振動レベルが計測・評価の対象となっています。鉛直方向の振動加速度に対する周波数の重み付けはISOのZ方向に対応していて、これは図1の人体に座標系を考えた場合の頭と足を結ぶ方向になっています。つまり公害振動の評価では立っている姿勢および座っている姿勢の人間への影響が考慮されていることになります。この理由は振動規制法が制定される当時に各種の振動源を対象とした調査結果では地表面での振動は概して水平方向よりも鉛直方向で大きく、鉛直方向の振動を考慮すれば結果として水平方向の振動もより小さくできると考えられたからです。

図1 人体にとられた振動の方向軸(CD2631)

 ISO規格の主な改定内容の一つは図1に示していますように、人体に座標系を考えたときに並進運動だけではなく、人体の各部の回転振動の評価が取り入れられていることです。この回転振動の評価は振動が快不快に及ぼす影響を評価するために、座位の姿勢に対して導入されたものです。人間が活動している限りにおいては好むと好まざるとに拘らず様々な種類の振動に暴される可能性があり、改定案では旅行中の乗り物の中での振動、労働中の振動、寛いでいるときに暴露される振動が評価の対象とされています。ところが、快不快に対しては公害振動で問題とされるよりももっと大きな振幅の振動が考えられています。付録には交通機関の中での快不快の指針値が示してありますが、それによりますと0.315以下の振動では不快でなく、0.315〜0.63でやや不快感を生じさせるとされています。不快感を生じさせる下限の値は振動レベルに換算しますと90dBであり、公害振動等の環境振動の評価に適用できないことは明らかです。しかし、この規格案の中には環境振動の許容量については記述されていません。公害振動では、振動の大きさが感覚閾値よりも僅かに上回るところで議論されることが多いのですが、規格案の中ではZ方向の平均的な感覚閾値は重み付けをしたオーバーオールの加速度で、0.015とされています。10-5を基準としたレベルに換算すると63dBですが、この値は周波数重み付けがJIS C 1510とは異なっている点に注意する必要があります。大きい振動になるほどその影響は大きくなりますが、継続時間については快不快および感覚閾値にどの様な影響を及ぼすかは現段階では不明とされています。

 建物内部での振動評価を記述した現行規格ISO 2631-2は建物が使用される用途に応じた指針値を付録に用意していますが、残念ながらその指針値は改定規格案CD2631にはありません。このような改定内容からしますと、将来的にISO規格に合わせた振動レベルの定義、評価手法の変更が行われるにしても現行の振動レベルと同様に補正曲線だけが参考にされる可能性は高いと考えられます。

 公害振動の計測、評価では感覚補正された加速度が用いられていますが、最も大きな改定内容はこの感覚補正曲線が大幅に変更されようとしていることです。図2には鉛直方向の補正曲線、図3には水平方向の補正曲線をJISと比較して示します。改定される内容は、まず周波数帯域が1/3オクターブバンド中心周波数で、0.5Hzまで広げられていること、および加速度に対する補正曲線そのものが定義されていることです。次に、垂直方向の補正曲線がこれまでのものと比べて大幅に変更されていることです。現規格では1/3オクターブバンド中心周波数で4Hz〜8Hzの平坦領域が改定案では5Hz〜16Hzになっています。さらに、低い周波数領域の1Hz〜4Hzでは3dB/オクターブの勾配が、改定案では0.5Hz〜2Hzまでは− 8dBの一定量の補正、2Hz〜5Hzまでは6dB/オクターブの勾配になっていることです。2Hz〜5Hzの補正では加速度を微分した形であり、感覚が振動の加速度と呼ばれる量に対応することになっています。水平方向の補正曲線の形状には周波数領域が伸びている点を除いては変更はありませんが、現規格では垂直方向の振動と水平方向の振動の影響を簡単に知れる形で表現されており、それもJISに反映されているために2Hz以下の周波数で3dBの一定の補正量になっています。一方、改定案では曲線の形状だけが定義されています。水平方向ではこのように周波数帯域が低周波数領域にまで拡張された点ですが、公害振動の周波数特性を考えますと一般には低周波数成分が含まれていることは少なく、ISO規格の変更が行われても水平方向については従来との差異は僅少と考えられます。

図2 鉛直方向の周波数補正特性
 
図3 水平方向の周波数補正特性

 振動の評価量は基本的には周波数重み付けされた振動加速度の実効値とされています。ただし、振動波形の最大値と実効値の比で定義されている波高率が9を越えるときには、一般的には馴染みが薄いrunning r.m.sかfourth power vibration dose valueが推奨されるとされています。これらの評価量の単位はいずれもで、デシベルを用いた表示についての記述はありません。ただ、現ISO規格においてはオーバーオールによる評価よりも各周波数成分を調べて評価することを基本としていますが、周波数重み付けされた加速度を評価する点ではJISと同様な考え方になっています。

 振動に対する人体応答を調べるための計測器を定義している規格ISO 8041はJIS C 1510に相当するものですが、JISとは動特性、dBへ換算するときの基準値が異なっています。基準値の違いは20dBの一定の差を生じさせ、動特性については信号の種類によっては僅かな相違を生じさせます。これに対して、周波数補正の特性の違いは計測器の動特性の違い以上の予測が困難な差異をもたらします。図2の特性から推測することができますように、例えば周波数成分が16Hz以上にあるような振動では現行の振動レベルよりも6dB大きく評価することになりますが、4Hz以下の周波数成分を持つ振動では逆に2〜3dB程度低く評価することになります。

3.周波数補正特性の違いよる振動レベルの相違
 周波数補正特性が異なれば振動の評価量に大きな差が生じることは図2より推測できますが、実際にどの程度の差異が生じるかを鉄道振動を一例にとって検討してみました。レベルヘの変換はJISの定義に準じるものとして、図4に示します振動加速度の周波数分布に各バンド成分の重み付けをしてそれらの合成値から算出しました。この例ではJISの周波数重み付けをした場合では61dB、ISOの重み付けをした場合では65dBで、両者に4dBの差が生じる結果となっています。現実には地表面振動の周波数分布は振動源、地盤の種類等に左右されて複雑であり両手法による評価量の差にはこれらの要因が影響することが考えられます。

図4 鉄道振動(鉛直方向)の周波数分布の一例

4.まとめ
 日本ではISO 2631の感覚補正曲線を参考にした振動レベルが定義されており、公害振動はこの振動レベルで評価されています。ISO 2631は全面的な見直し作業が続けられており、近い将来に改定されることが考えられます。改定内容が直ちに公害振動を含む環境振動の測定、評価に取り入れられるものでもないと考えられますが、国際的な振動評価の動向を見つめておくことは振動の計測、制御に関わる者にとっては必要と考えられますので、時期早尚の感はありますがここに紹介させていただきました。

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