1993/10
No.42
1. 文化会館ホールと騒音 2. 閑話九題 3. 骨董品展示室の開設 4. ドライプロセス用
パーティクルカウンタ
 
 文化会館ホールと騒音

理 事 石 井 聖 光

 文化会館などと呼ばれるホール、劇場、会議室、美術館など多彩な施設のある建物が各地に建設され、結婚式場や宿泊施設を併設したものもある。

 こうした建物の音響設計は、かつてはホールの室内音響に関するものが主で、騒音は道路などからの外来騒音と空調騒音が主であった。ところが今やホールで行われる催し物の大音響を同じ建物内の他の施設にいかにして遮断するかが騒音対策の最大の課題となっている。

 そしてこうした建物の建築主はもちろん、この種の建物の設計にあまり経験のない建築家までが、この重大な問題にほとんど気付いてないのは、大変困ったことである。

表 催し物のホール内の音圧レベル

 こうした大音量が問題となる原因は電気楽器の普及であり、これまでオーケストラでも最大100dB位であったのが、電気楽器の出す音はその100倍ものエネルギーの最大120dBにも達するようになったからである。

 このため電気楽器が登場する以前に建てられた施設では、大ホールでロックバンドの演奏がはじまると、中ホールから会議室まで使いものにならなくなる現象が全国的に発生した。

 そこで当初は"ロックバンドお断り"で対応したところが多かったが、やがて大音量の電気楽器が歌謡ショーにもファッションショーにも登場し、さらに新しい演出の演劇にも使われるようになり、多くの催し物で大音量の楽器が当然のように使われ、これを断るとホールの稼働率にも影響する事態となった。

 こうなるとその遮音に真剣に対応しないと苦情が殺到し、新聞に欠陥ホールと指摘されて当事者は困惑する。これを防ぐには室間の遮音が中音域で少くとも80dB、できれば90dB欲しい。

 しかし遮音には質量則と呼ばれる法則があり500Hzで80dBの透過損失を持たせるには、一枚のコンクリート壁の場合その厚みは数メートルにもなる。また建物の一部に他とかけはなれた厚い頑丈なところを作ると、地震の時にそこだけが異状に頑張るために建物の破壊につながる。そこで考えられるのがコンクリートの2重壁である。しかしそれでも透過損失は60〜65dBであり、さらにホールの壁、床、天井を防振材で浮かす浮き構造にしても70〜75dB程度しか期待できず、80dB以上の遮音性を確実にするには、さらに建築躯体がつながらないようにエキスパンジョンジョイントを入れなければならない。

 しかしこれは建築構造力学の立場から見て水平力を遮断するので建物全体として力学的な検討が必要でいつでも採用できるとは限らない。

 したがって最も良い対策は問題となる施設(部屋)を平面的に分散して離し、その間に音がもれてもかまわない緩衝地帯を設けることである。しかし広い敷地があればこれも可能であるが、近年大都市に建設される建物では狭い敷地に高層ビルを建て、その中にこうした施設を詰め込むのが常である。このため上下に近接した部屋の間の遮音性をどうやって確保するか、極めて大きな難問である。 東京芸術劇場も愛知芸術文化センターもこの問題を乗り越えた施設と言えよう。

 最近のホール建設でもう一つ問題となるのが近くを通る鉄道(地下鉄を含む)からの騒音である。これも鉄道騒音が窓や壁を透過してくるものではなく、鉄道の振動が地盤を伝わって建物に侵入しホールの壁や床を振動させてそこで初めて音となる固体音である。

 都市内の地下鉄道の発達に伴い道路下ばかりでなく建物敷地の下まで地下鉄が通り、大都市に建設されるビルでは多かれ少なかれ地下鉄振動の影響を受ける場合が多い。

 こうした振動は一度建物に伝わると仲々減衰しないで建物のすみずみまで伝わる。この躯体中での減衰は鉄筋コンクリート造(RC造)が最も大きく、鉄骨コンクリート造(SRC造)がこれにつぎ、鉄骨造(S造)が最も少い。ところが最近の高層建物は軽量で柔構造にするために、振動が最も良く伝わる鉄骨造が主流になりつつあり、騒音防止の上から大変困ったことである。

 ホールの場合には音の立場を考えてなんとか鉄骨コンクリート造が用いられるが、それに付随した会議室や事務棟などは鉄骨造になることが多い。

 さて、鉄道からの振動が建物に伝わるのを防ぐ最善の対策は鉄道側で防振軌道を採用することである。営団地下鉄をはじめJR各社でもすぐれた防振軌道が開発され、その効果は10〜15dBと報告されている。しかしこれを新線に採用することは容易であるが、すでに営業運転をしている在来線で電車を止めずに防振軌道にする工事を行うことは、不可能ではないにしても相当大変なことである。

 そこで新築する建物側でなんとかして欲しいということになる。5階建位の低層のビルでは建物と地盤との間に緩衝材を入れて振動伝搬を防ぐ工法が実施されているが高層で深い地下室がある建物では簡単でない。図面上では低層の建物と同じように緩衝材を入れ、建物の重量や側面の土からの圧力(土圧)に耐えられるように設計すれば良いように思われる。

 ところが大きい建物について具体的な設計を進めていくと乗り越え難いバリアがあることに気付く。

 その一つは地下水である。地盤にもよるが地下数メートルから10数メートルの所に地下の水位があり、地下の深い建物はその下まで達している。このため緩衝材を入れてもそれが水を合むというよりは、水に緩衝材がつかっている形になって振動は水を伝わり緩衝材の効果は激減する。それほどでない場合も一般に緩衝材には水に弱いものが多く、一度入れると交換出来ない。

 もう一つの問題は施工方法である。地下の浅い建物なら問題ないが深くなるにつれて地盤と建物の間には大きな土圧が働く。この両者の間に緩衝材を入れるのであるが、建物が出来上がれば建物が緩衝材を介して土圧を支えるが、工事途中はどういう方法で土圧に耐えるかが問題となり、ややもすると完成後に振動を伝える橋(ブリッジ)が残ることがある。

 この様な問題を建築現場で採用できる方法で解決していくことが今後の課題である。

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