1991/4
No.32
1. 騒音問題と土地利用
2. 炭素型送話器(カーボン・マイクロホン) 3. 斜め入射吸音率で得られた吸音パネルの特性 4. インピーダンスオージオメーターRS-32
       <骨董品シリ一ズ その14>
 炭素型送話器(カーボン・マイク口ホン)

所 長 山 下 充 康

 初めてマイクロホンを直接手にしたのは、小学校の運動会のテントの中だった。その頃は校内放送などという連絡システムはなかったから、マイクロホンは全校生徒が集まる式典などで校長先生が話をする時に使われる程度で、普段は職員室の戸棚の中に厳めしく納められていたから、そんなマイクロホンの前に立って大層緊張したことを記憶している。

 一般家庭の電話機にはマイクロホンが装着されているから、極めて身近に存在していたわけだが、なぜか電話の送話器はいわゆる「マイクロホン」とは異なった種類の装置に思えていた。実際に旧い音響関係の書物でも、「送話器」と「マイクロホン」とは区別されており、前者は電話機用、後者はそれ以外、そして送話器は感度を主眼とし、マイクロホンは周波数特性を重視すると記述されている。

 当時、マイクロホンは舞台や放送関係で使われる特別な装置であって、今日のように家庭内に日常的に浸透しているような機器ではなかった。遠い存在だったマイクロホンが自分の手元に登場したのは、小遣いをはたいてテープレコーダを購入した時のことである。テープレコーダに付属していたアルミ・ダイキャストのコロコロしたマイクロホンを持ち歩いて家族の声を録音しては、得意になっていたものである。テープレコーダの普及は家庭内にマイクロホンを浸透させ、カラオケ・ブームは大勢の「マイクロホン使い」の名手たちを育てた。

 マイクロホンは音を電気信号に変換する装置である。発明王エジソンが1877年に黒鉛で作られた炭素の板に通電して、炭素板に加える圧力を変化させると電気抵抗値が変化することを発見、これが音圧センサーとしてのマイクロホンの発明に発展した。いわゆるカーボン・マイクロホンである。[U.S.Patent No.406,567,1889]

 アメリカのラジオ技術学会誌[The Institute of Radio Engineers]の1923年(大正十二年)に当時のマイクロホン事情を紹介する報告が掲載されている。炭素粉の塊[button]に振動板を取り付けた様々な構造のカーボン・マイクロホンが考案されたらしい(図1)。

図1 buttonに振動板をとりつけたカーボン・マイクロホン

 写真は無名品であるが、外観と使われている材料や構造から推測するとかなり初期の頃のカーボン・マイクロホンである(図2)。支持台からの振動がセンサーに伝わることを避けるために、マイクロホンの本体はフレームに3本のコイル・スプリングで吊られている。鋳物の支持台は中空になっていて、中にはインピーダンス・マッチング用のトランスとして、鉄芯に巻かれた絹糸被覆のコイルが出力端子に接続する形で納められている(図3)。正面の送話口の窓には螺旋が切られていて、おそらくここにホーンが取り付けられていたと思われるが、残念ながらホーンは失われている。

図2 初期のカーボン・マイクロホン
 
図3 絹糸被覆のコイル

 カーボン・マイクロホンは直流電流を音圧によって変化させる可変抵抗型だから可逆性がない。このため、カーボン・マイクロホンは「電気音響変換器」ではなく、「電気音響継電器」と呼ばれていた。支持台には一対の出力端子とは別に直流の電流をバッテリイから取り込むための端子が見られる(図4)。

図4 カーボン・マイクロホンの構造

 当時のマイクロホンの中では最も感度が良く、増幅器なしに使用できることから、専ら電話機用であった。ただし、カーボンノイズが多いことと出力が不安定であったこと、否直線歪がひどくて周波数特性がよくなかったことなどの欠点も多かった。しかし、その堅牢さが利点とされてカーボン・マイクロホンは電話機の送話器として初期の頃から比較的最近まで使われていた(図5)。心臓部に充填された炭素粉が偏ったり固まったりしていると感度が低下したり雑音に悩まされたりするので、叩いたり揺さぶったりして使っていたものである。

図5 カーボン・マイクロホンを使った電話機

 写真のカーボン・マイクロホンは片側だけで音圧を検知する方式〈シングル・ボタン型)になっているが、この後、1921年には振動板の両側にカーボン素子を取り付けてプッシュ・プルにしたダブル・ボタン型が登場する(図6参照)。これに関してはレベル研究所報告に詳しく紹介されている(W.C.Jones CONDENSER AND CARBON MICROPHONES−Their Construction and Use:The Bell System Technical Journal Vol.10−1931. p.46)。

図6 ダブル・ボタン型カーボン・マイクロホン

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