1991/1
No.31
1. 国の予算は138デシベル
2. サイレン 3. ノイズレデューサの開発 4. マシンコンディションチェッカー VM-64型
       <骨董品シリーズ その13>
 
サイレン

所 長 山 下 充 康

 太平洋戦争の末期、東京では毎日のように空襲警報のサイレンを聞かされた。庭の一隅に掘られた防空壕に避難させられるたびに土臭い暗闇が恐ろしくて、空襲警報解除のサイレンを待ち遠しがったものである。

 音による合図には半鐘、太鼓、ほら貝などがあるけれど、手でたたいたり口で吹いたりせずに機械まかせで大きな音を放射することができる点でサイレンは便利な音源である。ゴルフ場でも落雷警報にサイレンが使われている。確かにサイレンの音は雨の音にもマスクされずに聞き分けることができるから広い範囲に合図を送るのには都合が良いらしい。

 以前、この紙面に実験用の音源として音叉とオルガン・パイプを紹介したが、これらはいずれも室内での規模の小さい実験に使われる音源であった。大音響が要求されるような大規模な屋外実験にはしばしばサイレンが音源として使われたようである。

 今回の骨董品には実験用音源のサイレンを取り上げた。長い間使われていなかったので残念ながら一部の可動部分が錆び付いているけれど、二つの発音機構を組み合わせたメカニズムが珍しい。

 サイレンは1819年、フランスの物理学者カニヤール・ド・ラ・トゥール(Cagniard de la Tour)によって考案されたと記録されている。当初のサイレンは図1のような構造になっていた。円周に沿って等間隔に孔が開けられた回転円盤が圧搾空気を小刻みに断続させて周期的な音を造り出す仕組みである。

図1 Gagniard de la Tourが考案したサイレンの構造

 円盤の回転数が音の周波数に一致するので、未知の音とサイレンの音とを開き比べることによって回転数からその音の周波数を知ることができる。当時は専ら周波数分析用に使われていた。

 その後、ヘルムホルツは回転円盤の孔の形を図2のように斜めに設ける工夫をしている。こうすれば、回転円盤がタービンの役割をするので圧搾空気を送るコンプレッサが不要になるわけで、その詳細は著書Sensations of Toneに記述されている。ただし、この方法だと空気の圧力を大きくするには回転数を増さねばならないし、逆に回転数を落とすとなると圧力が弱められることになる。このシステムでは音の強さと周波数とが独立しないことが欠点であった。

図2 ヘルムホルツが工夫した回転円盤の孔の形

 ベル研究所のR.C.Jonesが[50馬力サイレン]を用いて行ったニューヨーク市における音響伝搬実験を1946年のアメリカの音響学会誌(JASA)に発表している。近傍で観測された音圧レベルは170dBであったとのことで、トラックに搭載された大型のコンプレッサとホーンを付けたサイレンの外観は異様である(図3)。実験ではイーストリバーに架かるマンハッタン橋でサイレンを鳴らし、市内のビルの屋上にマイクロホンを設置して音圧レベルを観測しており、その結果がコンターで示されている(図4)。ニューヨーク市警のパトカーを動員しての大実験だったらしい。

図3 トラックに搭載されたサイレン
図4 ニューヨーク市でのサイレンを用いた音響伝搬実験

 図5は上下に一対の発音体が組み合わされたサイレンである。上下のサイレンは共通の回転軸で駆動され、軸の回転数を読み取るメータが備えられている(図6)。コンプレッサからの圧搾空気は分岐したパイプによって上下のサイレンに均等に送り込まれる。

図5 ダブルサイレン全容
 
図6 回転計と回転積算計

 回転円盤には圧搾空気を断続させるための小孔が等間隔で開けられているが、一列ではなく間隔をもって同心円状に四列になっている。各列の孔の数は上が9,12,15と16、下が8,10,12と18である。上下のサイレンの外殻には各々4本のストッパー・バルブが突き出していて、これを出し入れすることによって、円盤に開けられた小孔のどの列に空気を通すかを選ぶことが出来る。上のサイレンの部分は全体が駆動軸を中心に小さなハンドルで自由に回転させることの出来るように工夫されていて、これによって上下のサイレンの発する音の位相をコントロールする。

 試しにモータのスイッチを入れてコンプレッサから送風したら、高らかにサイレンの音を鳴り響かせた。メカニズムは単純だが、真鍮を材料にした精巧な工作の施された装置には実験用具としての風格が感じられる。この装置がどんな実験に用いられたのかを知ろうとして旧い論文などを紐解いたが、残念ながら関連の資料を見出だすことは出来なかった。

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