1989/10
No.26
1. 能舞台の床下大カメ(甕)の音 2. 13th ICA in BELGRADE 3. 音叉と音棒 4. Aモード超音波副鼻腔診断装置 UM-02 5. Noise and Vibration Control
       <骨董品シリーズ その8>
 音叉と音棒

所 長 山 下 充 康

 小学校の理科の時間で音の勉強をするとき、教材として一度は登場するのが音叉である。側面の板が一枚抜けた直方体の木箱の上に音叉が固定されていて、革か布が巻かれた小さな木槌で音叉を軽く打つとポォーンと鳴って、その音が非常に長く尾を引いたのを不思議に感じたものである。また、同じ周波数の二つの音叉を使って、共鳴現象を説明する実験、振動している音叉がコップの水を激しく跳ね飛ばす実験も理科教室でのハイライトの一つであった。

 映画《マイ・フェア・レディ》では花売り娘イライザの下品な言葉の矯正に苦労する言語学者ヒギンズ博士が活躍する。レックスハリソン扮するヒギンズ博士の書斎の壁におびただしい数の音叉が並べられている光景がスクリーンに映しだされていた。

 音響関係の文献には必ず音叉が登場する。とくに1800年代の古い書物では、音叉が実験道具として重要な役割を演じ、以前、この紙面で紹介したヘルムホルツの「音感覚の研究」には、音叉を利用した様々な実験装置が挿絵付きで記述されていて、それらを眺めていると興味が尽きない。図1〜5にヘルムホルツの挿絵のいくつかを挙げた。
図1
 
図2
 それほど活躍した音叉であったが、今ではエレクトロニクスの発達のおかげで実験に使われることは殆ど無くなった。

 小林理学研究所の骨董品たちの中にも、大小の音叉が埋もれている。いつの頃からか現役を引退して棚の片隅でなりをひそめている。周波数の表示のわきに

と刻印されているのを読み取ることが出来る。

 音叉の歴史的な記述はL. BeranekのAcoustic Measurements(1949)に見ることができる。音響計測の歴史を紹介する中で、音速の計測と並んで音叉について次のように述べられている。

「音叉(tuning-fork)は、イングランドのジョージI世の軍楽隊のトランペット手であるジョーン・ショアと言う一兵卒によって発明された。彼は自分の楽器の調律用の道具《Pitch-fork》として、思い付きで音叉を使用した。1711年のことである。」

 今日でも、管楽器や弦楽器の演奏家が440Hz(A音)の音叉を持ち歩いているのを見かける。
図3
 
図4
 
図5
 ところで、研究所の骨董品に一本の金属の棒がある。何の変哲もない、直径17mm、長さ1248mmの金属の丸棒で、釣り竿の袋に大切そうに収められていなければ、金属工作室の片隅の廃材と区別が困難であるような姿をしている。材質はアルミのように思えるが、丸棒の中央部に何やら刻印があり、

と読み取れる。
さらに

と刻まれていて、ただものではない様子(図6)。

図6

 2048という数字が音の絶対高度の一つとされている物理学高度《中央ハ》の256Hzの8倍数であることと、この棒と一緒に袋の中から竹製の小さなハンマーが出てきたことから、これが音叉のような振る舞いをすることが判明した。軸方向の縦波振動である。

 棒の中央を支えて片端を軸方向にたたくと、見事に澄んだ音が出る。2048Hzの音で、無響室で打撃したら聞き取れなくなるまでの時間が三分を遥かに越えた。

 残念なことに、この《音棒?》についての文献を見いだすには至っていないが、どんな実験に使用した道具なのか知りたく思う。耳で聴く限り、音響放射部位の同定が困難である。インテンシティ法でも使ってこの棒の振る舞いを探ってみようと考えている。

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