1988/10
No.22
1. 超音波の話 2. グルノーブルのC. S. T. B 3. オルガンパイプとケーニッヒのレゾネータ 4. 聴感実験による航空機騒音の評価 5. 発音・発語訓練装置の開発(その1)
      <研究紹介>
 聴感実験による航空機騒音の評価

騒音振動第三研究室 佐 伯 誠 一

1. はじめに
 飛行機(に限らず高速輸送機関というもの)は、利用する側には大変便利なものですが、空港周辺に住む人たちにとっては、大きな騒音を発する迷惑の源となっています。とくに、ジェット機特有の高い金属的な音は、騒音計の針の振れ以上に不快感を与えてきました。新しい型の旅客機は、"より安全に、快適に、少ない乗務員と燃料で"というようなことと共に"低騒音型のエンジン"という特徴が掲げられることからもわかるように、機体の大型化の割には騒音のレベルも大きくなく、音色も以前よりは耳につかないものになってきたようです。そこで、新旧のジェット機およびプロペラ機の機種によって、音の大きさ(ラウドネス)に違いがあるかどうかについて調べることにしました。

2. 聴感実験
 実験は、外部の音の影響を受けないように無響室で行いました。37名の被験者に一度に2〜4名ずつ無響室に入ってもらい、スピーカから聞こえる飛行機の音について判断を求めました。
 試験音は、飛行場周辺のいくつかの場所で実際に録音したもので、対象としたのは次の5機種です。
  ジェット機:DC-9-41, B-747, B-767, MD-81
  プロペラ機:YS-11
 5種類の飛行機の離陸・着陸のそれぞれについて、レベルの異なる―録音場所が異なるということでもありますが―3種類の試験音を用意し、その騒音レベルのピーク値L
Amax、単発騒音暴露レベルLAE、そしてEPNLを調べました。この30の試験音をランダムに並べて、約40分の試験用テープを作り、屋外聴取条件ではこれをそのまま再生しました。この他に屋内聴取条件を設定し、家屋の平均的な遮音特性を持ったフィルタを通して再生しました。
 試験音の評価は、次の2つの方法で行いました。
 (1)ME法
 被験者は試験音を聞いて、そのラウドネスに応じた数を割り当てます。つまり、大きな音に対しては大きな数を、小さな音に対しては小さな数(ただし正の数に限る)を所定の回答欄に記入していきます。被験者によって使用する数の範囲が全く異なっているので、被験者の間で直接比較することはできませんが、何人もの結果を試験音ごとに幾何平均(N個のデータをかけ合わせ、それを1/N乗する)を行うことによって、判定値を求めることができます。
 この方法を用いて、屋外・屋内の各条件で実験を行いましたが、屋外聴取条件については呈示順序を変えてもう一度行い、回答の一貫性を調べました。2回の結果の相関を調べ、相関係数が0.75以上であった29名の結果をデータとして採用することにしました。
 こうして得られたMEの平均値と試験音のL
Amaxとを線形回帰分析し、その回帰式に基づいてPSE(主観的等価点)に変換しました。
 (2)ラウドネス連続判断法
  ME法の場合、1つの試験音(40〜70秒)を聞いてその全体の印象から評価を下すことになりますが、ラウドネス連続判断法では、刻々と変化する試験音に対応した連続的な判断を求めます。この方法は、調整法の考え方に基づいて新たに考案したもので、判定結果がラウドネスに対応した物理量として得られます。
 一般に、音に関する評価実験で用いられる調整法は、 試験音を聞く、その後で試験音と同じになるようにもう1つの音を調整する、必要に応じてこれを繰り返す、という手順で行なわれますが、これはほとんどの場合、定常的な音あるいは継続時間の短い音を対象にしています。これに対して、ラウドネス連続判断法は次のように行います。調整する音(標準音、ここではピンクノイズ)を自由に変化させて、そのラウドネスと調整器の目盛りとの対応をよく覚える、)試験音を聞きながら標準音がそれと同じ大きさになるように目盛りを見ながら調整する。ただし、このときに標準音は聞こえていません。こうして得られた調整器の出力、すなわち標準音の変化から、ピークレベルL
Pと、LAEにならって算出するエネルギー積分レベルLE'を求めました。ここでも屋外・屋内の各条件1回ずつを行い、ME法でデータを採用した29名の結果についてのみ集計を行いました。

3.結 果
 図1はME法の結果の一例で、離陸の場合のみを横軸にLAmax。をとって表わしています。判定値とLAmaxの対応関係は、屋外・屋内ともに非常に良い直線性を示しています。(相関係数r=0.98)。それぞれの機種について、被験者ごとに判定値の回帰直線を引き、これから任意の呈示レベルに対する判定値を求めました。そして、分散分析(ウェルチの検定)を行ったところ、全体としては顕著な差はありませんでした。着陸についても同様の結果が得られました。
 プロペラ機のYS-11は、図には示してありませんが、離陸で横軸にLAE、EPNLをとった場合に判定値が高くなりました。これは、離陸の際の継続時間がジェット機と比べるとかなり短いことによるものと思われます。
 図2はラウドネス連続判断法の結果で、(a)はLAmaxとLP、(b)はLAEとLE'について、どちらも離陸の場合を示したものです。こちらも機種間での有意な差は、ほとんど見られませんでした。図3は、同じ試験音に対するME法とラウドネス連続判断法の判定結果をグラフにしたものの例です。MEの値は、LE'よりもLPのほうが対応が若干良いという結果が得られています。このことから、このような試験音については、全体の判断はピークレベルをもとに行う傾向にあることがうかがえます。

 
図1 ME法の効果
図2(b) ラウドネス連続判断法の結果(LAE,LE')
     
 
図2(a) ラウドネス連続判断法の結果(LAmax,Lp)
 
図3 ME法とラウドネス連続判断法の対応

4.おわりに
 これらの実験の結果からは、機種によるラウドネスの違いは見られませんでした。今回の実験で用いたラウドネス連続判断法は、ME法と対応のとれた結果となりましたが、今後は、継続時間の更に長い試験音についても調べてみる必要があります。聴感実験については、前号のこの欄でも紹介されていますが、良い結果を得るためには実験の進め方にとくに気を使います。1回40分の実験は実に単調で、ともすれば眠くなりがちなので、眠気覚ましのキャンディを用意したり、足許を冷やさないようにと(寒い時節でしたので)持込んだ電気ストーブが裏目に出て、ブレーカが下りて停電―真暗になったり、実験中に大きな地震があって、多少の混乱を招いたり、と様々なエピソードが残されました。
 最後になりましたが、この実験を行うにあたっては、(財)航空公害防止協会・吉岡序氏の御協力をいただきました。

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