1988/10
No.22
1. 超音波の話 2. グルノーブルのC. S. T. B 3. オルガンパイプとケーニッヒのレゾネータ 4. 聴感実験による航空機騒音の評価 5. 発音・発語訓練装置の開発(その1)
       <技術報告>
 
発音・発語訓練装置の開発(その1)

リオン株式会社研究開発部 福 山 邦 彦

I. はじめに
 聴覚障害児童の発音明瞭度を多角的に分析し、検討した結果「後続母音を含む母音の誤発音が最も多く、これらを指導することによって発音が大きく改善される1)」と言われている。しかし、既にいくつかの訓練装置が発表されているが、母音の発音訓練の装置として完全なものではない。そこで、我々は、母音の明瞭度を上げるために生徒が自学自習できる訓練装置の研究開発に取り組むことにした。
 訓練の手掛かりとして、口腔内の、発音前の構え、発音時の構音および発音後の状態を視覚に訴えることを考えた。構音状態を直接観察する方法として、X線装置を用いた例2),3),4),5)がある。G・Fantよれば、Fig.12)のように舌の動きが母音の発音と密接な関係があるので、訓練のための十分な手掛かりを提供し得ると思われる。しかし、X線は被爆の問題があり訓練装置には使えない。最近では、超音波を用いた舌動態観察の報告がある6),7),8)。この方法は、舌の断層像が実時間で得られ、人体にも無害なので超音波の利用を検討することにした。
 このようなことから、先ず、超音波診断装置を使って発音正常者と聴覚障害児童との舌の動きを観察して発音と舌の動きの関係を確認し、次いで、超音波を応用した訓練装置の開発に取り組むことにした。
Fig. 1 Tongue motion with X-ray fluoroscopy(G. Fant)

II. 舌の動き
1. 舌の動きの観察方法
 筑波大学附属聾学校高等部生徒(23名、平均聴力レベル83〜109dB)について発音明瞭度を検査して、発音明瞭度の悪い方をAグループ、中間をBグループおよび良い方をCグループとしてサンプリングする。次いで、それら生徒の母音発音時の音声と舌の断層像を録音・録画して、舌の動き具合と録音した母音の発音明瞭度との関係を調査し、発音正常者と比較する。

2. 実験
 2.1 発音明瞭度によるグループ分け
 グループ分けの発音検査音節表は、清音44、半濁音5、濁音18、拗音33の計100音節をランダムに配列した複数の表を作成し、被検者には表をランダムに選択して使用する。Table 1は、その表の一例である。

Table 1 A sample of syllable lists

 被検者には「指示された文字を読みなさい」という指示を与え、各文字を読ませながら音声を録音する。その録音した音声を6名の評価者で聴取してもらう。Fig. 2はそのブロックダイアグラムである。Fig. 3はその結果で、Aグループ4名、Bグループ3名およびCグループ4名の合計11名をサンプリングした。図中の黒丸はその11名のデータであることを示している。


Fig. 2 Blockdiagram of evaluation
  Fig. 3 Articulation of pronunciation fom group select
 2.2 母音発音時の舌の動き
 舌の動きの観察は、超音波診断装置(SSD-280 Aloka)の探触子を下顎に圧定して行う。Fig. 4はそのブロックダイアグラムである。舌の像は探触子と舌までの距離として表現されるが、発音につれて探触子の当て方が変わったり、下顎の筋肉が緊張して位置関係が変動するので舌の像がひずむことが多い。従って、正確な像を得るにはこのひずみを打ち消すための補正手段が必要になる。我々は、補正のための付加装置を避ける方向で検討した結果、最も発音しやすく、舌の形も安定している母音/a/を先行させ、他の母音を後続させる2母音による発音を使って、先行する/a/の舌の形を規準にして後続する母音の舌の形がどのように移動するかを調べることにした。そして、被検者は検者の指示で/a//i/、/a//e/、 /a//o/および/a//u/と発音する。発音した音声は、舌の超音波画像と共にVTRに記録する。
Fig. 4 Blockdiagram of recording

 舌の動きは、VTRを静止画にして規準の/a/の調音時の舌の形を採集し、次に後続の母音も同様に採集する。得られた舌の形の頂点(以下舌頂点)を求め、/a/を規準とした後続の母音の舌頂点の相対位置を求める。このようにして得られた母音の舌頂点を/i/,/e/,/a/,/o/,/u/の順に線で結んで移動パターンを求める。
 更に、発音正常者6名の発音正常者の移動パターンを求め、比較する。

2.3 母音の発音明瞭度検査
 母音の発音明瞭度の検査は、VTRで録音した音声を編集し、評価者10名で行う。明瞭度は、評価者10名が、ある発音に聞えた人数とする。/a/は各2母音の先行する母音であるので40点満点であり、後続する他の母音は10点満点である。また、例えば/i/と/u/の中間と答えた場合には/i/と/u/にそれぞれ0.5を配する。

3. 結 果
 Fig. 5a、Fig. 5b、Fig. 5cはそれぞれのグループの生徒の母音発音時に規準にした/a/の発音の舌の形を左方を前にして重ね書き、/i/,/e/,/a/,/o/,/u/の舌頂点を順に結んで求めた移動パターンである。Table 2a, Table 2b, Table 2cはそのときに発音した5母音の発音明瞭度の結果である。そして、Fig. 5とTable 2の添字a,b,cはグループのA, B, Cに対応させ、Table 2のマス目内の数字はFig. 5の移動パターンの生徒の配置に対応させてある。例えば、Fig. 5aの被検者Oが発音した/i/に対しTable 2aは、3名の評価者がイと聴こえ、5名がエ、2名がウと聴こえたことを示している。Fig. 6は正常者の移動パターンである。


Fig. 5a Tougue shapes of vowel /a/ and tongue top movement of A group (low articulate persons in Fig. 3)
Table 2a Matrix between pronunciation and evaluation of A group (low articulate persons in Fig. 3)
   

Fig.5b Tougue shapes of vowel /a/ and tongue top movement of B group (middle articulate persons in Fig. 3)
  Table 2b Matrix between pronunciation and evaluation of B group (middle articulate persons in Fig. 3)
   

Fig. 5c Tongue shapes of vowel /a/ and tongue top movement of C group (high articulate persons in Fig. 3)
Table 2c Matrix between pronunciation and evaluation of C group (high articulate persons in Fig. 3)
Fig. 6 Tongue shapes of vowel /a/ and tongue top movement of normal persons

4. 考 察
 正常者の舌の移動パターンがG. Fantと少し異なっている。これは、あらかじめ予想されたように、下顎筋肉の緊張で探触子と舌の距離や角度を変動させることが原因していると思われる。
 Aグループの発音の傾向は/i/の誤発音が多い。/u/と/n/への移行率が高いことから、舌頂点の移動があっても、口唇だけで調音したり軟口蓋が閉鎖されるような発音になると思われる。生徒Sは規準の/a/の形は発音ごとに激しく変化している。移動パターンは動きが少なく、舌頂点の位置が/a/より後方になることもある。
 Bグループの発音の傾向は/i/の誤発音が少ない。/e/と/o/の区別が難しいようである。/u/と/n/への移行率がAグループよりも少ない。規準の/a/の形は、どの生徒も安定している。移動パターンは、動きが大きくなり舌頂点の位置も/a/より前方になってきている。
 Cグループの発音の傾向は/i/の誤発音が少ない。/e/と/o/の区別が難しい点はBグループと似ているが、/u/と/n/への移行率がBグループより少ない。/e/ができない生徒も含まれている。規準の/a/の形は、生徒H、M2では安定している。移動パターンは、動きが正常者に近く、位置も/a/より前方になってきている。
 規準の/a/の形の変動は、Aグループの一例を除くとかなり安定していると思われる。また、各グループは共通して/u/と/n/への移行しやすく、/i/と/e/の区別が難しいようである。これは、口腔内の動きの練習の必要性を語っていると思われる。

5. 超音波を応用した訓練装置の可能性
 超音波診断装置で、発音正常者と聴覚障害児童との舌の動きを観察し、比較して、母音発音時の舌の動きの具合が確認できることが分かった。このことから、超音波を応用した発音訓練装置が可能であることがわかった。
 尚、この研究は、文部省の助成による筑波大学学校教育部とリオン株式会社との共同研究である。また、これは1986年2月に日本音響学会音声研究会での報告9)を要約したものである。

参考文献
1) 村山、岡、松木、藤波、星、斎藤、志水、小池:聴覚障害児の発音明瞭度に関する一研究、第18回全日本聾話教育研究会大会研究集録、富山、pp.130-131
2) Fant, G.:Ericsson Tech.,15, 1, pp.22-23(1959)
3) 大泉(監)、藤村(編):"音声科学"、東京大学出版会(1972)
4) 三浦(監):"聴覚と音声"、電子通信学会(1980)
5) Chiba, T. and Kajiyama M.:The Vowel its Nature and Structure, Tokyo Kaiseikan Pub. Co. Ltd.(1942)
6) Sonies, B. C. et al:Ultrasonic Visualization of Tongue Mongue during Speech, J. A. S. A. 70(3)(Sept., 1981)
7) 新美、桐谷、広瀬(東京大学医学部)、島田(北里大学医学部):超音波断層法による舌 構音動態の解析、日本音響学会音声研究会資料、S84-77(1985-3)
8) 誉田(電々公社武蔵野通研):超音波を用いた舌形状の動的観測系、日本音響学会音声研究会資料、S84-105(1985-3)
9) 福山、大野、政池、星、松木、今井:超音波断層法による正常者・難聴者の舌動態の観察、日本音響学会音声研究会資料、S85-95(1986-2)

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