1988/10
No.22
1. 超音波の話 2. グルノーブルのC. S. T. B 3. オルガンパイプとケーニッヒのレゾネータ 4. 聴感実験による航空機騒音の評価 5. 発音・発語訓練装置の開発(その1)
       <骨董品シリーズ その4>
 オルガンパイプとケーニッヒのレゾネータ

所 長 山 下 充 康

 細くて短いものや太くて長いものなど、沢山の木製のオルガンパイプが保存されている(写真1)。正方形の断面を持つ細長い木の管は、町で見かけたトコロテン売りの突き出し道具を思い出させる。唄口の刻まれた側の端末には、丸筒状の突起が有って、ここから空気を送り込んで音を発生するようになっている。

 送風口の反対の側は解放されているが、一部に小さな窓があって、溝に収められた木片で窓の大きさを変えることが出来るように工夫されている(写真2)。この木片をスライドさせて、音程を微調整したものであろう。

写真 1 
大小の木製オルガンパイプ。正方形の断面の箱には端末に木製の送風筒が取り付けられている。反対側は開放端。入念な木工細工と備品番号札が実験用具の雰囲気を感じさせる。
 
写真 2
開放端には小窓が開けられていて、小さな木片をスライドさせることによってピッチを微調整する。写真では認められないが、小窓の周囲に鉛筆で書き込まれた印が残されている。

 これらのオルガンパイプは、楽器としてではなく音響実験用音源として用いられたものであろうが、送風装置が必要なことや発生音の強弱の制御が困難なことなど、我々が使用している発振機、増幅機、ラウドスピーカによる音源に比べると、格段に使い勝手が悪い。木箱には周波数を示す符号や数字が書き込まれ、微調整用の小窓を塞ぐ板切れの部分は手垢が染みていて、先人達の音響実験の苦労がしのばれる。

 ところで、かくも使い勝手の良くない音源装置をどんな実験に使用したのかは興味深いところであるが、音響学会誌を第一巻からひもといても、既に真空管の時代になっていて、オルガンパイプが登場する論文は見当たらない。そうなったら五十嵐先生に教えていただくに限る。

 「オルガンパイプを何の実験に使われましたか?」と伺ったところ、「とんでもない、ぼくはそんなに古くないヨ。」

 これは失礼しました、と早々に理事長室を逃げ出そうとしたところ、

 「残響時間を測る音源に使ったのをセイビンの論文で見ましたよ。COLLECTED PAPERSに有る筈だけれど。」とのこと。

 SABINEと言えば、室内音響研究の曾祖である。書庫に潜り込んで古文書探しの結果、

がみつかった。

 1922年と言えば66年前、大正11年である。

 古めかしい論文集のぺ一ジを操るうちに、オルガンパイプによる室内音響に関する実験が記述されている。当時の大掛かりな実験の模様を挿絵から推し量ることができる(図1、図2)。

 
図 1
 
図 2
セイビンの著書の挿絵に見られるオルガンパイプ音源。送風用の管や送風を制御するためのバルブが仰々しい。 セイビンが大広間の残響時間を測定する際に用いたオルガンパイプ音源装置。

 大容積の部屋で十分に音を響かせることが出来て、周波数を規定することの出来る実験用の音源として、安定性、再現性、音の切れなどの点で、オルガンパイプは不可欠な実験装置であった。 オルガンパイプを鳴らすための送風装置や音を止めるためのストッパに大層な苦労が見られる。様々な部屋でオルガンパイプを鳴らしては、音を止めて、ストップウォッチで残響時間を計測する作業は、さぞかし骨の折れるものであったことであろう。

 音源のオルガンパイプと対になって、写真3に示すような真鍮製の共鳴器群が残されている。写真3に見られるように低音用の大きなものから、高音用の小さなものまでが一式になって堅牢な木箱に収められている。以前、このニュースの誌上で紹介したヘルムホルツの音響感覚論や水鉄砲型周波数分析器の折に触れた、共鳴タイプの周波数分析器の一つである。基本的にはヘルムホルツの共鳴器と同じ原理で、片方の突起を耳の穴に挿入して音を聴き分けることによって、その音に含まれる周波数成分を求める方式の装置である。いわゆる、《ケーニッヒの共鳴器》と呼ばれる周波数分析器で、円筒形の胴の部分が二重になっていて、これを伸び縮みさせることによって任意に共鳴周波数を設定することができる。引き出した胴の部分には写真4に見られるように、目盛が刻まれていて、これによって共鳴周波数を読み取る。

写真 3

木箱から取り出されたケーニッヒの共鳴器郡。真鍮製。 丸くなった部分の中央を耳の孔に押し当てると、共鳴周波数の音が明瞭に強調されて聞える。
 
写真 4
ケーニッヒの共鳴器は内側の筒が引出せるような構造になっていて共鳴周波数を連続的に変える事が出来る。引出された筒の裏側に周波数目盛が彫刻されている。精巧な擦り合わせ加工がされている上にグリースが塗られているので滑らかにスライドする。

 オルガンパイプの音源と言い、ケーニッヒの共鳴器と言い、今日われわれが手にしている実験装置に比べると機能的には頼りないものであるが、ややもすると滑稽にすら思えるこれらの機器を手にするとき、自然を科学する研究者たちの意気と気配に打たれるのは不思議である。

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