1988/7
No.21
1. 晴天のショックウェーブ 2. 騒音環境基準の設定経過(その3) 3. 補 聴 器 4. 人の反応を見る 5. レーザー加速度計
       
 騒音環境基準の設定経過(その3)
     新幹線鉄道騒音の環境基準

五 十 嵐 寿 一

1. 鉄道騒音の背景
鉄軌道を走行する車両の発生する騒音が問題になったのは、市街地における路面電車や外国ではニューヨークの地下鉄の地上部分の騒音が最初である。一般の鉄道の騒音測定や対策について鉄道技術研究所の発表はあったが、鉄道の周辺地域に対する影響については、昭和40年、鉄道技術協会が鉄道沿線における騒音・振動の実態調査を行い、アンケート調査を並行して実施した報告がある(1)。新幹線についてはその計画段階においてすでに発生騒音の検討が行われている。試験線を使って高速走行の際の騒音の調査を行ない、在来線の騒音程度まで対策が可能であることが確認されたとして東海道新幹線の建設が進められた経緯がある。しかし昭和39年、東海道新幹線が開通した頃から、高速道路の開設や民間空港におけるジェット機の導入があり、また新幹線についても従来閑静であった地域に新しく耳慣れない騒音が発生したことなどがあって、交通騒音が急激に苦情の対象として取り上げられるようになった。新幹線騒音に係る環境基準の設定は、小林理研ニュース、No.20(1988/4)で報告した航空機騒音に係る環境基準と並行して審議が進められたが、その概要は次の通りである。

2. 新幹線騒音の審議開始から暫定基準設定まで
 新幹線騒音については、厚生省に騒音環境基準専門委員会が設置された当初から一般的とは別に航空機騒音とともに特殊騒音として扱い、基準が設定できるかどうかについて検討することになっていた。環境庁の発足にあたって環境庁長官から、航空機騒音の緊急指針と共に特殊騒音についても環境基準を設定するよう諮問があった。昭和46年12月"航空機騒音の当面の措置を講ずる場合の指針について"勧告が行われた後、特殊騒音専門委員会においては、航空機騒音に係る環境基準の原案作成に並行して、新幹線騒音についても審議を開始した。昭和47年5月、最初に参考人として国鉄副技師長、池原武一郎氏から新幹線騒音の概要および東海道新幹線周辺地域に発生した苦情について説明を受けた(池原氏は次回から委員として参加、後に副技師長、坂芳雄氏と交代)。委員会としては高速鉄道騒音が周辺地域に及ぼす影響に関<する資料が少ないので、環境基準の設定に当たってまず沿線住民に対する影響調査を実施し、新幹線騒音の特徴を把握した上で航空機騒音、道路交通騒音との整合性、新幹線の持つ社会性あるいは騒音対策実施の可能性等を考慮して審議を進めることになった。新幹線のような高速鉄道の発生する騒音については、実態の資料も少ないので環境基準の設定が可能かどうかとの議論もあったが、東海道及びこの審議が始まる直前に開通した山陽新幹線の騒音について苦情が多く発生していたので、航空機騒音の場合のようにとりあえず被害の著しい地域について緊急対策の指針を作成したうえで、今後行われる調査結果に基づいて環境基準の検討を行うことになった。最初に取り上げられたのは新幹線騒音の特徴として、航空機騒音と違って音源が急速に至近距離に接近するので、騒音の立ち上がりによる衝撃性であった。しかし調査の結果では、軌道から10m以上はなれると音の変化はたかだか20dB/sec以下であることが確認された。また衝撃音についてのK. D. Kryter(2)の文献も参考にして新幹線騒音の衝撃性については特別の考慮をしないことになった。次に新幹線騒音は航空機騒音とともに間欠騒音でその特徴も類似していることから、緊急指針としては取りあえず航空機騒音のWECPNL85dBに相当する騒音レベル以上の地域を対象として議論を進めることになった。なお新幹線鉄道は外国で生産される航空機とは異なるので、できるだけ音源において対策を実施することを基本にすることにした。当時東海道新幹線については、鉄桁に於ける騒音が最大の問題で防音カバー等によって対策が行われた。その他各種防音壁、車両のスカートの延長、車輪や道床の改良、架線、パンタグラフの対策等多くの試験が国鉄によって実施されたが、これらの結果は委員会にも報告され、緊急指針及び後の環境基準設定に際しての重要な資料となった。また高速鉄道の騒音対策として国際的にも高い評価を得ている(3)

 緊急指針における騒音レベルとして新幹線騒音については、航空機騒音と違って列車毎のレベルの変化も小さくその時間パターンはほぼ台形になるので、測定を簡単にするためピークレベルで評価することになり、一応航空機騒音のWECPNL85dBに相当するピークレベルの平均85dB(例えば運行回数240, 日中180, 夕方48, 夜間12)を指針値とすることで議論が進められた。国鉄からは、85dBを超える地域は線路延長約200kmあり、防音壁などの対策によっても未達成の部分が18kmになることが報告された。この区間については、障害防止対策として防音工事、移転補償等を実施することとするが、そのためには法の整備が必要であることが確認された。またこれらの地域については、場所によって振動の問題もあることが指摘された。緊急指針については報告の素案が作成され、指針値、測定方法、これを達成する方策について繰り返し議論が行われた。この間東北新幹線の計画が進行しており、仙台市においてこの計画に関係のある東北大学教授二村忠元氏(故人)が委員として参加することになった。東北大学においては、仙台市の委託により山陽、東海道新幹線の騒音及び住民に対するアンケート調査(4)を実施しており、環境庁が実施した東海道沿線の調査結果(5)と合わせて詳細に検討がおこなわれ、かつ航空機騒音、道路交通騒音に係るアンケート調査との比較も行われた。この結果道路交通騒音の要請基準に相当するのは新幹線騒音のピークレベル75〜80dBであり、また苦情発生の状況はピークレベルが80dBを超えると急激に増加することも判明した。(付図)

付図 新幹線騒音と苦情発生累積度数(%)

 しかし、80dBを指針値とすることについては、緊急対策の実現のためさらに対策の方法の検討に時間を要することでもあり、航空機騒音との整合性もあるので被害の著しい地域の障害防止対策については、ピークレベル85dBとすることになった。しかし今後設定される環境基準を考慮して、音源対策としてはピークレベル80dBを目標とするよう指針に盛りこむことにした。委員会は昭和47年12月まで12回にわたって新幹線騒音の審議を行い、緊急指針の原案を作成したが、同年12月19日、中央公害審議会から環境庁長官に対して、"環境保全上緊急を要する新幹線鉄道騒音対策について、当面の措置を講ずる場合における指針について"次のような答申が行われた。

(1) 指針
[1]住居などの存在する地域において、80ホン以下になるよう音源対策を講ずること。
[2]音源対策を講じても特殊な線路構造のため対策が困難な場合には、85ホン以上の地域の住居について、屋内における日常生活が著しく損なわれないよう障害防止対策を講ずるこ
[3]病院、学校については特別の配慮をすること。

(2) 測定方法   
[1]建物から原則として1メートル離れた場所で、建物に近い線路を通過する6本の列車騒音を測定し、最大レベルの算術平均を求める。ここで算術平均をとることにしたのは、列車毎の騒音レベルの違いが通常10dB以下であることから計算を簡単にするためにこのようになった。
[2]測定は騒音計を用い、動特性はSLOWとする。

3. 新幹線騒音の環境基準
 委員会は緊急指針の報告を行った後、航空機騒音に係る環境基準の審議に入り、新幹線騒音の議論は一時中断したが、昭和48年8月から再開した。最初に東海道・山陽新幹線について引続き実施された環境庁・東北大学の実測及びアンケート調査結果、間欠音に対する睡眠の影響に関する文献(6)及び国鉄が実施した音源防止対策の測定結果などについて詳細な検討が行われた。新幹線騒音に係る環境基準設定の基礎となる指針の根拠については、委員会報告の別添資料(7)となっている。ここではその資料に基づいて委員会の論議について述べる。

 (1) 新幹線騒音の評価方法について
ピークレベルと運行回数:間欠音としての新幹線騒音の評価量について慎重な議論が繰り返し行われた。この頃東海道新幹線は運行回数約230、山陽は新大阪、岡山間が約100、岡山、福岡間が約70であった。航空機騒音については、運行回数を考慮して等価騒音レベルに相当するWECPNLを採用したこと、また、ISOでは音のエネルギーに基づく等価騒音レベルに統一する方向にあること、新幹線についても将来運行回数の増加が考えられ、在来線も含めた評価量としては、運行回数も考慮して等価騒音レベルにすべきであるという意見に対して、JISでは間欠音の測定についてピークレベルを採用していたことと、ISOにおいても当時間欠音等については時間率によって補正する方法(等価騒音レベルの簡便法)として表1が提案されており(8)、回数については約3倍程度まで同一補正をしていることから、回数を省略する方法もあるので、東海道・山陽に限って回数を考慮しないことにしてはどうかとの意見もあった。さらにこの頃実施された実態調査がピークレベルの測定を行っていたこと、また運行回数の少ない山陽新幹線周辺のアンケート調査の結果が、回数の多い東海道よりも厳しい結果が得られていたことなどから回数の影響が明確でないので一応回数は考慮しないことになった。しかし、他の交通機関と比較する場合は等価騒音レベルを用いたこと、また将来運行回数が大幅に異なるときには必要に応じて評価方法の改訂もありうることを解説に入れることになった。一方、等価騒音レベルは運行回数が2倍になっても3dBしか大きくならず、住民反応として回数の影響を的確に反映していないので、運行回数をもっと重視すべきであるという少数意見もあった。

表1. 間欠音に対するISO R 1996の補正

時間帯補正:次に時間帯補正については、当時深夜24〜6時は運行されていなかったことと22〜24時、6〜7時の間の運行回数がきわめて少ないこともあり、将来深夜運転が実施される場合には改めて考慮することにした。

評価値:評価量をピーク値としたとき基準値をどのようにきめるかが次の問題であったが、航空機騒音の緊急指針、WECPNL85dBに対応して、新幹線騒音の指針値をピークレベル85dBとしたのと同様に、航空機騒音に係る基準値のWECPNL70, 75dBに相当するのはピークレベル70, 75dBになり、新幹線騒音に関するアンケート調査とその地点のピークレベルの関係について検討が行われた。環境庁及び東北大学が実施した調査によると、住民反応については、睡眠、会話妨害、電話聴取妨害、うるささ等について調査してそれぞれの正反応(7段階評価のときは4以上)が示されていた(表2)。ここで東海道と山陽では反応がやや異なるものの、ピークレベル70〜75dBに相当する反応の割合がほぼ20〜40%になっていたので、新幹線騒音のピークレベル70,75dBは航空機騒音との整合性からもほぼ妥当な数値であるとされた。アンケート調査の結果から反応30%で基準値が決定されたとの説明もされたが、調査は限られた地域のものであり質問の項目によりまた地域によっても反応に大きな差があり、ピークレベル70, 75dBに対応するこの調査における社会反応の結果がほぼ20〜40%になったとみたほうがよい。表2は東海道・山陽新幹線騒音に関する各種住民反応の調査結果と、道路交通騒音及び航空機騒音についてのアンケート結果である(7)。なお、環境庁の調査のまとめは西宮元氏(故人)によって行われたが、数量化理論を社会調査に応用した最初であった。

表2. 新幹線騒音に対する住民反応

騒音エネルギー量に基づく比較:新幹線騒音と他の交通機関の基準値について、騒音エネルギー量に基づいて比較が行われた。まず新幹線騒音のピークレベル70dB運行回数として、東海道230、最も少ない山陽、岡山福岡間、70に相当する等価騒音レベルは54〜49dBで、これに対応する道路交通騒音の中央値は52〜48dB、また新幹線騒音のピークレベル75dBに相当する中央値は57〜52dBになる。ここで中央値=Leq−(2〜3)とした。また航空機騒音については、WECPNL:Leq+(14〜15)としてWECPNL67〜62dB, 及び72〜67dBに相当する。これらの結果から新幹線騒音のピークレベル70 ,75dBは他の交通機関の基準値とほぼ整合しているとしている。しかし、新幹線については、運行回数のもっとも多い東海道を基準にしていること、また、観測された騒音レベルの上位半数を平均していることもあって、夜間補正を考慮にいれたとしても航空機や道路交通騒音の基準に比べてやや厳しくなっている。これは基準値を決めるに当たって、なるべく5の整数倍にするということからこのように決定した。

測定方法:代表的な騒音レベルとして、上り下り20本を測定する。上り下り線を走行する列車により騒音レベルに差はあるが、"こだま"の停車駅近くでは速度の遅い場合もあり、状況によって必ずしも測点側の列車のレベルが高いとは限らないということで、20本の上位10本についてパワー平均することにし、4時間で20本に達しない回数の少ない場合には10本程度でもよいこととする。また騒音計の時定数は"SLOW"を用いる。 注:等価騒音レベルを求めるときは、全列車の騒音レベルの平均をとる必要がある

測定地点:その地域の代表的なレベルを測定できる地点を選定する。新幹線が見通すことができ、暗騒音の影響のない地点で地上1.2mとする。

達成期間:基本として今後の技術開発の可能性を考慮する。対策のための体制強化を前提とし、今後の努力目標としての達成期間を示す。技術的可能性としてこの時点では25mにおいて、80dBが一応の限度と考えられるが、今後技術開発を促進する方策をたてる。東海道・山陽新幹線については、指針値を超える戸数がそれぞれ、77,000戸、55,000戸と見積られるが、80dBを超える地域は3年以内、75,70dBを超える地域は10年以内に達成すること。工事中新幹線(東北、上越、成田)については、75dBを超える地域は開業後3年以内、その他の地域は5年以内に達成すること。新設の場合は環境アセスメントを十分に行い開業時達成すること。また解説資料には国鉄から提出された各種音源対策、障害防止対策の実状についての記述がある。委員会においては、音源及び障害防止対策について、国鉄だけではその達成が困難であるところから、政府各機関の協力を要請するため報告案のほかに別紙として"環境基準設定に伴う課題について"を添付することになった。その要点は次の通りである。

(1) 音源対策の強化 (2) 障害防止対策の推進
(3) 土地利用の適正化 (4) 環境影響事前評価の実施
(5) 調査研究の推進 (6) 総合施策の必要性

 

4. 騒音・振動部会における審議
 新幹線騒音に係る環境基準の委員会報告案と課題の案は、昭和50年3月部会に提出され、部会においては同年6月までに都合6回審議が行われた。

 (1) 基準値について:新幹線騒音については、運行回数を考慮しないでピークレベルで評価することになっているが、これは排出基準に相当すると考えられ、環境基準というよりもむしろ規制基準的な性格であり、責任主体の国鉄の当時の経営状態からみて非常に達成は困難であるとの意見があった。また委員会でも議論があったように基準地点としている25mにおいて70〜75dBを達成する技術的な目途がたっていない実状から、まず80dBを達成することからスタートすべきであるとの提言もあったが、航空機・道路交通との整合性の問題もあり、将来の技術開発に対する努力目標として基準値は、ピークレベル70, 75dBとすることになり、環境基準は規制基準と異なることを特に明確にするため達成期間を達成目標期間とすることになった。

 (2) 達成目標期間について:東海道・山陽の既設新幹線について、80dBの地域は3年以内に達成することとなっているが、山陽は80dBを目標に建設されたのでほぼ達成できる見通しがあったが、東海道については約2万戸が対象となり、国鉄以外の機関の協力と対策のための財源の見通しを早急にたてる必要性が強張された。また軌道から20m以内を移転させそれ以遠について防音工事をすると、1兆2千億円かかることが報告された。しかし音源対策に関する技術開発を推進すれば費用は調達できること、また対策の費用の調達等については行政機関の協力なしには実現できないので、とりあえず各省庁の意見を聴くことになった。

経済企画庁:昭和50年頃は石油ショックの後で経済の低成長の時代であったのでこの基準を達成する資金の調達は無理である。

運輸省:既設新幹線について80dB, 3年、70,75dB,10年以内で達成するのは困難である。自治省:対策のため地方に負担をかけるのは無理である。実施者の国鉄と地域住民との仲介ならできる。

建設省:土地利用については航空機の場合について現在検討中なので、新幹線については必要であるという表現に留めて欲しい。私権を制限できるだけの公共性があるかどうかの問題がある。

文部省:教育施設における屋内環境について特別の配慮を要請する。 文部省を除いては、各省とも環境基準及び課題の達成について懸念を表明したが、とにかく経済性の見通しについては委員会において十分に検討が行われていないので、さらに部会で詰めることになった。特に委員会では基準の達成は極めて困難であるとして、別に課題を設けて提言を行っているが、対策の具体性のないまま独自に達成期間を設定し、部会の審議以前に報告案が公表されたことについては、部会と委員会の連絡が不充分であったとして、審議方法の改善が要望された。特に当時の国鉄の経営状態から費用の調達には限りがあり、公共料金の値上げについても大きな制約があることから、基準の達成については政府の強力な施策が必要で、部会としても答申に課題を添えて、各省庁の協力を強く要請することとした。これについて環境庁の事務当局と運輸省・国鉄の三者による作業委員会において課題の整理が行われ、委員会の案に財源措置として汚染者負担の原則から、騒音料の賦課等について検討すること、在来線との平行区間については総合的に対策を行うこと、また対策は騒音レベルの高いところから実施すること等を追加することにした。さらに部会においては国鉄単独で基準を達成することは非常に困難であるところから、政府に強力に要請を行うため課題の要点について附帯決議を添付することになった。これは中央公害審査会会長名で報告及び課題と共に環境庁長官に答申された。

5. 文献
 (1) 振動騒音の生理的影響に関する研究報告
    日本鉄道技術協会昭和40年3月
 (2) K. D. Kryter:Effect of Noise on Man Academic Press (1970)
 (3) L. G. Kurzweil:Prediction and Control of Noise from Railway J. Sound & Vib. 51 1977
 (4) 新幹線鉄道に関する騒音実態調査報告書   
    環境庁大気保全局特殊公害課 昭和48年3月
 (5) 曽根敏夫ほか:沿線住民に及ぼす新幹線鉄道騒音の影響         
    日本音響学会誌 29(1973)P.214
 (6) 長田泰公ほか:列車騒音の睡眠妨害に関する実験的研究      
    公衆衛生院報告 23(1974)P.171
 (7) 新幹線鉄道騒音に係る環境基準設定の基礎となる根拠等について      
    特殊騒音専門委員会 昭和50年3月
 (8) ISO R 1996:Assessment of Noise with Respect to Community Response.(1971)

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