1988/1
No.19
1. 騒音の環境問題 2. 騒音環境基準の設定経過 3. 骨董品に見る音響学 4.レイリー・ディスクと石英の糸 5. カスタム挿耳形補聴器 6. インターノイズ’87
   
 騒音の環境問題

理事長 五 十 嵐 寿 一

 昭和63年を迎え小林理学研究所も後2年で創立50年を経過することになります。創立者の小林釆男、佐藤孝二両先生の理想とされた理学の基礎研究という構想は、戦争という思いがけない出来事で中断致しましたが、戦争中に設立されたリオン(設立当時は小林理研製作所)にも支えられて、音響分野に重点を移して今日に至りました。特に昭和40年代後半からは官公庁はじめ多くの外部の方々のご援助によって、環境問題を中心とした研究を進めて参りました。

 騒音の環境問題については、本号から3回に分けて環境基準が設定された経過について述べてみたいと思います。日本の騒音に係る環境基準は、昭和46年の一般騒音(道路交通騒音を含む)航空機騒音(昭和48年)新幹線騒音(昭和50年)等がいろいろの議論の末に設定されましたが、それから10年以上を経過した今日、行政はじめ多くの方々の御努力の結果、目ざましい効果を上げてきたことは御存じのとおりであります。

 航空機騒音・新幹線騒音については、当初、環境基準のようなものが設定できるかどうかと危惧されたこともありましたが、現在基準が完全にクリヤされていないとはいえ、10年以上前に設定された意義は非常に大きいものがあると考えます。諸外国の現状をみましても、環境騒音について日本と同じ水準を望ましい環境とはしながらも、これを基準としている国はないのが現状で、この点からも日本の基準は厳し過ぎるともいえますが、それ故にここまで対策が実行できたと思います。去年9月北京で行われたインターノイズにおいて、香港新空港の計画を担当した米国のコンサルタントの報告として、各国の航空機騒音に対する土地利用の指針値を比較した結果、もっとも厳しい日本の基準を目標にして計画を進めていると述べたのを聞いてとくにその感を深く致しました。

 環境基準設定当時は、各種の公害が深刻であったため、公害対策基本法から「産業の健全な発展と調和を図り」という表現が削除されましたが、環境基準の審議においても基準達成の為には予算をいくらつぎ込んでもよいという意見があったことも事実であります。これが石油ショック以来必ずしもそのように進められなくなったとはいえ、その状況の中で格別の努力がなされてきたように思われます。現在騒音激甚地区の対策はいろいろな形で実施された結果、いまは一部の特殊地域を除き、基準値を若干越える地域の対策に移ってきたように思われます。また各種騒音源についても可能な限りの技術的な改良が加えられ、今後の対策は十分経済性を考慮した有効な対応が必要になると思われます。

 環境問題は被害を受ける周辺の人々を対象に考慮されることは当然ですが、問題が発生すると直ちに当該地区のアンケート調査を行い、これを基に対策を考慮することが多いように見受けられます。外国の文献が指摘しているように、アンケートの結果は調査を実施した地域の騒音以外の各種の条件に左右されるので、従来行われた類似の調査結果を総合しないと一般的な結論を出すことは非常に難しいとされています。また騒音の調査にしても同様で実際に測定することが優先しがちですが、過去同種の測定例は非常に多く、これらの結果から推定して十分信頼できる結果を予測することは可能であります。実測は予測の結果を検証するために実施するのがより有効で経費も少なくすむと考えられます。

 環境基準の設定に際し、特に航空機、新幹線等の特殊騒音については、音源対策と土地利用計画を基準達成の二つの柱と考えられました。前者については何れの場合も現在までに著しい技術開発が行われ、騒音軽減に貢献しておりますが、土地利用計画についてはなかなか土地の規制が実行できないのが現状のようです。目標とした環境基準の達成期間が過ぎても、基準の達成が困難である現実もこの辺に原因があるといえるかも知れません。

 また日本の環境基準は、道路交通、航空機、新幹線騒音について別々の評価方法を採用しております。これも設定当時の事情によるものですが、米国においては関係各省庁が協議した結果、それまでバラバラだった各種騒音についての土地利用計画に用いる評価方法をLdn(day & night level)という指標に統一いたしました。日本において指標の変更は行政的に困難であるといっても、測定評価方法のJISとして国際的な指標、等価騒音レベルを導入した際でもあり、現行の方法の不備な点を再検討することは今後の重要な課題と考えられます。

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