1988/1
No.19
1. 騒音の環境問題 2. 騒音環境基準の設定経過 3. 骨董品に見る音響学 4.レイリー・ディスクと石英の糸 5. カスタム挿耳形補聴器 6. インターノイズ’87
       <技術報告>
 カスタム挿耳形補聴器

リオン株式会社聴能技術部 斉藤 修

1. はじめに
 カスタム挿耳形補聴器(以下カスタムITEと略す)の米国内での販売は、全補聴器の販売の70%以上にも達しました。恐らく今年末には、その割合は80%の大台に乗るかも知れません。
 西欧諸国でも徐々に増えてきていますが、いわゆるカスタムITEと言うより、モジュラー挿耳形補聴器の割合が増加してきています。我国においてはカスタムITEの割合は、まだ10%〜15%位です。しかし伸び率は高く3年位前にはほとんど販売されていない状況でした。

2. カスタムITEがなぜ世界の潮流として伸びたかを考えてみますと.
 1) 音を捕えるマイクロホン音孔部が今迄の補聴器よりさらに、イヤーレベルになったことです。マイクロホンの音孔部が耳介あるいは、外耳道の近くにきたことによって、音響的にも耳掛型等の補聴器より優れていることです。
 図1に補聴器の形状別の指向特性を示します。この図からカスタムITE(カスタムITCを含むCustom In The canalカスタムITEよりさらに小形でマイク音孔部は外耳道入口付近になる。)がより、オープンイヤレスポンスに近い特性を示します。高い周波ほどその傾向が顕著に表われます。

BOX, BTE, ITE, ITCのポーラパターン
 
図1 補聴器の形状別の指向特性

 2) 形状も小さく目立ち難い
 難聴者にとって装着していることがほかの人に気付かれないということは、補聴器に対する要求性能の中でも、最も重要なことの一つなのです。
 また米国でITEが多く使用されているのは、レーガン大統領がカナール形の補聴器を装用したことも大きな要因の一つです。
 一方、西欧については国によって普及率が違いますが、西独を例にとってみますと、モジュラー形(補聴器本体はレディメードで、難聴者個々人のイヤモールドを本体に付けたもの)が主体ですが全補聴器中でその占める割合は25%前後のようです。
 カスタムITEは4〜5年前までは、軽度からせいぜい中等度難聴まででした。
 我々リオン(株)は、より理想に近い補聴器としてさらに高度難聴者まで使えるようにならないか、ということを目標に聴力レベル100dBに挑戦してきました。

3. 80〜100dB HLの難聴者にカスタムITEを装用した結果を図3に示します。
 1) 対象難聴者の聴力レベルは87.5〜108.7dB以上(スケールアウトを含むため)です。
 図2はそのオージオグラムです。

図2 対象難聴者の裸耳聴力

 2) 測定の方法
 裸耳閾値および裸耳の不快値(UCL)はオージオメータによる受話器で測定しました。補聴器装用時の閾値測定にはISO-R226で定められているレベルに、3dBを加えたものを片耳音場閾値規準レベルとして用いました。(無音響室にてスピーカの軸上1m正中の位置で音場校正を行ない測定した。)

 3) 装用の効果
 a) 従来使用している補聴器での語音弁別能検査と日常使用したときの聞えの評価をアンケートに答えてもらいました。
 b) 次にカスタムITEを約1ヶ月装用し実生活の中での試用を行い再度a)の測定とアンケートに答えてもらいました。但し、使用中に問題が生じたときは試用を中止し問題を解決した後に、新たに1ヶ月の試用期間を設けました。
 c) 図3に対象者の聴力レベルと従来使用の補聴器および試用カスタムITEによる装用閾値を示します。図4には高度難聴用に開発したカスタムITEと他のカスタムITEの特性を示します。図5には試験音の音圧レベル60dBHLで各々の補聴器の各時期における語音明瞭度スコアーの推移を示しました。この図からいつも使い慣れた補聴器と変ると一時的に明瞭度スコアーが下ることが想像されますが、1ヶ月も経では従来使用していた補聴器と同じような結果となります。二例はカスタムITEを装用すると語音明瞭度スコアーが下りました。これは難聴者の聴力レベルが100dB以上で、この補聴器の装用限界を超えていた例です。

 
図3 カスタムITE装用地域
 
図4 高度難聴用カスタムITEと従来のカスタムITEの特性比較
 
図5 各補聴器・各時期における語音明瞭度スコアーの推移

 1ヶ月間試用した後に行なった面接によるアンケート調査の結果は.
 イ) 聞えについて
 耳がけ形補聴器に比べて、横や前からの音が良く聞える。特に顔の向きを変えることで音の来る方向がつかみやすくなった。
 口) 明瞭感     
 従来使用していた補聴器に近い音に聞えるがやや人の声が小さいと感じることもあった。   
 ハ) 装用感
 軽い、(耳がけ形に比べ重さが56%。耳がけ形の重さの平均14.3g、カスタムITEの平均6.35g)
 耳かけ形の半分以下の重さなのと耳の中に入ってしまっているので装用しているのを忘れてしまうほど使い易い。
 補聴器を掛けたままお風呂に入ったこともある。赤ん坊の添い寝をしていると耳がけ形ではブラブラして耳から落ちそうになってしまう。
 また子供に補聴器をいじられたりする。しかしカスタムITEではまったくその様なことを心配しなくて済む。飛んだり跳ねたりしても補聴器がブラブラしない。耳の中が密閉されている感じがしない。(このカスタムITEは極細のベントを設けています。)軽く肩も凝らない。
 ともかく装用しているのを忘れてしまい自分の耳のようだといった結果が得られました。   
 ニ) 装着脱     
 簡単である。何と云ってもイヤモールドを耳に入れる調子で入れればそれで終りです。
 ホ) 全体の感想として
 数値上に表われない聞え、装用感、目立ち難き、軽い、落ちない、装着脱が容易、といった面が大きく評価されています。聞えの面からは、指向特性が優れているといえます。以上のことを一言で表わせば、「より自分の耳に近い補聴器」と云えます。
 へ) 残されている課題
 頭部諸動作時にハウリングが生ずることがあります。例えば振り向く、首を傾ける、洗濯物を干す、などです。
高度難聴用では音響利得も高くなるので、耳からの僅かな音漏れでもハウリングの原因になります。
 以上高度難聴用のカスタムITEを中心に最近の補聴器の実態について述べてきました。

 一方カスタムITEは更に小形のカスタムカナール(ITC)そしてもっと小形のカナール(電池も従来の一番小さい電池より更に小さいものを使用)へと形状を小さくしてゆきました。
 従来は30〜40dBHL位の極く軽い難聴ではフィッテングは難かしいとされていましたが、今日では難かしくない領域となりました。このようにカスタムITEはより軽度難聴からより高度難聴へとその装用範囲を広げています。そして今までの箱形、めがね形および耳がけ形補聴器の装用領域までを可能としております。

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