1985/6
No.9
1. 21世紀への序走

2. 低周波領域におけるマスキングについて

3. ダンピング試験について  4. 鼻の呼吸障害と疾患の診断について 5. 米国の音響に関する規格(ANSI)
       <技術報告>
 鼻の呼吸障害と疾患の診断について
      (鼻腔通気度計 Rhino conductance meter)

リオン樺ョ能技術部 堀  清 治

1. はじめに
 臨床医学の耳鼻咽喉科分野において、臨床検査法の確立とその普及はきわめて重要である。「耳」に関しては、オージオメータによってオージオグラムを採取し、「咽喉」に関しては、サウンドスペクトログラフによる音響分析を行なったり、発声機能検査装置を用いて、発声時の声帯の基本周波数、呼気流量およびインテンシティーを同時記録して、治療前、治療後に比較検討を行なっているのに対し、「鼻」に関しては、基準化された検査は乏しい。
 そこで、従来から鼻疾患を臨床的に検査する方法が種々研究され、パラメータとして鼻腔通気度が研究されるようになった。

写真1 鼻腔通気度計(SR-10)

 呼吸機能は、肺胞から血液中に酸素を供給するための酸素の補給と体内で生産された過剰の炭酸ガスの排出を目的とするために呼吸器と循環器の両系統が協同作業を営む。鼻腔を主体とする上気道の役割は、不気道の保護は勿論のこと、肺胞におけるガス交換を最も効率よく維持すべく通気度を変動させて換気と呼吸のリズムにあずかる。この過程において、鼻腔に閉鎖状態(鼻閉)が生じると当然のことながら生体に悪影響をおよぼす。(図1参照)
図1.呼吸機能・概略図

 (鼻呼吸障害と鼻疾患)
 鼻呼吸障害は、鼻入口から上咽頭までのどこかに、奇形、形態異常、狭窄、異物、粘膜腫脹、肥大増殖、分泌物貯溜、および腫瘍などがある場合に生じる。これらの症状をもつ主な鼻疾患として、鼻中隔弯曲症、後鼻孔鼻茸、後鼻孔閉鎖症、鼻石、肥厚性鼻炎などがあり、最も一般的に知られているのが鼻アレルギーすなわち花粉症である。
 花粉症といえば杉に代表されるが、その他にも樹木としてシラカンバ、イネ科のブタクサ属およびヨモギ属など起因アレルゲンをもつ植物は、およそ50種類におよぶ。(3)

2. 鼻腔通気度の測定法と現理
 鼻腔通気度の測定は、直接測定法と関接測定法に大別され、通常は、直接法が用いられる。鼻腔通気度測定法の種類を表1に示す。  
表1 鼻腔通気度測定法の種類
I.直接測定法 Direct rhinomanometry.
 A.自然鼻呼吸状態で測定 Active rhinomanometry.
  1.上咽頭圧経口(後方)誘導 posterior method (標準法)
   a.鼻腔綜合通気度測定 total
   b. 〃 片側通気度測定 heminasal
   c. 〃 左右別通気度測定 binasal
  2.上咽頭圧経鼻(前方)誘導 anterior method
   鼻腔片側通気度測定 heminasal 〔経ノズル呼吸
                        〔経マスク呼吸
 B.止息状態で測定 Passive rhinomanometry.
  1.駆動気流経鼻(前方)迷気 anteior method
   a.定方向調節流送気 control flow method

    1) 鼻腔綜合通気度 total 

    2) 〃 片側通気度 heminasal 〔経ノズル送気
                        〔経マスク送気
   b.交番気流(振動波)送気 forced oscillation
                   method
    1) 鼻腔綜合通気度 total
    2) 〃 片側通気度 heminasal 〔経ノズル送気
                        〔経マスク送気
II.間接測定法 Indirect rhinomanometry
 A.呼吸抵抗(オッシレーション法)
 B.気道抵抗(体プレシスモグラフ法)
 C.肺抵抗(食道内圧法)
 
(鼻腔通気度研究会資料による)

 これらのうち世界的に用いられている測定法は、自然鼻呼吸状態で測定する上咽頭圧経口誘導法である。この方法は、図2に示すごとく鼻腔前端をマスクで囲い開口部に流量計を備えて呼気流率を測定する。一方、口からチューブを挿入し鼻腔後端の圧力とマスク内部の鼻腔前端の圧力の両者を差動圧力計にてその差圧を測定する。この二つの結果から、鼻腔抵抗および鼻腔通気度(コンダクタンス)を次式によって求める。

図2.上咽頭圧経口誘導法 (Posterior 法)

Rohrerの実験式
P=K1V+KV2
   P=K1V+K2V2
   K1=層流係数=8μL/πr4
   K2=乱流係数=fL/π2r5
   R=P/V=K1+K2V
   G=V/P
但し、 P=差圧(Pa)
    V=呼(吸)気流率(cm3/sec)
    R=鼻腔抵抗(Pa/cm3/sec)
    G=鼻腔通気度(cm3/sec/Pa)
 この方法は、鼻腔総合通気度が最も正常に近い状態でかつ連続的に測定でき、精度的にも高い結果が得られる。しかしながら唯一の難点は、鼻腔後端の圧力が舌によって口腔を閉鎖してしまい誘導できなくなる人が10〜20%あることから測定できない場合がある。このことから、次に示す上咽頭圧経鼻誘導法が必要となる。
 上咽頭圧経鼻誘導法は、図3に示すごとく鼻腔前端および口唇をマスクで囲い開口部に流量計を備えて呼気率を測定する。一方、差圧は、一側(右または左)の外鼻孔にノズルをあてて鼻腔後端圧を前方から経鼻誘導し、マスク内の鼻腔前圧とで測定する。

図3.上咽頭圧経鼻誘導法 (Anterior 法)

 測定された結果は、片側鼻腔通気度であるので次式によって総合通気度を求める。
   合成抵抗値R0=RL・RR/RL+RR
   総合通気度G0=GL+GR
 但し、 RL=左鼻孔抵抗  GL=左鼻孔通気度  RR=右鼻孔抵抗  GR=右鼻孔通気度
 この方法は、鼻孔に挿入するノズルの内径や方向、強さなどによって測定値にバラツキを生じる欠点があるため補助的な測定法として使用される。
 このような主旨のもとに開発された装置が鼻腔通気度計(型式SR−10)である。

3. 鼻腔通気度計(SR−10)の実測例
 表2は、正常者の上咽頭圧経口誘導法による一呼吸分の総合通気度実測例で、測定点は、最大圧力点、一定圧力点(圧力点:50、75、100、150、200Pa)および一定流率点(流率点:250、500cm3/sec)に対する抵抗値および通気度の値を示す。
表2

 図4は、一呼吸分を最大2500サンプリングした値を図式化したもので、縦軸は流率、横軸は圧力差であり、右上が呼気、左下が吸気状態を示す。図中、病的疾患によって通気度が低下すると、Sカーブの傾斜が水平になるようにねてくる。また、図5は、対数目盛で表示したもので、通気度が低下すると下部に向って平行移動することになる。
図4
図5

 表3は、正常者の上気咽頭圧経鼻誘導法による一呼吸分の左右鼻孔の実測例であり、測定点は前記した上咽頭圧経口誘導法と同じである。
表3

 図6は、上記を図式化したもので、右Sカーブは、右鼻孔の一呼吸分を示し、左の逆Sカーブは、左鼻孔の一呼吸分を示す。
図6

 図7は、この左右おのおのデータから、総合通気度を前記の式によって算出し、表示したものである。

図7

 図8は、コンピュータ処理によって、差圧一通気度曲線を記録したもので、上部が正常者、下部が鼻閉鎖疾患の例を示す。

図8

4. 鼻腔通気度の正常値と異常値
 表4は、男女正常成人の上咽頭圧経口誘導法による平均値と標準偏差(SD)を示し、表5は、上咽頭圧経鼻誘導法による平均値と標準偏差を示す。

表4
 
表5

 両者を比較すると、経鼻誘導法の方が小さい値を示しているが、V=500cm3/secを除けば、すべて有意の相関がある。
 異常値としては、平均値−2SD以下をしきい値と定めた。実際には、この曲線を印刷した記録紙上に差圧・流率曲線を描記させ、しきい値より低い場合が異常値となる。

5. おわりに
 鼻腔通気度の臨床応用は、さほど普及しているわけではないので、今後、普及のための研究として次に掲げるものが期待されている。  
  (1) 子供(年令別)による正常値の確立
  (2) 身長別による正常値の確立
  (3) 性差による正常値の確立
  (4) 上咽頭圧経鼻誘導法の測定精度の向上
  (5) 測定方法の簡便化
 前記した鼻腔通気度の正常値は、一義的に決めたものであり、上記の研究が確立することによりさらに意義ある臨床検査が可能となる。

(参考文献)
 (1)戸川 清他:鼻呼吸障害・その病態生理と臨床  第83回日耳鼻総会、1982
 (2)戸川 清他:鼻腔通気度測定法の標準化、昭和58年度文部省科学研究費研究成果報告書、昭59
 (3)信太 隆夫監修:図説スギ花粉症 金原出版、昭58

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