1985/6
No.9
1. 21世紀への序走

2. 低周波領域におけるマスキングについて

3. ダンピング試験について  4. 鼻の呼吸障害と疾患の診断について 5. 米国の音響に関する規格(ANSI)
       <研究解説>
 ダンピング試験について

建築音響研究室 金 沢 純 一

1. はじめに
 当所では、これまで20年余りの間、多くのメーカーや研究機関からの依頼で、板材の曲げ振動に対するダンピング試験を行ってきています。この試験は、板状の物体に発生した屈曲振動がどの程度の速さで減衰するかの指標、すなわちダンピングの良さを示す指標である損失係数が、周波数や温度によって、どのような値になるかを測定することを目的としています。
 数年前までの試験は、鋼材メーカーやダンピング材メーカーからの依頼が中心でしたが、ここ1、2年の傾向として、自動車、電気機器、建築関係など、さまざまな方面からの試験依頼が増加しており、試験材料もプラスチックやセラミック、新建材など、金属以外の材料に重点が移ってきている様子がみられます。このことは、最近の製品開発や騒音制御の研究では、定量的な音のコントロールがより重要となり、各種の素材や複合材が持つ振動的な特性が重視されてきていることの、ひとつのあらわれとみることもできます。
 ダンピング試験の方法には、打撃法、減衰法、共振法と大きく3つに分けることができますが、極端にダンピングが大きな場合のほかは、これらの方法による測定値は互いに一致するものが普通です。当所のダンピング試験は、近ごろではインピーダンスヘッドとFFTアナライザを使用した共振法が中心になっています。
 今後いろいろな方面でダンピング試験やこれに関連した試験が実施される機会も多くなると考えられるので、本稿では当所で行っているダンピング試験の概要について、紹介します。

2. 板の屈曲振動に対する損失計数
 鉄板やガラス板に物がぶつかると、ゴーンあるいはカーンといった響いた音が聞こえ、次第に小さくなっていくのがわかります。この音の高さは材料の厚さや長さ、堅さなどに関係するものですが、響き方については、振動のエネルギーがその材料から失なわれる速さに関係しています。これについては、材料を支えている部分から流れ出すエネルギーと、材料の内部で消費されるエネルギーの両方に関係しますが、ダンピング試験では後者のみを対象としています。

写真1 ガラス板の振動モード
(380×380×3mm、1082Hz)
図1 うすい短冊状板材の曲げ振動
(自由に振動できる板の2次モード)
図2 短冊状板材の振動モードの例
(石膏ボード 長さ300mm,厚さ17.5mm)
図3 1自由度の共振モデル

 写真1は正方形のガラス板の中心部に加振器で振動を加え、あるモードで共振させた際の節の位置を白い砂で表示したものですが、このように単純な形状の材料でも、振動の様子は非常に複雑になっていることがわかります。しかし、薄い板を細長い短冊状の試料に作り、図1のように長手方向だけに振動が伝わるようにした場合には、割合容易に振動の解が求められます。図2はこのような板の振動を周波数と振幅の関係として表した例ですが、板の曲げ振動にたくさんの共振が含まれる様子が現われています。短冊状の板に対する曲げ振動の方程式を変形すると、個々の振動モードについては、良い精度で図3のような単一共振系でモデル化できることが知られています。このモデルは、複雑な形状の板の共振についても適用できるもので、質量、バネ定数、粘性抵抗に対し、加振力が加わった際にこの点の速度は(1)式のような関係で表されます。

 加振力が衝撃性であったり、共振状態から急に加振力を取去ったときは、この系が過制動でないことも考えると、その後の速度は

のようになり、図4(イ)のような様子で振動しながら次第に減衰していきます。はこの系のはじめの状態で決まる定数、はこの系の固有角振動数ですが、は振動がどの程度速く減衰するかを示す値で、損失係数(Loss Factor)と呼ばれているものです。この値は、臨界制動比、対数減衰率と次のように関係づけられます。

  一方、加振力が周期性の場合には、速度の振幅は次のように表されます。

ここでは加振力の振幅によって決まる値、は加振力の角振動数で、の値によって、は図4(ロ)のように変化します。この図では、が小さくなるほど共振時のVが大きくなり、同時に共振周波数付近の曲線の幅が狭くなる様子がみられます。

図4 単一振動系の応答

 板の曲げ振動は、均質な材料では、中立層を境にして、板の上下に伸びる部分と縮む部分ができるため、それぞれがバネのような役割で復元力を働かせることによって発生しますが、バネに相当する部分には、多かれ少なかれ抵抗分があるので、内部損失が生じます。これの大きさによってダンピングの大小が変わりますが、損失の小さな材料でも、外に損失の大きな材料を貼りつけることで、板のダンピングを大きくすることができます。これがダンピング材を用いることの効果であり、また目的でもあるわけですが、損失係数の大きなダンピング材が大きなダンピング効果を示すとは限らず、材料の堅さや取り付け方にも関係することは、容易に察せられると思います。要はダンピング効果を大きくするには、板の振動エネルギーのうち、いかに多くをダンピング材に流れ込ませるかにあるといえそうです。
 板の振動には材料の損失係数のほか、その材料の曲げ剛性が深く関係し、この値は板の厚さとヤング率によって決まりますが、ヤング率は板の密度と形状が与えられれば、ダンピング試験によって、精度よく測定することができます。高分子材料や複合材では、損失係数と曲げ剛性は、周波数や温度の違いで大幅に変化することが多く、板材を使用した機械の騒音発生量や複合建材の遮音特性が、温度と共に変化することは少なくありません。この場合、広い温度範囲にわたって、直接これらの性能試験を行うのは難しいので、そこに用いられている板材の制振特性が、周波数や温度でどう変化するかを測定し、その値を使って機械の騒音や建材の遮音性が解析されるようになってきています。

3. ダンピング試験の方法
 ダンピング試験の方法は、先に記述したように、大きく打撃法、減衰法、共振法の3つに分けられます。
 打撃法は、試料を糸やゴムひもなどで吊っておき、ハンマーで打撃した際の振動減衰の速さを測定するもので、残響時間と同じ考え方でデータを扱えるため、わかりやすい面がありますが、安定な打撃を行うにはかなりの経験を要することや、周波数分析の際に用いる帯域フィルタの過渡応答が影響して、0.1以上の損失係数の測定が困難であることから、現実に測定を行うのは以外と難しい方法です。
 減衰法は、共振状態から急に加振力を取去ったときの振動減衰の速さを測定する方法で、試料の一端を固定して、試料を電磁形加振器で加振する片持梁の試験方法と、試料の節の部分を2ヵ所選んで糸で吊り、一端を電磁形振器で加振すると共に、他端の振動を電磁形振動ピックアップで検出する二本吊りの方法がよく用いられます。前者はダンピング試験装置として製品化されていることもあって、最もよく普及している方法ですが、試験にあたっては、固定部分からエネルギーが流れ出さないように、細心の注意を払うことが重要となります。
 二本吊りの方法は、測定モードごとに節の位置が変わるため、その都度吊る位置を変える必要があり、測定効率の面で問題はありますが、試料の最も動きが少ない部分を柔らかい糸で吊るため、支持部からのエネルギーロスが非常に少なく、広い損失係数範囲にわたって精度の良い試験を行うことができます。当所では減衰法の試験を図5の装置を用いて行っています。

図5 減衰法(二本吊り)によるダンピング試験系列

 減衰法による損失係数の測定は、レベルレコーダを使用して、60dB当りの減衰時間T60(S)を読みとり、次式から損失係数を求めます。

ここではその測定モードの共振周波数(Hz)です。損失係数が0.1以上になると、高速度レベルレコーダでは振動減衰に応答が追いつかないので、この場合はオシロスコープから振幅を直接読み取って損失係数を計算します。

図6 共振法によるダンピング試験系列
(機械インピーダンス法)

 共振法は各モードの共振曲線の形状から損失係数を求める方法です。これについては、さまざまな測定装置が考えられ、減衰法の部分で紹介した2種類の装置を用いても、周波数を掃引することで共振法の測定が行えます。最近は、安価で性能の良い機械インピーダンス測定装置やズーミング機能を内蔵したFFTアナライザが普及したことで、機械インピーダンスを応用したダンピング試験が容易に行えるようになりました。装置の構成は図6のようになっています。FFTアナライザと同期した周期信号で試料の中央に振動を加え、この点の加振力と加速度波形をインピーダンスヘッドで機械インピーダンス測定用アンプで正確に検出します。この際、インピーダンスヘッドに内蔵された加振力検出器の先端部をエッジ状に加工し、この部分に瞬間接着剤を用いて試料中央部をしっかり固定することで、広い周波数にわたって、良好な振動モードを発生させることができます。また、加振力検出器および取付金具に含まれる質量分は測定誤差の原因になるので、機械インピーダンス測定用アンプに内蔵されたマスキャンセル回路で電気的に消去して測定を行います。このようにして得られた正確な加振力と、加速度信号を積分して得られた速度信号をFFTアナライザに入力し、両者の伝達関数をとることによって、加振点の機械インピーダンスが得られるので、図7のように、各モードにおけるインピーダンス曲線のピークを示す周波数と半値幅(ピーク値より3dB小さなインピーダンスを与える周波数の幅)から損失係数が決められます。この場合、ピークの値さえ正しく求められれず、3dB以外のずれにおける周波数を読み取っても、表1の係数をかけることで損失係数を測定することができます。

図7 共振曲線の形状と損失係数
 
表1 ピーク値からのずれが3dBとなる場合への補正係数

4. おわりに
 本稿では、当所で通常の業務として実施している、ダンピング試験の概要を紹介しましたが、機械インピーダンスについては、これ以外にも複素ヤング率や複素剛性率の測定、弾性波の伝播試験、防振材料の性能試験など、多くの振動試験に応用することができます。
 振動試験は、これからも音響関係の開発研究ではより重要さを増してくると思われることから、今後とも多様な試験依頼にこたえられる態勢にしてゆきたいと考えております。

写真2 ダンピング試験装置
上:恒温槽内に設置された加振器、インピーダンスヘッドと試料
下:左からアンプ部、FFTアナライザ、パーソナルコンピュータ

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