2016/10
No.1341. 巻頭言 2. inter-noise2016 3. 古 筝 4. 軟骨伝導補聴器の開発
イタリア人来訪記(食と健康)
理事長 山 本 貢 平前回に引き続き、来日したイタリア人との珍道中を紹介しよう。あの日、ボローニア大学教授 Massimo Garai 氏と私が東京駅を出発したのは午前11 時過ぎであった。生活感あふれる町並みがどこまでも続くのを車窓から二人で眺めた。国分寺に到着したのは、そんな景色に飽きた頃で、ちょうどランチタイムだった。さて、美食の国で知られるイタリアからの客人に何を食べさせようか?「やはり和食だろう」と心に決め、駅ビルの寿司屋に連れて入った。大きな皿に盛られた寿司は、色鮮やかで一種の美術品のように美しい。美しさはイタリア人にとって人生を豊かにする糧だ。ただ、そこで彼は思わぬ行動に出た。なんと、その糧の表面を箸で剥がし始めたのだ。そして、剥がした魚に醤油をつけて口に運び、初めて味わう生の魚の美味さに目をまるくした。次に、ネタが欠けた寿司飯を口に運ぶが、こちらは美味いとは言わなかった。日本人の美食感覚の中には、異なる食材を口の中で微妙に混合し、新たな美味さを作りだすという喜びがある。しかし、西洋人にはサラダだけを食べ、スープだけを飲み、肉だけを食べ、パンだけを別個に食べる習慣がある。それらを口の中で混ぜて味わうという楽しみを知らないのである。見るに見かねて食べ方を教えたが、果たして口内で味のハーモニーを楽しむという食文化は理解できただろうか。
昼は初めての寿司を経験したので、「夜はイタリアンに行こう」と誘った。そろそろイタリア料理が恋しくなっただろうと思っての親心である。ところが、「それだけはやめてほしい」と断られた。「君は、ボローニアから来たのだからスパゲッティ・ボローニアが恋しくないのかい?」と聞くと、「スパゲッティ・ボローニアなんてイタリアにはないよ。あれはアメリカ人やイギリス人が創作した偽イタリアンだ」と返された。さらに私が「日本にはスパゲッティ・ナポリタンもあるよ」というと、「そんなものは、ナポリにもイタリアにもないよ」と悲しそうに答え、続けて次のようにこぼした。「海外の友人を訪問すると、いつもイタリア料理に案内される。しかし、どれも名ばかりであって、本当のイタリア料理ではない」。さらに、「昨日も会議のランチにスパゲッティが出たから、もうたくさん」と、私の申し出を強硬に拒むのだ。日本のイタリア料理は本場以上に美味しいと私は思うのだが・・・。
やむなく「日本の牛肉はどう?」と聞くと、「それは嬉しい」と返事が返ってきた。そこで、吉祥寺にある佐賀牛料理店に案内した。運ばれて来るA5ランク肉を焼き、その味を確かめながら「美味しい」を連発していた。ところが、ふとあることに気づいて、「霜降りの肉は美味しいが、私はコレステロールが高いので遠慮したい。霜降りは君に譲るよ」という。つい2日前、私も主治医から「コレステロール値を下げよ」と宣告されていたので、私は赤身を引き受けるつもりであったが、ここは大事なお客様、私が犠牲となって柔らかな霜降り肉を心行くまで堪能した。彼は56歳、身長187 cm。太ってはいないが食べ物には気を付けている。医者の言付けを守ることには国境はないようだ。