2016/4
No.132
1. 巻頭言 2. 多段階式空間音響シミュレーションと 小型6ch マイクロホンの開発 3. 竹の楽器 4. プレシアⅡシリーズ
 

 
  イタリア人来訪記(東京駅にて)


所 長  山 本  貢 平

 本郷3丁目駅の改札を出る。見上げると霧のような細かい雨が降っていた。幹線道路を避けて路地に入る。菊坂を上ってしばらく歩くと、住宅街の中にホテル・フォーレスト本郷の建物が現れた。午前10時。約束通りの時間だ。 玄関の自動ドアの向こうに彼が立っていた。Massimo Garai、ボローニア大学教授、56 歳で2児の父。東京大学で開かれたシンポジュウムに参加するために来日。彼とはインターノイズで知り合い、かれこれ20年を超える付き合いだ。我々とは防音壁の音響性能評価というトピックで共通点がある。今回の来日を機に、彼は小林理研を訪問したいというので、東京駅から国分寺までのツアコンダクタを申し出た。

 まず東京駅に出た。開業100 周年を迎えた赤煉瓦の欧風駅舎を見せたかった。いや、自慢したかったのだ。八角形のドーム内部から天井を見上げると、ローマのパンテオン内部を思わせる美しい光景が広がる。その時、彼は突然、 「あの円柱にMMXII と書いてあるが、君はその意味が分かるか?」と問いかけてきた。確かにそのような文字が帯状に刻まれている。「さっぱりわからない」と答えると、「あれはローマ数字を表すんだよ。M は1000、X は10、I は 1 を意味するので、MMXII は2012 となる。おそらく、これは年号を表すんだと思うよ。2012 年に何かあったの?」と聞かれた。思い当たったのが赤レンガ駅舎の復元工事の完了であった。そこで、「その年号は駅舎の復元が完成した年だよ」と答えたが、さすがにイタリア人、柱頭のローマ数字がすぐ目に入るとは見上げたものだと感心した。

 一本取られたので、お返しをしたかった。中央線のホームに上がりながら、「日本の鉄道の発着時間は世界一正確なんだ」と自慢した。イタリアの鉄道のいい加減さを知っての発言である。ところがその日は運悪く、ホームに上がると中央線は10 分遅れとのアナウンスがあった。参った。自慢した端からこのザマだ。苦し紛れに「最近の中央線は時々時間が不正確なので、東京の人々はイタリアの鉄道に似てきたといって笑っている」と弁解した。彼は大笑いして「確かにイタリアの鉄道はそうかもしれない。ただし、イタリア北部は時間が正確だよ。それが南部に行くとそうではない。もし、君がイタリア南部に来て、駅員に時刻表が欲しいというと大笑いされるよ。列車がいつ来るかわからないので、そんなもの役に立たない」と返した。これには私も大笑いをしてしまった。すこしフォローをしようと思って、「東京もイタリア南部と同じだよ。時刻表など必要もないし役にも立たない。ホームに立てば5分と待たずに列車がやってくるからね」といったが、これは皮肉にとられたかもしれない。

 こんな調子で書くと、何時になれば国分寺に到着できるかわからない。イタリアと日本、ともに世界で最も英語が苦手な国柄であるが、下手な英語でも互いに意志は十分に伝わる。国際会議などで知り合った人々は、年に1度しか会わないにしても大切にしたいものだ。

 

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