2016/4
No.132
1. 巻頭言 2. 多段階式空間音響シミュレーションと 小型6ch マイクロホンの開発 3. 竹の楽器 4. プレシアⅡシリーズ
 

      
 多段階式空間音響シミュレーションと小型6 chマイクロホンの開発


騒音振動研究室  横 田  考 俊

1 まえがき
 音環境の評価実験やバーチャルリアリティを目的として、対象とする空間の音環境を実験室内に再現する「空間音響シミュレーション」の研究が広く進められ、種々のシステムが提案されてきている。しかしながら、それらの多くは特殊な再生システムを必要とするため、空間音響シミュレーションを体験できる機会は多くない。ここでは、「シミュレーション音場をシミュレートする」多段階式シミュレーションにより簡易に空間音響シミュレーションを可能とするシステムと新たに開発した小型 6 ch マイクロホンについて概要を紹介する[1,2]。

2 6 ch 収音・ヘッドホン再生システム
 多段階式空間音響シミュレーションシステムとして、 音環境の評価実験等に用いられてきている6 ch収音・再生システム[3]を第1段階シミュレーションとし、無響室に構築された6 ch 再生システムの中心点における音場をダミーヘッド収音・ヘッドホン再生により再現する(第2段階シミュレーション)。

2.1 システムの概要
 システムの概要を図1に示す。6 ch再生システムの中心点にダミーヘッドを設置し、5°毎に向きを変えて各スピーカに対する頭部伝達関数(HRTF)を計測する。 対象空間において6 ch マイクロホンで収音された各チャンネルの信号に、ダミーヘッドのHRTF を畳み込み、合成することでヘッドホン再生による空間音響シミュレーションを可能とする。角度毎に頭部伝達関数を計測しておくことで、ヘッドホンによる再生時に6 ch再生システム内における頭の向き考慮したシミュレーションが可能となる。ただし、このシステムは簡易に空間音響シミュレーションを行うことができるメリットを有する一方、音場再現精度については6 ch 収音・再生システムとダミーヘッド収音・ヘッドホン再生システムの両方の音場再現精度に制約を受ける。

図1 システムの概要

2.2 小型6ch マイクロホン
 新たに開発した小型6 chマイクロホンを図2に示す。単一指向性マイクロホンユニット(Panasonic WM-55A)をマイク面間隔30 mm で直交6方向に配置した。6 ch収音・再生システムにおける再生音場内における音の到来方向の再現性は、6 chマイクロホンで収音した信号から算出される音響インテンシティベクトルの再現性と密接に関係する。そこで、開発した6 ch マイクロホンの水平面内について、無響室において15°毎にインパルス応答を計測し、音響インテンシティベクトルを算出した[4,5]。この際、マイクロホンは図3に示すX 字型配置により計測を行った。

図2 小型6 ch マイクロホン

図3 マイクロホン配置

 図4にインテンシティベクトル(1/3オクターブンバンド)から求めた音波入射角とスピーカ方向の関係を示す。なお本検討に先立ち、マイクロホン間隔を5 cm 〜 30 cmまで自由に変更できるシステムを試作し(付録)、マイクロホン間隔の違いによる音波到来方向の再現性についても検討を行った。マイクロホン間隔の違いによる方向推定精度の検討結果例も併せて図4に示す。
 500 Hz 以下の周波数については、マイクロホン間隔を変化させても推定精度にほとんど違いが見られない。 一方、1 kHz 以上については、間隔が広くなるほど、より低い周波数の散布図からばらつきが見られるようになる。また、マイク間隔5 cm の4 kHz、10 cm の2 kHz、 20 cmの1 kHzを比較すると、概ね各帯域で推定精度が同程度である様子が見てとれ、高周波数帯域の方向推定精度は波長とマイクロホン間隔で整理することができることが分かる。これらの検討結果を踏まえ、マイクロホンユニットをできる限り短い間隔で組み上げ、小型の6 ch マイクロホンを開発した。

図4 6ch マイクロホンによる音波到来方向の推定結果

3 交通騒音の収音・再生
 6 chマイクロホンを用いて交通騒音を収録し、ヘッドホン再生による空間音響シミュレーションを試みた。

3.1 鉄道騒音
 在来線鉄道の線路沿いの歩道において収録を行った。図5に収録場所の概要、線路に沿って東向きに歩道を歩いていることを想定して、顔を東に向けた条件でのシミュレーション用の音圧波形、6 chマイクロホンの出力信号から求めた音波到来方向を示す。音の到来方向の時間変化を見ると、音源が270°方向(西)から90°方向(東)へ移動している様子が見てとれる。また、観測点の横を車両が通過している間、到来方向が0°付近(北)に続く様子も見られる。シミュレーション用の音圧波形を見ると、電車が受聴者の左側を通過するため、左チャンネルの信号が右チャンネルの信号よりも振幅が大きくなっている様子が確認できる。

図5 鉄道騒音の収録例

3.2 道路交通騒音
 片側1車線の道路脇の歩道で収録を行った。図6に収録場所の概要、東向きに顔を向けた条件でのシミュレーション用の音圧波形および音の到来方向を示す。音の到来方向を見ると、バイク通過時に270°方向から90°方向、それに続く2台の乗用車通過時に90°方向から270°方向へ音源が移動していることが分かる。受聴者に対して、道路が右側となるため、シミュレーション用の音圧波形は、いずれの音源についても右チャンネルの振幅が若干大きくなっている。

図6 道路交通騒音の収録例

3.3 航空機騒音
 着陸経路の直下において収録を行った。図7に収音場所の概要、東向きに顔を向けた条件でのシミュレーション用の音圧波形および音波到来方向の時間変化を示す。 音の到来方向を見ると、17 秒付近で方位角が330°から 150°へ急速に変化し、仰角が90°に近い値を示しており、この時刻に航空機が頭上を通過したことが分かる。 音圧波形を見ると、左チャンネルは頭上通過前、右チャンネルは頭上通過後に最大の振幅が生じている。

図7 航空機騒音の収録例

4 まとめ
 特殊な再生システムを必要としない「簡易な空間音響シミュレーションシステム」について概要を紹介した。シミュレーション用の信号については、波形を見ただけでは左右チャンネルの信号の違いは分かりづらいが、ヘッドホンを通して可聴化することで、音源の位置や移動方向を概ね判断することが可能である。現在、屋外で様々な気象条件において収録を可能とするため、小型 6 chマイクロホンを全天候型ウィンドスクリーンへ装着可能とする改良を行っている(付録)。また、本手法を数値解析結果の可聴化に適用し、数値解析で想定した音場について空間音響シミュレーションを行うシステムについて検討を進めている[6]。今後も引き続き様々な音環境について収録を行い、簡易な空間音響シミュレーションのための可聴化データを公開していきたいと考えている。

参考文献
[1] 横田他,音講論(春), 955- 958 (2015).
[2] T. Yokota et al, Proc. InterNoise, in15_526 (2015)
[3] S. Yokoyama et al, AST, 23, 97-103 (2002).
[4] H. Yano et al, Proc. InterNoise, in08_518 (2008)
[5] 羽入他,音講論(秋), 1149-1152 (2008).
[6] 横田他,音講論(春), 961- 962 (2016).

(1) マイク間隔可変型
(2) 全天候対応型
付録 6ch マイクロホン試作例

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