2007/10
No.98
1. 音に心を 2. inter-noise2007 3. コオロギ容れ

4. 第29回ピエゾサロン

  5. オージオメータ AA-74
 
 第29回ピエゾサロン

顧 問  深 田 栄 一

 2007年4月24日に小林理研で第29回ピエゾサロンが開催された。AustriaのLinzにあるJohannes-Kepler University のProf. Siegfried Bauerが「Ferroelectrets and their Applications」の題目で講演された。

 従来エレクトレットは、FEP Teflonのように、半永久的に荷電した誘電体であって、圧電性や焦電性は持たないと考えられてきた。また強誘電体は、PVDFのように、電界を加えることによって双極子が配向し、分極状態では圧電性と焦電性を持つと考えられてきた。Bauer教授はCellular(有孔性)Polypropylene (CPP)を用いて強誘電エレクトレットが存在することを発見した。分極したCPPは500 pC/Nに達する大きな圧電率を持つ。

 講演はエレクトレットがなぜ圧電性を持つことができるかの説明から始められた。図1は均一な構造で負の電荷がトラップされたエレクトレットフィルムを示す。両面の電極には負電荷層からの距離に反比例した正電荷が誘起される。このフィルムに圧力を加えても、厚さが縮むだけで、電極の電荷の変化は起こらない。したがって圧電率dも焦電率pもゼロである。
図1 均一構造の電荷エレクトレット

 

 図2は不均一な構造をもつエレクトレットフィルムを示す。右の例は弾性的に軟らかい層と硬い層を積み重ね、その境界面に電荷をトラップした例である。このフィルムに圧力を加えると、二つの層の歪みが異なるために両電極の誘起電荷が変化し、圧電性と焦電性が出現する。軟らかい有孔性PTFEに硬いPFCBを重ねた二層構造のフィルムで600 pC/Nという大きな圧電率が観測されている。

 図2の左では、フィルムの内部に細長い空孔が多数存在し、コロナ放電によって、空孔の上下の面に正負の電荷がトラップされている。圧力を加えると、空孔の厚さが大きく変わるため、両電極に誘起される電荷が大きく変化する。Cellular Polypropyleneはこのような構造を持つために、大きな圧電率と焦電率を持つのである。
図2 不均一構造の電荷エレクトレット

 

 図3は有孔エレクトレットが強誘電体的な誘電ヒステレシスを示す機構を示す。加える電界を大きくすると、空孔内でプラズマ放電が起こり、トラップ電荷の符号が逆転する。そのため電極に誘起される電荷はヒステレシスを示すのである。エレクトレットが強誘電ヒステレシスを示す例は今までに無く、CPPで初めて強誘電エレクトレットが誕生したのである。
図3 エレクトレットがヒステレシスを示す機構

 

 有名な強誘電体ポリマーのPVDFでは、その分子がCF2CH2モノマーが重合したものである。図4の左に示すように、F原子の負電荷とH原子の正電荷で作られる双極子が分子内でつながっており、高電界を加えると同じ方向に回転配向して残留分極を作る。CPPのような強誘電エレクトレットでは、図4の右にように、空孔の対面に正負の電荷が存在し、巨大な双極子を構成する。高電界を加えると、空孔内の放電によって、この巨大な双極子の正負の電荷が交換されることが、ヒステレシスの原因である。また、空孔の厚さは外力によって容易に変化するため、圧電率が非常に大きくなる。
図4 PVDF(強誘電ポリマー)の微視的双極子とCPP(強誘電エレクトレット)の巨視的双極子

 

 図5は水晶(d11)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ポリフッカビニリデン(PVDF)、有孔性ポリプロピレン(CPP)のヤング弾性率と圧電率(d33)の比較を示す。CPPのd33の値はPVDFの10倍以上あり、圧電セラミックPZTよりも大きい。柔らかいポリマーセンサーとしては最高の値である。歪みあたりの分極を現す圧電率e33の値はd33と弾性率の積で表されるが、その値はmC/m2の単位で、CPPでは0.4‐1.2、PVDFでは40、PZTで18000となり、CPPをそのままアクチュエーターとして用いることは難しいと思われる。
図5 ヤング率と圧電率(d33)の比較

 

 CPPの軟らかさと高い圧電率を用いる応用はすでに多数開発されている。非接触型超音波イメージング、超音波受音器、座椅子センサー、高面積床センサー、楽器ピックアップ、広帯域マイクロホンなどが例である。

 図6はCPPとアモルファスSi電界効果トランジスタ(FTT)を組み合わせた、大面積で可撓性のあるセンサーの原理図である。厚さ50μmのポリイミドフィルムの基板の上に、厚さ70μmのCPP強誘電エレクトレットを1‐5μ厚のエポキシ樹脂で接着してある。フィルム状の圧電スイッチ、圧力センサー、マイクロホンなどに応用することができる。
図6 ポリイミドフィルムの上に強誘電エレクトレットとトランジスターを接合したセンサー

 

 多くの質問に熱心に対応されるBauer教授の真摯で重厚な人柄に感銘を受けた。図はすべて講演から引用させていただいたものである。
Johannes-Kepler Univ. Siegfried Bauer教授 講演

 

文献
 S.Bauer, Piezo, Pyro,and Ferroelectrets, IEEE Trans.Diel.Elec.Insl. vol.13,p.953-962, 2006.

 

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