2007/10
No.98
1. 音に心を 2. inter-noise2007 3. コオロギ容れ 4. 第29回ピエゾサロン
  5. オージオメータ AA-74
 
 音 に 心 を

騒音振動第三研究室 室長  加 来 治 郎

 生命の誕生以来、地球上のほとんどの生物は己の持つ情報をDNAを通じて子孫に伝えてきた。生物が進化(変貌)するためにはダーウィンの唱える自然淘汰かDNAの突然変異を待つほかなく、それこそ気の遠くなるような年月を要してきた。これに対し、声帯と耳を持った人類は、初めて言葉によって情報の伝達を行うことができるようになり、これによってきわめて短い時間の内に飛躍的な進歩を遂げることができた。もちろん、原始の時代の祖先の言葉は「NO」や「OK」を表す程度のごく限られた情報であったかもしれない。それでも、幼児のときに母親から「駄目っ」ときつく言われれば、遺伝子情報の操作を受けるまでもなく、事の善悪が脳裏に刻み込まれたはずである。

 より多くの情報を伝えるため、言い換えればより複雑な音声を発することができるように、のどに食べ物が詰まる危険性や頭が体から離れる不安定さを顧みず、人類はあえて首を長くする道を選んだ。お陰で声帯の動く範囲が拡がり、副作用としての肩こりに悩みながらも他の生物には見られない低音から高音まで広い音域の音声を我々は発することができる。原人の時代からすればたかだか100万年程度であるが、その間の首の伸長がDNAの変化によるものか自然淘汰によるものかは定かではない。いずれにしろ、人類の発する音声が多くの情報を有する言葉となることによって、地球時間からすればそれこそ一瞬の内に現代文明が生まれたといっても過言ではない。

 ところで、音声による情報の伝達は人類の専売特許ではない。動物や鳥も音声(鳴き声)によりしっかりと意志の伝達を行っている。鳥の鳴き声には地声(コール)とさえずり(ソング)の2種類があり、ハシブトカラスは数十種類のコールを使い分けているそうである。これに対して主に求愛行動のために発信されるソングの方は数種類と少ない。愛に言葉は要らぬというところであろうか。一方、哺乳類の意志伝達はより高度で、例えば、イルカ語の研究者によれば、彼らは簡単な会話とも言えるようなコミュニケーションを行っているらしい。その言語体系が解明できれば、我々との意思の疎通もできるはずであるが、残念ながらそこまで解析は進んでいない。とはいえ、ミンククジラがイワシの大群を追い込んで一斉に捕食する様を見れば、少なくともリーダーが「1,2,3,それ!」くらいの合図は出しているに違いない。

 音声を媒体とする言葉によって我々は文字以上の情報を得ることがある。声の大きさ、イントネーション、テンポ、などからたとえ電話であっても話し手の心の内を読むことができる。このような能力は生後まもない乳幼児にも見ることができ、自分に向けた母親の話しかけには興味を示すが、大人同士の母親の会話にはあまり関心を示さない。誰に教わるわけでもないこのような能力はDNAが受け継いできた遺伝子情報の賜物である。言うまでもなく、音に心が備わっていなければ、なかなか意を汲んでもらうことは難しい。自分の発する音に心を込めたいものである。

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