2007/10
No.98
1. 音に心を 2. inter-noise2007 3. コオロギ容れ

4. 第29回ピエゾサロン

  5. オージオメータ AA-74
      <骨董品シリーズ その64> 
 コ オ ロ ギ 容 れ

理事長  山 下 充 康

 真夏の関西への旅で味わう音風景の一つにクマゼミの大合唱がある。新大阪の駅に降り立つと関東では聞くことのないクマゼミ独特の突き刺さるような音に包まれて、関西に来たことを強く感じさせられる。蝉の声、とりわけクマゼミの声は強い夏の陽射しと猛暑がよく似合う。暑苦しい音かもしれない。

 夏が去って秋の気配が感じられる頃になるとそこここに集く(すだく)秋の虫の声が聞かれるようになる。松虫、邯鄲、クツワムシ、鈴虫、コオロギ、キリギリス・・・。草むらや庭の片隅から聞こえるこれらの虫の発てる音は秋を告げる「季節の音」として日本では昔から愛されている音の一つである。欧米人の音感性ではこれらの音は好かれない音であるとのことである。欧米人たちにとっては秋の虫の声だけではなく蝉の声も騒音の仲間になるらしい。「岩にしみいる蝉の声」に「閑けさ」を感じ取る日本人の音感性には興味深いものがある。
(虫の声:鳴き声ではないが、ここでは「鳴く」「声」という用語を使わせていただくことにする。)
図1 骨を利用した筒状の容器

 

 中国、上海の骨董店で20cmほどの長さの棒状の奇妙な品物を手に入れた(図1)。馬か牛のような大型の動物の大腿骨であろうか、太い骨を利用した筒状の容器で、片端には木製の蓋が取りつけられている。木の蓋には一部に石か貝か動物の骨に透かし彫りが施された円盤がはめ込まれていて梅の花と鶯のような小鳥が刻まれている(図2)。本体の胴の部分は内側がきれいに仕上げられ(図3)、外側には扇を手にした中国の女性が二人、線彫りで描かれている(図4)。
図2 蓋に彫られた花と小鳥
図3 容器内部

 

 コオロギを入れて持ち歩くための容器である。
図4 胴に描かれた中国美人二人


 清朝最後の皇帝、満州国の皇帝「愛新覚羅 溥儀」の一生を映画化した「ラスト・エンペラー」の中でコオロギ容れが効果的に使われている。コオロギ容れが登場する場面は二箇所。はじめに登場するのは溥儀の即位式。荘厳を極めた即位式。静まり返った広場、甲冑に身を固めて居並ぶ兵士の一人の懐中で突然コオロギが鳴き出す。幼い溥儀は即位式の緊張の中でコオロギの声に救われたように幼児の表情を取り戻し「コオロギだ!(cricket!)」と叫んで兵士に駆けよる。兵士が懐から取り出すのがコオロギ容れである。大きなコオロギが這い出してくる。二回目に登場するのは最後の場面で、観光遺跡と化した紫禁城の玉座の隅からすっかり年老いた溥儀がコオロギ容れを取り出して少年に手渡す。少年が蓋を取るとコオロギが這い出し、顔を上げると溥儀の姿はスクリーンから忽然と消えている。日本政府が仕立てた傀儡の満州国皇帝として生涯を過ごした溥儀を小さな容器に閉じ込められて鳴き続けるコオロギに象徴させたようにも思える。

 中国でもコオロギの声を愛でたらしい。懐中にコオロギを持ち歩くというのは中国ならではの習慣であろう。
 件のコオロギ容れは、骨を用いているので重い。重いのを嫌って竹を利用したものや、細い竹ヒゴで編み上げた小さな笊(ざる)のような容器もある。コオロギの鳴く音を楽しむ習慣は東洋に馴染むのかもしれない。

 甕で鈴虫を飼育して秋の音を楽しむことも古くから日本で培われた興味深い風習である。京都嵐山には「鈴虫寺」というのがあって本堂に飼われている無数の鈴虫の声に驚かされる。
 鈴虫は甲高くて神経を突き刺すような鋭い音を発てる。鈴虫の学名はHomoeogryllus japonicus。「Japonicus」とされているから日本固有の虫らしい。ガラスを砕いてかき混ぜると鈴虫の発てる音と同じ周波数構成の音がする。甲高くて個人的には好きな音ではない。

 鈴虫の声に比べるとコオロギの声は甲高くなくて耳に優しい。特に寸法の大きなエンマコオロギが発てる音は落ち着いた響きがある。
 とはいえ、コオロギの黒光りする羽根の様子は嫌われ者のゴキブリに似ているのが気に入らない。ゴキブリがコオロギのようにコロコロと鳴いたとしたらさぞかし奇妙な状況になったことであろう。

 猛暑の夏の終わりに秋の虫雑感を披露させていただいた次第である。

 

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