1995/4
No.48
1. 所長就任のご挨拶 2. 地震のデシベル値 3. 自動演奏楽器 4. 超音波診断装置UX-02
 
 地震のデシベル値

騒音振動第二研究室 室長 横 田 明 則

1.はじめに
 日本中を恐怖に戦のかせた阪神大地震が1995年1月17日早朝に発生してから2ケ月半が過ぎました。被災された方々には心よりお見舞を申し上げます。国分寺の地にある小林理研に勤めて20数年経つ著者には、震度2あるいは3程度の地震では驚かない程度には慣れました。しかし、震度6あるいは震度7の地震とはどのようなものか。被災地の惨状を新聞の報道写真、テレビの報道ニュースで見るにつけ、ただただ自然の力の前には人間の無力さを感じるだけです。日常業務として、公害振動の計測・評価に携わっている者にとっては公害振動の大きさと比較しながら地震の恐怖を考えて見るのも一つの機会ではないかと思い新聞・テレビで得た情報を基に考察して見ました。

2.地震のdB値
 既に周知のように日本では道路交通、工場、建設作業によって引き起こされる公害振動はその鉛直方向の大きさが振動規制法で制限されています。また、この種の振動源に対しては十分とまでは言えないにしても防止の手法があります。一方、地震の振動源に対する防止対策ということはまず聞いたことがありません。構造物の耐震設計でも、従来は横方向の地震による振動に対して考えられていたものが、今回の地震では縦方向の振動も問題だったようです。この縦方向の振動の大きさが、震度7galの加速度を記録している例もあったようです。この600galというとてつもなく大きな加速度をもたらした地震とはどのようなものだったかを公害振動の評価量と対比して考えて見ます。まずはじめに、公害振動の評価に用いられている振動レベルとの対応を考えるために地震の周波数を推定します。600galの加速度をもたらした地域では、10cm以上にも及ぶ地盤の変動があったようです。仮に、変位10cm,加速度600galとして地震の周波数を計算する[加速度=(2×π×周波数)2×変位]と1.25Hzとなります(図1)。600galの振動を加速度レベルで表示しますと115dBになります。さらに、振動レベルはJIS C 1510「振動レベル計」の鉛直方向の周波数補正を行うと110dBとなります。図2は周波数を1.25Hzとしたときのgal(cm/s2)とdBの関係を表わしています。図3には震度階とガルおよび周波数を1.25HzとしたときのdB値の関係を示します。

図1 振動加速度と周波数の関係
図2 ガルと振動レベルの関係
図3 震度階と振動レベルの関係
(周波数:1.25Hz)

 ところで、振動規制法における規制基準値は60dB前後の値となっていますが、この値はISO 2631によると人間が振動を感じ始める大きさ(感覚閾値)と考えられています。ガルで表わすと、1.25Hzでは1.78galになります。振動に対する人間の反応は公害振動の分野でも相当に厳しいものがあり、60dBを10dB程度も上回るような振動を建物の中で受ける上、「地震の様な振動」と表現される苦情になることもあります。振動レベル10dBの増加はガルの大きさでは3.16倍大きくなることで、振動レベル70dBの1.25Hzの振動は5.6galの大きさになります(震度2程度に相当)。感覚的には約4倍くらい大きい振動と感じます。今回の阪神大震災の被害は苦情が出るような公害振動よりも100倍以上もの大きさ(感覚的には250倍以上)であったことを考えるとその壮絶さを改めて認識させられます。コメディアンの間寛平氏が地震直後のインタビューに応じて「床下から怪獣に襲われたようだった。」と表現していましたが、正に実感ではないかと考えます。

3.振動の人体への影響
 今回の大地震は多くのビル、道路・鉄道等の構造物に多大の損害をもたらしてその恐ろしさをいやというほど見せつけました。一方では、果たして地震の揺れによって体に障害を被る人々がいなかったのかと危惧されます。確かに、家屋の倒壊、家具転倒等の事故で大勢の方が死傷しましたが、人々ヘの揺れそのものの影響はどうだったのか。勿論このように大きく振動しているようなときには動き回ることなどほとんどできません。
ISO 2631は作業環境での人体への振動暴露の限度を規定しているものですが、JIS C 1510はこの規格の感覚補正特性を用いた振動レベルを定義しています。
 ISO/TC108は10年以上にわたって、ISO 2631の内容を改訂するための検討を行ってきました。改訂規格は付録の中で健康被害と振動暴露の関係についても言及しています。図4にはその関係を示します。この図は、振動による健康障害上振動の暴露時間および大きさの関係を示すもので、4〜8時間の振動暴露で得られた調査結果を振動の大きさと暴露時間の関係を表わす二つの式に当てはめて得られたものです。二本の間の大きさ以上の振動を座った姿勢で日常的に暴露されると健康被害を起こす危険性を示しているものです。特に、腰椎やそこに繋がっている神経系に障害が起こる危険性があるとしています。
 ところで、図4で、y軸上にプロットされている振動の大きさは数十秒の非常に短い暴露時間に対応しますが、500gal(5m/s2)の振動の大きさは腰椎等に障害をもたらす危険性があることを示しています。もっともこのように大きい振動を人体に暴露して実験を行うことはできません。規格にもこの関係を裏付ける十分なデータはないとしています。しかし、今回のような大地震の二次被害を考慮した場合には、避難行動等の側面から振動が人体へ与える影響について十分に検討されなければならない課題と考えます。もっとも規格は座っている人への影響であり、横になっている人への影響は不明としています。もし、地震の発生時間が昼間の時間であったならば、振動障害によって逃げ遅れる等のことでより多くの二次災害が生じた危険性があったのではと考えると寒気を感ぜずにはいられません。

図4 振動暴露と健康障害の関係

4.おわりに
 今回の大地震を公害振動との対比で考えてきましたが、振動レベル計を規定しているJIS C 1510の根拠となっている国際規格ISO 2631が今年度中には改訂されます。将来、JIS C 1510がISOの改訂内容と整合されて周波数補正曲線を公害振動の評価に適用することになれば、従来よりも厳しく振動を評価することになって行きます。ISO 2631の改訂作業が終了しましたので、次には建物内部での振動評価を規定している規格も改訂作業が開始されます。振動の人体影響について記述しているこれらの規格を公害振動の評価を行っていく上でも多少なりとも念頭に置くことで−あってはならないことですが−地震時の行動に対する判断材料になるものと考えます。

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