1994/4
No.44
1. 個人的に"謎"めいた北京への旅 2. 電磁型オシログラフ 3. 新時代の防水式補聴器HB-54
       <骨董品シリーズ その21>
 電磁型オシログラフ

所 長 山 下 充 康

 今から三十数年前、小林理学研究所の研究生であった時期、フォト・トランジスタを使った実験装置の試作に取り組んでいた。当時、フォト・トランジスタは先端的な光センサーとして魅力的な存在であったが、残念ながらその性能は感度、S/N比ともにかなり粗末なものだった。そんなフォト・トランジスタの光電機能を効果的に引き出すために集光用の円筒レンズが必要になったことがある。

 廃棄処分された機器類が収納されている物置のような部屋があって、実際に何かが必要になった時にはそこを探すと意外に目的にぴったりの部品を見付けることができたものだった。いわゆる[ジャンク部屋]である。今日のように希望する品物を容易に入手できる時代ではなかったから[ジャンク部屋]は部品の宝庫のような存在だった。

 [ジャンク部屋]で挨だらけになりながら円筒レンズを探したおり、部屋の片隅に黒い金属製の箱型の装置が幾つか無造作に積み重ねられていて、その内部に円筒レンズが組み込まれているのを見つけることができた。シメタとばかりにそれらの箱の中から円筒レンズを取り外して実験に利用したが、円筒レンズに平行して四角柱状の回転鏡が添えられていたから、今になって振り返れば、円筒レンズが組み込まれていた装置は「電磁型オシログラフ」の光学部分であったらしい。

 同じ形状の装置がゴロゴロしていたから、ある時期、何台もの「電磁型オシログラフ」が廃棄処分されたものと推測される。幾多の研究の推進に利用された「電磁型オシログラフ」だが、ブラウン管オシロスコープの普及とともに第一線を退いてジャンク部屋入りしたものであろう。

 往年の名器もジャンク部屋に入れられてしまうと薄汚れた廃棄物の一つでしかない。いつしか部品が散逸して影も形もなくなってしまった。真に惜しい。

 「電磁型オシログラフ」は骨董品シリーズに最も登場させたかった計測器の一つである。それらが一台残らず廃棄処分されて姿を消してしまったことが、今になっては大いに悔やまれる。

 このシリーズで「バルクハウゼンの騒音計」を青空骨董市で偶然に発見した話を紹介したことがある。以来、「電磁型オシログラフ」に出会うのを楽しみに骨董市に足を運んでいるが、柳の下のどじょうで、そう都合良く巡り合えるものではない。

 以前からわれらが音の博物館の展示品に「電磁型オシログラフ」を加えたいものと願っていたが、この度、このニュースを読んでおられる方のお一人から「処分するつもりの旧い機械の中に電磁型オシログラフがある」とのお話をいただいた。そしてご提供いただいた装置は処分される運命にあったとは思えないほど丁寧に手入れの行き届いた品物であった。殆ど欠損部品がなく、ほぼ完全な姿の「電磁型オシログラフ」を入手できたことで、われらが「博物館」に花形的な展示物が加わったことになる。

 スイッチのツマミなどの可動力部分や文字盤などには塗装の表面が磨耗した部分があって、これが頻繁に使われていた計測器であることを物語っている。
 「電磁型オシログラフ」の全体像を図1に示した。昭和20年代初期の製品である。この写真を見て、懐かしく感じられる方々も少なくあるまい。

図1 電磁型オシログラフ

 旧い参考書をひもといたら「電磁型オシログラフ」について以下のような記述がなされていた。

 「オッシログラフ」は電気回路における電壓や電流の値、或いは其の時間的變化を波形にて表はし、又此れを撮影して記録する測定器であって、過渡現象、其他複雑なる現象の観察、並に測定に必要缺くべからざるものである。(昭和17年昭晃堂発行、電気及び高周波測定実験法)」

 さて、「電磁型オシログラフ」の本体であるが、長方形の「抵抗箱」の左右に「光學箱」と「檢流計箱」が載せられ、これとは別に「モータ」と「變壓器箱」のセットが添えられている。ここでは「電磁型オシログラフ」の動作と機能について詳しく記述するのは控えるが、原理的には電流感知ユニット(検流計=振動子)に小さな反射鏡が取り付けられていて、反射光線が映し出す光点の動きによって電流や電圧の時間変化を捉らえようとするものと考えれば良い。

 「光學箱」には光源の電球やプリズム、円筒レンズ、スリット、回転鏡、タイミングランプなどが組み込まれている。これに写真撮影用のフィルムドラムとシャッター操作部が付属していて、モータによってベルトドライブされる。光源の強さやモータの回転速度は「變壓器箱」を換作することによって任意に設定することができる。

 「檢流計箱」には三組の振動子エレメントが組み込まれている。以下は前述の参考書から引用した振動子の構造についての説明部分である。

 「圖(図2)は電磁型オシログラフの振動子の構造を示するものであって、N、Sは耐久磁石、a、bは測定する電流、或いは電壓に比例した電流を流すストリップ、B、Bはストリップを一定の長さに支へる様にした絶縁支持臺、Iは絶縁滑車、Sはストリップに加えられた張力を加減する弾絛である。ストリップa、bには圖に示された様に一つの反射鏡Mが取りつけてある。」

図2 振動子の構造

 振動子の外観を図3に示した。振動子エレメントはこの装置の心臓部であるから、立派なケースに丁寧に収められている。実験の都度、これを「檢流計簿」の所定のマガジンに挿入することになっている。

図3 箱に収められた振動子の外観

 振動子は機械的に作動するので、固有振動数と慣性の影響をいかに抑制するかが大きな問題であったらしい。計測の対象に見合う特性を持った振動子を運ぶことも実験を遂行するさいの技術的なポイントであった。

 振動子の慣性を抑えるために適度な粘度の制動油が使われた。振動子エレメントを挿入するマガジンは制動油の油壷になっていて、振動子エレメントは制動油の中に浸って作動する。制動油にはヒマシ油や流動パラフィンが使われた。油を十分に馴染ませないと反射鏡に気泡が付着して輝点が不鮮明になったり振動子が正しく作動しなかったりするので、振動子エレメントの取付けにも細心の注意が必要だったらしい。

 前述の参考書にいわく、「オッシログラフの装置取扱方法は各製造者に依り多種多様である。然し要するにその主要装置は次の様に分けられるものであって、 (a)振動子の構造とその配置、(b)光源及び光學系装置、(c)波形觀測装置、(d)寫眞撮影装置、(e)瞬時現像撮影装置

 即ち此等に就いて系統的に型録、参考書等に就いて豫備知識を作り此れを調べれば自ら理解される。

 然しその調査に當ってはオッシログラフ装置の各部は相當に精細に作られて居るから實物に就いて不用意に手を觸れたり、又濫りに調節部分を動かす等のことは慎しまねばならぬ。豫備知織を得た後、充分に注意して取扱ひ、此れを使用する様に注意せねばならぬ。

 近年の計測装置は堅牢に作られていて取扱も容易であるから、誰が操作しても滅多なことで壊れない。便利になったことは大いに喜ばしいが、科学する姿勢には「不十分な予備知識で不用意に手を觸れたり、又濫りに調節部分を動かす等のことは慎しまねばならぬ。」と注意されるような計測装置の方が似合うような気がする。

 稿を結ぶにあたり、貴重な骨董品を提供していただいた東京大学生産技術研究所 大野進一教授に厚く御礼申し上げます。

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