1992/10
No.38
1. 拡声機騒音(暴騒音!?) 2. 遮音壁構造開発の最近の動向 3. 人工鼓膜の看板 4. インターノイズ’92に参加して
       <研究紹介>
 遮音壁構造開発の最近の動向

 建築音響研究室 室長 小 川 博 正
                  吉 村 純 一

1.はじめに
 近年の超高層ビル化の勢いには目覚ましいものがあり、ホテルやオフィスビルだけでなく住宅についても、20階を越える集合住宅もさほど珍しいものではなくなりました。この様な建物の高層化に伴い壁構造の軽量化が進み、施工性への配慮も相俟って、乾式の二重壁構造が採用される機会が増えております。
 共同住宅の場合には、建築基準法第30条の2(昭和45年)により界壁の遮音性能とし、表1に示す透過損失を確保することが要求され、それを満足する具体的な壁構造として一般指定断面が示されております。

表1 評定基準値

 また、指定断面以外の壁構造については、界壁の遮音構造として個別に指定を受けるシステムが、建設省告示第108号(昭和46年)に定められており、これまでに180件(平成4年8月現在)を上回る遮音構造が、遮音構造評定委員会の適否の審査を受け、個別指定の遮音構造として認定されております。
 図1は年度別の認定件数を示したもので、ここ数年の認定件数は増加しており、壁の単位面積当たりの重量と遮音性能で整理した図2からも、近年の軽量化、高性能化の傾向がうかがえます。

図1 年度別の認定件数
 
図2 壁重量と遮音性能の動向図

2.遮音構造の個別指定
 遮音構造評定委員会には、より適格な審査を行なうため、上記の条項を補足する幾つかの内規が設けられております。例えば、125Hzと500Hz、500Hzと2000Hzの間は透過損失の値を直線で結び、かつ2000Hzの値を4000Hzまで延長した基準曲線を設け、これを下回る性能については指定構造として認可されません。
 委員会では遮音性能だけでなく、認可された壁構造が安定した性能を維持するのに必要な構造上の適性、施工性などについても詳細に議論し、適否が判定されます。ここ数年、高性能な遮音構造が開発されるにつれ、隙間、目地処理などの影響が遮音性能を左右する重要な要因となり得ることから、実験室と試験体の取合い部分に生ずる隙間の処理は、標準施工に明示される工法で処理して測定を実施することに徹底されることになりました。これまでは、試験体自身の性能を適格に把握するため、試料周辺からの迂回路伝搬を排除して計測するものと考えられがちでしたが、周辺処理も壁の性能の一部であるとし、より現場との対応を重視した計測条件を設定することになります(例えば2層張りの場合、下張りの周囲には無機質充填材を充填し、上張り材はシーリング材で仕上げる)。また、遮音欠損を引き起こしやすい壁構造についてのスイッチボックスに関する付帯条件や、実際の現場では1/1オクターブバンドで計測される室間音圧レベル差との対応を補足するため、100Hzと5000Hzの計測結果も評定書に明記されるようになったことなどもその現れといえます。これらは、基準曲線にギリギリの遮音構造が実際の現場で所期の性能を確保できるよう配慮するだけでなく、基準曲線を大きく上回る遮音構造であっても、その性能を確実に維持できなければならないということが基本姿勢になるものと考えられます。
 この様な厳しい審査を経て認定された壁構造であるとの信頼性から、共同住宅の界壁だけでなく、これとほぼ同等に扱われるホテルの間仕切壁、或いは本来遮音性能上法的な制約のないオフィスビルの間仕切壁においても、認定の適否が性能保証上の拠り所として広く利用されると聞いております。また、共同住宅ではプライバシー確保の点からも、高性能な遮音構造の要求はますます増加するものと思われ、軽くて遮音性能が高いという相反する要求を実現すべく多くの検討が望まれております。以下に、これまで個別認定を受けた遮音構造について、構造要因と遮音性能の関係などを整理し、比較・検討を行った結果を紹介します。遮音構造の開発や施工性、性能の安定性等を検討する上での参考となれば幸いです。

3.壁構造と遮音性能
 壁構造の遮音性能を左右する主な要因には壁厚や質量、二重壁構造では面材の支持方法や空気層の厚さ、そして多孔質充填材の有無などを挙げることができます。ここでは、これらのパラメータと遮音性能の関係を既存のデータを使って整理し、幾つかの傾向を抽出することを試みました。なお、遮音性能の評価には便宜上、音響透過損失TLのD数を用い、扱ったデータは遮音認定番号1〜187さらに全体の傾向を補足するため遮音性能の低い単純な壁構造のデータなども追加されております。
 図3は、壁の単位面積当たりの質量と遮音性能の関係を示したもので、図中の破線の付近に集中している単層壁の両者の関係に比べて、二重壁のそれはかなり急な傾斜になっていることが解ります。よって、軽くて遮音性能の高い壁構造としては、二重壁構造にならざるを得ないものと考えられ、図中の記号の種別から独立構造でグラスウールなどの多孔質充填材を用いた構成が有利であることなどがわかります。

図3 面密度と遮音性能

 乾式の二重壁構造に限った場合、両側の面材の質量と空気層のバネによって生ずる低音域の共鳴透過現象によって遮音性能が大きく左右されるため、図4に示すように共鳴周波数Frがより低い周波数になるような壁の構成を設定することが要求されます。無論、壁構造は遮音性能だけで決められるものではなく、様々な必要条件を考慮しなければならないことはいうまでもありませんが、遮音性能以外の付加価値に配慮しつつFrが低い周波数領域にくる構成が選定されるべきです。これには、面材の質量と空気層を大きくする必要があり、例として示した図5の関係などから所要の遮音性能に対する大まかな数値を参照することができます。なお、これらの図から認められる傾向として、多孔質充填材を使用しない構成、あるいは共通間柱構造にはTLのD数が50を越えるものがほとんど無いことなどが注目されます。

図4 低音域共鳴周波数と遮音性能
 
図5 所要遮音性能と面密度及び空気層

 図6は透過損失の周波数特性を重ね書きしたもので、横軸は低音域の共鳴周波数Frで、縦軸は面密度で基準化してあります。共通間柱構造か独立構造があるいは多孔質充填材の有無などの壁構成によって仕分けすると、比較的まとまりがよく、それぞれの壁の構成方法の特徴を相互に比較することができます。紙面の関係ですべての組み合わせを示していませんが、面材の弾性支持の影響(効果の有無に差がある)や多孔質充填材の効果 (共通間柱構造よりも独立構造での効果のほうが大きい)などを読み取ることができます。

図6 壁構成別透過損失の周波数特性

 また、乾式の二重壁構造では比較的薄いボードで壁を仕上げることが多く、目地を違えて隙間が生じ難くしたり、単層では面材が厚くなりコインシデンス周波数が低くなりすぎるのを避けるための方策にもなります。この様な場合には、コインシデンス効果による影響を軽減するため、図7に示すように面材を異種異厚で組み合わせるのが明らかに有利で、張り合わせることでコインシデンス周波数を分散し接触面での内部損失を期待することができます。それには面材の張り合わせ方が重要で、両者が完全に一体化するような接着方法は避けなければなりません。

図7 面材の重ね張りの影響

4.おわりに
 ここでは、壁構造の建築的なパラメータと遮音性能の関係を一般的な傾向として捕らえ、今後の壁構造開発の参考資料として紹介しました。個別のケースでは全体的な傾向とは相反するものも考えられ、具体的な壁構造の開発にあたっては個々の材料・構造について条件を絞った詳細な検討も必要と考えます。また、壁構造の遮音メカニズムには、ここで取り扱った以外にも多くの要因が介在し、特に二重壁構造は複雑なものとなります。それだけに遮音構造の開発には実験的情報を拠り所とした、多くのデータに基づく要因解析も重要な手段の一つになるものと考えられます。
 なお、ここでの検討には実際の所要条件に応じた最適な壁構造を選定するのに最も重要なファクターとなる経済性・施工性の面での項目が抜けておりますが、使用した図はすべて公表されたデータに基づくもので、遮音構造の開発だけでなく壁構造の選定にも利用できるものと考えております。

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