1992/7
No.37
1. 夏の音雑感 おくのほそ道 2. 作業環境の振動に関するアンケート調査 3. ふいご型緊急用信号機 4. レーザー光源パーティクルカウンターKC-21Aの開発
       <技術報告>
 レーザー光源パーティクルカウンターKC−21Aの開発

リオン株式会社 環測技術部 1G 松 岡 政 納
                      松 田 朋 信

1.はじめに
 NHKがシリーズものとして昨年末から今春へかけて放送した「電子立国・日本の自叙伝」という番組を御覧になりましたか。日本のマイクロエレクトロニクス産業の生い立ちから成長へのプロセスを現場に立ち会った人々の回想を交え、生き生きと描き出した出色の番組でした。
 番組の中で、かなりの比重を占めて語られたのが汚染(コンタミネーション)との戦いです。現在、サブミクロン(1マイクロメートル以下)のマイクロデバイスを扱う半導体製造工場(クリーンルーム)は、おおよそ大型のバケツ1杯(1立方フィート、約28.3リットル)の空気中に0.1ミクロンより大きなチリの存在確率が1個以下となるような、超クリーンな環境に保たれています。パーティクルカウンターはこの極度に厳格な清浄空気のクオリティモニターです。

KC-21Aの外観

2.動作原理
 パーティクルカウンターは、内蔵しているポンプによって試料空気を一定の流量で吸引し細い噴流とした後、レーザー光と交差させ(図1)、空気の中に浮かんでいる粒子1個1個が光線を横切る際散乱する光を光学系で集光した上、光電変換素子(フォトダイオードなど)によって電気信号に変換します。

図1 試料空気とレーザー光線との交差

 レーザー発振器はヘリウム・ネオンガスレーザーを使いますが、粒子の検出は図2のように光増幅器を挾んで対向した2枚の反射鏡により構成する光共振器の中で行っています。これは共振器外に取り出される光線に比べ、はるかに強い光を粒子に照射できるからです。

図2 ガスレーザー発信器と粒子検出域の位置

 光電変換素子から取り出されるパルス信号を模式的に図3に示します。粒子に照射する光線のエネルギー密度が空間内で一様ならば、散乱光量は粒子のサイズと一定の関係を持っていることを利用して、検出したパルス波高値から粒径を判定、また、パルス数(粒子1個1個に対応)と吸引した空気の体積から、単位体積あたりの粒子数を求めます。空気清浄度のクラス分けは、米連邦規格(Federal Standard)では1立方フィート中に存在する0.5μm以上の粒子個数で、クラス100、クラス1000というように表します。一方、1989年に制定されたJISは、1立方メートルあたり、0.1μm以上の粒子個数の10のべき数で表すことになっています。例えば、米連邦規格のクラス100はJISクラス5に相当します。

図3 パーティクルカウンターの電気信号

3.性能について
 パーティクルカウンターで大切なことは、空気中に浮遊している粒子の大きさを瞬時に見分ける機能です。しかし注意しなければならないことは、同じ直径の球形粒子でも、光学的性質によって光散乱の度合いが異なり、とりわけ光吸収性に強く依存するということです。図4は計算によって求めた粒子の光学的性質と応答パルス波高値の関係を表すグラフです。mは屈折率を、iは光吸収性を表します。土ぼこり、砂ぼこりは大雑把にいってm=1.6-0.1i程度と見積られています
 パーティクルカウンターの粒径分級機能は光吸収性がごく少ないポリスチレンラテックス(PSL)と呼ばれる高分子物質から作られた極めて均一な粒径を持つ粒子を基準として校正します。また、空気中のチリは一般に不整形で光学的性質もマチマチですから、パーティクルカウンターによって得た粒子サイズは物理量ではなく、金属材料の表面粗さや硬度と同様な工業量として取り扱います。
 KC-21Aは、0.11μmのPSL粒子を、後述するバックグラウンドノイズから完全に分離して検出できます。このどこまで小さな粒子を検出可能か、の性能を最小可測粒径と呼びます。
 粒子の大きさを見分ける能力と同時に大切なことは、粒子を見落とさないこと(計数効率)、また、粒子がないのに間違えて数えてしまう、いわばお手つき(偽計数)の回数が少ないことです。パーティクルカウンターの性能は日本工業規格JIS B 9921に規定があり、KC-21Aはそのすべてをクリアしています。

図4 パーティクルカウンターの粒子に対する応答性

 

4.開発の苦しみ
 図4からわかるように粒子が0.2μm程度以下になると、粒子サイズと応答パルス波高値の関係は、おおよそ10の6乗に近い値で減少します。つまり、散乱光による浮遊粒子計測は、検出対象が0.1μmに近づくと急激に難度が高くなることを示しています。
 透明な固体(ガラス)や液体(水)は、光(電磁波)が照射されると、物質を構成している原子、分子が分極し、双極子となって励起した電磁波と同じ振動数の波動を再放射しますが、各双極子から出る波の波面はほぼ完全に再合成されます。ところが、分子間距離が絶えず変動している気体(空気)の場合、1ml(1気圧)中、10の18〜19乗個のN2やO2の再放射光は再合成が不完全となり、散乱成分が生じます。この光線は、パーティクルカウンターにとって粒子を検出する上で邪魔な妨害光ですが、ほぼ定常的な直流光として光電変換素子以降の電子回路上の操作によって、消し去ることができます。ただし、それは照射光か安定な定常光の場合に限られます。
 厄介なことに、通常のガスレーザー発振光は、純粋な単色光ではなく、振動数がわずかづつズレたいくつかの光線の集合で構成されていて、このことが光ビームのエネルギー密度変動の原因となります。
 図5はKC-21Aのレーザー光を、ファブリ・ペロー型分光装置で分析したスペクトルグラムです。これを簡単に説明すると、温度変化などで光共振器長がごくわずか伸縮すると、スペクトルAとDはゲインカーブαに沿って大きさが変化し、発生、消滅を繰り返します。また、もう一つのゲインカーブβに依存するスペクトルBは、横軸(振動数)上をドリフトし、特定の条件ではモード競合を起し、やはり、光ビームエネルギー密度不安定の原因となります。

図5 レーザー光のスペクトル

 レーザービーム中の粒子照射領域を粒子がない状態で集光系側から観察すると、エネルギー密度が安定している状態では図6aのようになります(横軸は時間、縦軸は空気の散乱光強度)。0.1μm粒子による散乱光パルスの波高値は、このリップルノイズの尖頭値より、数倍の大きさですから、aの状態が維持できれば、0.1μm粒子を検出するのに支障はありません。ところが前述したレーザー光中のスペクトルの生滅、モード競合が発生すると、ノイズの振幅はたちまち図6b、cのように増大します。
 KC-21Aの開発はこのレーザー光の光ノイズ発生に悩まされ続けました。問題解決の詳細は割愛しますが、この障害を乗り越えた時点が開発のヤマ場でした。
 8ページにある写真はKC-21Aの外観で、重量は16kgです。

図6 レーザー光によるノイズ波形

5.おわりに
 半導体産業では、コンタミネーションコントロールを「清浄度管理」と意訳しています。製品の歩留まりは企業にとって死活問題ですから、半導体素子メーカーの清浄度管理に対する意気込みは大変なものです。最近の傾向として、空気から薬液・水ヘ、さらに材料ガス、反応槽内環境へと管理の範囲が広がっています。
 私達は、今後もこの分野の清浄度測定装置開発に取り組んでいきます。

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