1992/7
No.371. 夏の音雑感 おくのほそ道 2. 作業環境の振動に関するアンケート調査 3. ふいご型緊急用信号機 4. レーザー光源パーティクルカウンターKC-21Aの開発 <骨董品シリーズ その17>
ふいご型緊急用信号器
所 長 山 下 充 康
町の骨董店で不思議なラッパ(喇叭)を見掛けた(写真1)。手風琴型のふいご(鞴)の噴き出し口に首の長い金属製のラッパが取り付けられていて、古色蒼然たる姿で店の隅に無造作に転がされていた。管楽器にしては不細工な姿をしている。興味をそそられて買い求め、骨董品コレクションに加えた。
写真1 ふいご型緊急用信号器ふいごは、錬金術師の仕事場を描いた中世の絵画に見られるような手風琴型で、取っ手の付いた頑丈な二枚の木の板と革袋で作られている。革袋は穴こそ開いていないが外側は風化してぼろぼろである(写真2)。
写真2 ぼろぼろの革袋とラッパ片側の板の中央には小窓があって、パンチング・メタルの板がはめ込まれ、これが風袋への空気取り入れ口であって、小窓の内側には弁が取り付けられているらしい。取っ手を握って風袋を伸び縮みさせたら、ラッパの根元に仕掛けられているリードに空気が送られてブワーッと鳴った。けたたましい音である。大きいだけで、お世辞にも良い音色とは言えない音である。
板の部分に、赤く塗られた小さな金属板が貼り付けられている(写真3)。
写真3 赤い金属製の説明板
別に[SIEBEGORMNA & Co.Ltd.CHESSINGTON,SURREY]と読み取ることのできる文字が浮き出した楕円形の黒い金属板ががっちりと打止めされている。SIEBEGORMNA & Co.Ltd.は製造元の会社名らしい。SURREYはロンドンの南西に位置するイギリスの州名である。どうやらイギリスで作られたものと推測した。さらに楕円の縁に沿って細かい文字が刻まれていて、[MINE AND INDUSTRIAL SAFETY APPLIANCES]と判読することが出来る。
これらのラべルによって、どうやら、このラッパ付きふいごは鉱山やそれに類する作業場で災害が発生した時に使われる、非常時用の音響信号器であるらしいことが判明した。
落盤や炭塵爆発などの事故に巻き込まれた時には呼吸すら困難になることであろう。大声で助けを呼ぼうにも周囲は舞い上がる粉塵だらけで口を開けるのも侭ならない。ましてガスマスクを装着していれば声は出せない。頼りになるのは両手である。暗闇の中でも両手で簡単に換作ができる救命装置として、このふいごで鳴らすラッパが作業場のしかるべき場所に置かれていたことだろう。
頑強な作りで、われわれにはかなり重く感じるが、鉱山労働者の腕っ節は強いから、それほど苦労せずにラッパを鳴らすことかできたと考えられる。それにしても、ふいごの両側の板から突き出た取っ手は大きくて、日本人の手では握りにくい。これがどんな現場で使われていたのか知る由もないが、黒ずんだ色の板やごわごわの風袋は危険に満ちた坑道の緊張感を感じさせる。
赤い金属板に標されている救命信号表は簡潔である。使われている文字は総て大文字で、これらが浮き上がるように鈑金処理されている。暗闇の中でも指先の感覚によって判読することができるように配慮されているのかもしれない。
いつ頃の品物なのか不明である。現在の鉱山ではもっと合理的な緊急時の連絡方法がとられていることだろうが、昔はこの種の音による信号が有効に利用されていたに違いない。ふいごを使った類似の救命信号装置に足踏み式や手押しポンプ式があると聞いた(図1参照)。機会があればそれらも手に入れたいものである。
図1 ふいごを使った救命装置最近、ラグビーや自動車レースの観客が缶ビールほどの大きさのガスボンベにラッパを取り付けた道具で大きな音をけたたましく鳴らしまくっている光景を見掛ける。小さなボンベであるが、想像するよりも長い時間にわたってピィーピィーッと大音響を鳴らし続ける。痴漢撃退用の威嚇装置や音響救助信号器として使えるのではなかろうか。
脱稿後、図1上図の品を発見したので写真を掲載する。