1992/4
No.36
1. 欧米における騒音事情 2. 航空機騒音の到来方向の変化の検出 3. 小型振動個人ばく露計の開発研究 4. inter-noise'91 in SYDNEY 5. リアルタイムアナライザ SA-27を用いた自動測定のできる超小型残響時間計
       
 欧米における騒音事情

理事長 五 十 嵐 寿 一

はしがき
 日本における生活環境の騒音問題については、各種の対策が実施された結果、環境の悪化に一応の歯止めがかかり、懸念された状態は回避されたように思われるが、これからの人間活動の発展を考慮して将来の展望をしておく必要があろう。ここではとりあえず最近の文献を参考にして、欧米における騒音に関する最近の動向を取り上げてみることにする。

 ヨーロッパにおいては1993年に追った欧州共同体(EC)の発足に向けて、域内諸国間の貿易障壁を除く目的で各種規格の制定が急ピッチで進められている。この中には音響、特に騒音に関係する規格が多く含まれていて、ISO(国際規格)TC43(音響)の審議にも大きな影響を与えている(1)。一方、米国においては、1982年、EPA(環境保護局)の騒音関係部局が廃止されたが、それ以来騒音対策が進展していないことが指摘され、最近騒音に関する政策の見直しをすることになり、INCE(Institute of Noise Control Engineering)のメンバーを中心に検討が始まった(2)

ヨーロッパの騒音事情とISO
1.ECの発足とCEN/TC211
 ヨーロッパにおいては、1985年、EC委員会が1993年1月1日をEC発足の期日と定めて各国間の金融経済等の調整を進めてきた。この変革が音響の分野にどのような変化を生ずるかについて、Inter‐Noise'90(Sweden)の際、欧州の音響関係者がround tableの特別セッションを設けて検討を行ったが、その内容について座長のDaniel Commins(仏)が報告を行っている(3)

 EC委員会は1985年以来、長い間欧州統一のために何が必要であるかについて検討を行い、数多くの協定書(directives)を作成してきた。特に技術的な問題については、自由貿易の観点から各国共通の規格を制定することの必要性が指摘され、CEN(European Committee for Standardization)によって各種の規格が制定されている。1989年にはCENにTC211(音響)の技術委員会が設けられ、欧州で使用される音響に関する規格の制定作業を進めることになった。これらの規格については、すでにISO/TC43の中で審議が行われているので、CENとしては新しい規格を作成するよりもむしろ現存する国際規格をできるだけ使用することにしている。特に、航空機騒音、自動車騒音、建設騒音等に関しては、すでに欧州12ケ国がISO等の国際規格を採用して貿易の障壁を除く努力をしている。また、欧州として必要とする新しい規格についてはISOに審議を提案する一方、ISOで取り上げないものは、CEN独自に規格作成を行うことになっている。

 CENの活動については、ISOに提出されたCEN文書の中に詳細な記述がある(1)。CENとして取り上げている項目は、各種の機械騒音の測定方法と発生騒音の表示(ラベリング)一般の環境騒音と作業騒音の測定法と環境保護等広範囲にわたっている。最近の提案では欧州環境局の発足とCENを拡充し、出版部門も備えたEC標準機構の設立を推進する案も検討されているが、設置場所が未定のためあまり進展していない。またCEN規格の推進機関として、EOTC(European Organization for Testing and Certification)は、欧州各国における公私の測定機関を認定するという微妙な仕事に取り組むことにしているが、これは強制的な監視機関(police force)ということではなく、欧州各測定機関相互の測定方法の等価性を確保することを目的としている。従って、CEN規格の実施については、各国それぞれ独自に努力すべきであるとされている。なお、1990年4月に設立されたEUROLABは、各測定機関で実施された測定結果の相互比較を行ってEOTCに協力することになっている。

2.騒音に関する欧州規格の制定
 CEN規格制定の目的として、これに適合した製品にはCEマークを表示して欧州全域に通用するようにしようとするものがあるが、現在個々の製品についてはそれぞれ複雑な問題が残っている。従って、CEマークの実際の適用については現在も引き続き議論が行われているが、すでにこのマークを使用した製品もある。これらの規格の中には、回転電気機械、事務機械、農業機械、空気機械等の各種機械があり、それぞれの機械の音響パワーレベル及び音圧レベルの測定方法、測定結果の評価及び表示方法等が含まれていて、そのうち大部分の規格はISOにおいて国際規格(JIS)となったものまたは審議中のものである。

 航空機騒音については、ICAOの騒音証明を通らない航空機はヨーロッパにおいて現在、運行は許可されないことになっているが、ICAO Annex(付属書)16 Chapter2に適合する航空機についても、1995年から2002年迄に順次退役させることとし、Chapter 3に合格する航空機の運行だけを認めることにする行政処置も提案されている。なお、SSTの将来製造される機種については、近い将来ICAOにおいて制定が期待されている、騒音と空気汚染についての厳しい規制を適用することになっているが、もしICAOがこの制定を見送った場合には、ヨーロッパ独自で航空機製造会社及び航空会社にこのような規制を通告することになっている。

 また、現在実施されている空港における騒音についてのcharge(着陸料等)の考え方はトラック等にも適用を広げることが考慮されている。道路交通については規則によって自動車、モーターサイクルの騒音は規制されているが、交通量及び速度の増加に対応するためには規制の強化等について2000年迄に別途努力が必要になるとし、新しくタイヤ騒音の問題も取り上げている。また鉄道騒音に対する規制は現在行われていないが、研究課題となっているので、いずれ方針が明確にできるとしている。

 職場における騒音の問題は、CENにおける主要なテーマのひとつで、各作業所における騒音測定の方法、作業者に対する影響の評価法のほかに、作業環境における各種機械騒音の軽減の方法についても検討が行われている。なおこの場合、騒音対策はメーカーの義務であるとして、発生騒音の表示、騒音対策方法に関するデータバンクの構築の必要性が取り上げられ、ISOにおいても新しい項目として審議中である。

 職場騒音については現在欧州各国で85-90dBの限度を設けているが、これを超える場合の耳栓の使用とその場合の問題点についても議論が行われている。室内騒音の評価について、CENはISO 140(4)によって遮音測定を行うことを承認しているが、さらにホテルや事務所における環境を確保するため、建物の遮音性能の評価方法として、低周波音を含む道路騒音のスペクトルを対象音源として、R traという評価量を使用することを提案している。現在、ISO 717(5)においてもこの問題について審議中で、ここでも近く、従来、100Hz以上としている評価における対象音源をさらに低周波領域まで拡張することになると予想される。現在、これらの測定に用いられる測定器は高価で、測定に時間も要するので、ISOにおいて今の精密な測定法のほかに、簡便法(short test method)が検討されている。これは室内騒音の評価にあたって、精密な遮音測定を必要とするか否かについてスクリーニングテストを行うために用いられる。

 近年、ISOにおける規格の制定の提案が急激に増加したのはこのような背景によるもので、ISOにおける審議の経過においても、各国の意見のほかにCENの動向を強く反映している。

3.ECにおける今後の課題
 1993年のEC発足に向けて着々と準備が進められているが、各種の協定書の実際の施行にあたって、ECとして規制を監視することは、人員の不足等のために完全実施が遅れることも危倶されている。従って、各国は独自に規制の実行についての責任を持つことが求められている。

 今後音響の分野においても、機械等の設計の段階あるいは製造の段階で騒音対策について一層の努力が必要であり、各種の製品が製造され評価を受けた際にも、これらを監視する任務を持つ技術者の責任が大きくなると思われるので、音響技術者の教育、養成が今後の大きな課題である。CENの活動としても、1993年のタイムリミットが設定されているので、限りある専門家の陣容でどこまで準備ができるかが問題で、とりあえず優先順位をつけて規格の制定に取り組んでいくことになっている。現在、ブラッセルにあるEC委員会には、空気汚染、水質汚染関係の人員はそれぞれ20人いるが、ただ一人のスタッフが騒音問題を担当しているにすぎない。いずれにしても音響研究者として、もっと騒音問題の重大さについて声を大きくして一般の認識を深める必要があると思われる。

米国における騒音事情(2)

 米国においては、1972年、騒音対策法(Noise Control Act)、1978年には都市静穏法(Quiet Communities Act)を設定した。EPA(米国環境保護局)においては、騒音対策プログラムに従って、主要音源の指定とその規制、音源となる製品に対するラベリング、FAAに対する航空機騒音の規制、及び騒音による影響に関する調査結果の発表と騒音対策の研究に対する財政支援等を実施してきた。これはONAC(Office of Noise Abatement and Control)において実施されていたが、1982年、レーガン政権の際にこの部局は閉鎖された。最近、米国行政会議(Administrative Conference of US)のワシントン機関が国として今後対応すべき問題の検討を開始し、騒音問題についてのEPAの役割と責任について騒音関係者の意見を求めた結果、9人の米国、INCEのメンバーがEPAに参加することになっている。

 これらのメンバーから出されている主な意見はつぎの通りである。

 1.EPAから大統領に提出された騒音環境保護に関する、レベルドキュメント(6)は非常に有効な報告書である。
 2.ONACにおける技術的な機能は極めて有効で不可欠である。
 3.ラベリングは有効であるが、さらに技術的に検討が必要である。
 4.騒音に関する教育が必要である。
 5.国及び自治体における活動が鈍化したのはONACの援助がなくなったためで、どうしも国の援助が必要である。
 6.国の機関が騒音対策に関する情報のデータベースを保有する必要がある。
 7.国の騒音に関する部局はその活動にあたって、INCEやISOのような既存の組織と協力し合意を得るようにすべきである。
 8.騒音の評価指標については再検討を要するが、これも広い合意が必要である。
 9.国の組織として騒音に関する機能をもった部局が存在し、騒音対策について仕事をすすめることが必要である。

文献
(1)Report on the activity of CEN/TC211
   "Acoustics"ISO SC/1,N670(1990)
(2)The President's Conner, A Revised ONAC ?,
  Nancy S.Timmerman, NOISE/NEWS Vol.20 No.3, p51(1991)
(3)Europe 92 and Acoustics :Daniel Commins,
  NOISE/NEWS Vol.20 No.3, p49(1991)
(4)ISO 140: Measurement of Sound Insulation in Buildings and of Building Elements.
(5)ISO R 717: Rating of Sound Insulation for Dwellings.
(6)Information on levels of environmental noise requisite to protect public health and welfare with an qdequate margin of safety.
 EPA 550/9-74-004(1974)

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