1992/1
No.35
1. 迎 春 2. 木造家屋の振動増幅特性(振動増幅の周波数的特徴) 3. デジタル補聴器 HD-10 (DIGITALIAN)
       <技術報告>
 デジタル補聴器 HD‐10(DIGITALIAN)

リオン株式会社 聴能技術部1G 舘 野  誠

1.はじめに
 昨年10月より発売されたHD‐10(DIGITALIAN)は、これまでのアナログ増幅回路に加えて、デジタル信号処理回路を組み込んだ箱形補聴器です。デジタル信号処理による補聴効果の改善を、実用可能な補聴器として実現することを目標に開発されました(写真1)。
 信号処理の方式は、テーブル参照による入出力変換です。使用する人の特性にあわせてメモリーテーブルにデータを書き込むことにより、自由な入出力特性を持った補聴器を実現できます。それにより、使用者の聴覚特性の補償や暗騒音の抑制、子音の強調などが可能です。テーブル参照方式であるために、デジタル回路の消費電力が少なく、単4アルカリ電池4本で約100時間使用できます。

写真1 HD-10(DIGITALIAN)

2.開発の背景
 補聴器を使用する人の多くは、補聴器によってレベルの低い音も聞こえるようになりますが、ことばを不自由なく聞き取れるようには、なかなかなりません。補聴器では、その点を少しでも改善するために、増幅回路や電気音響変換器に各種の工夫がなされています。しかし、よりよく聞き取れる補聴器に対する希望は強く、そのための研究は、聴覚生理/心理学的な面からも精力的に行われています。
 そのような中で、近年デジタル技術の補聴器への応用がさかんに試みられ、プログラマブル補聴器が各種発売されました。プログラマブル補聴器とは、補聴器のアナログ増幅回路の特性をデジタル符号によってプログラムできるようにしたものです。プログラマブル補聴器はフィッティングの際の特性変更や調整状態の管理が容易に行えるのが特長で、リモートコントロール方式にすることもできます。ただ、増幅回路の動きは従来の補聴器と同じなので、ことばの聞き取りに関して特別な効果は期待できません。
 一方、デジタル信号処理によって補聴器でのことばのききとりを改善しようとする研究も各種行われてきました。しかし、デジタルフィルタなどによって周波数特性の自由度を高めるだけでは実際的な効果が少なく、より価値のあるアルゴリズムが模索されています。デジタル信号処理装置は概して回路規模と消費電力が大きく、実用的な補聴器として実現するのは困難と考えられていました。

3.DIGITALIANの構成
 図1のブロックダイアグラムに示すように、入力信号をフィルタで3つの周波数チャンネルに分割してからA/D変換し、その符号化された入力振幅をテーブル参照によって逐一出力振幅に変換し出力します。テーブルは半導体メモリーで構成され、すべての入力振幅に対応する出力振幅が書き込まれています。すなわち、入出力特性グラフがまるごと補聴器内のメモリーに記憶されていることになります。したがって、原理的にはあらゆる入出力特性を実現することができます。3つの周波数チャンネルに対して、それぞれのメモリーテーブルを使って変換するため、入力信号の周波数に応じて3種類の入出力特性を与えることができます。

図1 DIGITAL}IANのブロックダイアグラム

 この方式では瞬時振幅を非線形変換するため、波形の変形を伴い高調波歪を生じますが、その大部分はD/A変換した後にフィルタで除去されます。
 チャンネルを分割する周波数は780Hzと2300Hzです。この周波数は、それぞれのチャンネルに対して異なる入出力特性を与える処理に適するように決定されています。すなわち、暗騒音の抑制や無声子音の強調などのために低音と高音チャンネルを特殊な入出力特性にしても、780〜2300Hzの中音チャンネルを繰形に近い特性にしておけば、会話音の韻律は比較的自然に保たれます。
 また、使用環境に応じて4つのプログラムをボタンで切り替えることができます。プログラムに対応するそれぞれのテーブルがあります。これらのテーブルの内容は、プログラム装置(パーソナルコンピュータPC‐9801+専用ソフトウェアPC‐STAFF)を接続して書き込みます。書き込まれた内容は、リチウム電池でバックアップされます(写真2)。

写真2 プログラム装置を接続したところ

4.DIGITALIANの効果
(1)暗騒音の抑制
 低音と高音のチャンネルで、入力音のレベルが平均的な会話音より低いときだけゲインが下がるような入出力特性を与えることにより、会話音の音質をあまり変えずに暗騒音を抑制します。レベルが低く振幅変動の少ない暗騒音ほど大きく抑制されます。暗騒音のあまりない静かな環境では会話音のレベルも低いため、この処理を強くかけると会話音も抑制されます。したがって、使用環境に応じて使い分ける必要があります。
(2)子音の強調
  高音と中音のチャンネルで、入力レベルが低いときだけゲインが上がるような入出力特性を与えることにより、主に無声子音成分のレベルが上昇します。会議など、特に聞き取りを重視したい場面で有効と考えられます。騒音の多い環境では、騒音の一部も強調されて騒がしく感じられます。
(3)その他の効果
  聴力低下に伴うラウドネス曲線の変化を、入出力特性の調整によって補正することができます。ただ、それを完全に補正すると暗騒音が強調されて使用しにくくなる場合が多いので、入力レベルが高い場合だけ補正するのがよいと思われます。
 入出力特性をプログラムすることによる補聴効果については、完全に解明されているわけではなく、さらに検討を続ける必要があります。

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