2018/1
No.139
1. 巻頭言 2. inter-noise 2017 3. ISE16参加報告 4. 第8回欧州鋼・複合構造に関する国際会議 (EuroSteel 2017)を終えて
  5. リオネットシリーズ マキシエンス、マキシエンスV の開発

     <技術報告>
 リオネットシリーズ マキシエンス、マキシエンスVの開発


リオン株式会社 医療機器事業部 第一開発部  中 野 達 也

1.はじめに
 2017年8月、リオネット補聴器のフラッグシップモデルであるリオネットシリーズ マキシエンス、マキシエンスVを発売した。このリオネットシリーズは以下のコンセプトに基づき、開発を行った(図1)。 
① 自然な音質 
② 言葉を聞き取りやすく 
③ 使いやすく、スタイリッシュな筐体
 ここでは、従来の補聴器が抱えていた課題と、それらに対してリオネットシリーズがどのように改善したかを紹介する。

図1 リオネットシリーズ マキシエンスHB-A5

2.自然な音質を実現するために
2.1 遅延時間の低減
 現代のデジタル補聴器は、ハウリングキャンセラーや騒音抑制機能などが搭載されていることが一般的である。それらはデジタルならではの機能であり、そういった機能によって、ユーザーは以前よりも補聴器を快適に装用することができるようになった。
 しかし、そのデジタル化による弊害が「遅延」である。ここでいう遅延とは、マイクに入力された音がイヤホンから出力されるまでの時間である。遅延と言ってもその時間はわずか数ミリ秒であり、とても人間が意識して感じることができる時間ではない。しかし、そのわずかな時間であるはずの遅延によって音質に違和感が生じるケースがあった。
 例えば片耳装用の場合、非装用耳に対して装用耳には音が遅れて入力されることになる。また、片耳装用でなくとも、耳せんにベント(空気孔)がある場合にも同様で、ベントを通って直接耳に入る音に対して、補聴器から出力される音はわずかに遅れて耳に入ることになる。このようにわずかに時間差のある2つの音を同時に聞くという現象によって、「音が響いて聞こえる」「音がはっきりしない」などと訴える方がいた。
 そこで新たな信号処理ユニット「リオネットエンジン」を開発することで、従来機種に対して約10〜40 %ほど遅延時間を低減することができた。その結果、従来機種よりも「自然な音質」「音がはっきりする」という評価を得ることができた(図2)。
図2 遅延時間の低減

2.2 ハウリングキャンセラーの改良 (AFBC typeR)
 マジェス、プレシアIIシリーズなどに搭載されている「周波数シフト方式」と呼ばれているハウリングキャンセラーは、ハウリングを止めることに関しては非常に効果的であり、ご好評をいただいている。しかし、この動作方式は出力音の周波数を数十Hzずらす動作方式であるため、入力音の種類によっては音が震えて聞こえる場合もあり、これも音質に違和感を与える原因であった。
 それ以前のハウリングキャンセラーは、音質に影響を与えることはないものの、ハウリング抑制量としては小さく、ハウリングしやすいという問題があった。
 そこで、リオネットシリーズ マキシエンス、マキシエンスVは音質に影響を与えず、ハウリング抑制量を大きくするため、新たなハウリングキャンセラー「AFBC typeR」を開発した。
 こちらも従来機種との比較では「音がゆれない」「自然な音質」であるとの評価を得ることができた。

3.言葉を聞き取りやすくするために
3.1 残響抑制機能

 難聴者は、例えば講演会場のような残響時間が長い環境下での言葉の聞き取りが、健聴者と比較すると特に困難である。そういった環境下でも言葉を聞き取りやすくするため、リオネットシリーズ マキシエンス、マキシエンスVで新たに残響抑制機能を搭載した。
 図3は残響音が音声に与える影響を示すイメージ図である。残響環境下での音声は、音声②に音声①の残響音成分が重なってしまうことで言葉が聞き取りにくくなってしまう。そこで残響抑制機能を使用すると、音声①の残響音成分が抑制され、音声①と音声②の弁別が付きやすくなるため、言葉が聞き取りやすくなる。
 この処理は、過去の入力信号から周波数帯域別に残響成分を推定し、残響成分のエネルギーが大きいと予測された場合に抑制することで、残響下における聞き取りやすさを向上させるという原理である。ただし、残響が少ない環境下における音声や、音楽における心地良い響きも抑制してしまうため、状況により残響抑制のON/OFFを切替えることが推奨される。この切替えは、AMC typeR (後述3.2)を用いることで、自動で行なうことができる。
 モニター結果では、残響環境下では残響抑制を使用した方が聞き取りやすいという意見が大多数であり、ぜひとも体験していただきたい新機能のひとつである。
残響抑制機能OFF
残響抑制機能ON
図3 残響抑制機能使用時のイメージ

3.2 様々な音環境への自動適応機能(AMC typeR)
 「補聴器は雑音まで増幅してしまってうるさい」というのは一昔前の話で、先でも述べたように、今は雑音抑制機能などが搭載されていることが一般的である。
 しかし、この雑音抑制機能は雑音下で快適に装用するための機能である反面、静寂下での会話時に使用してしまうと、音声情報までも欠落してしまう場合もある。先に紹介した残響抑制機能なども同様で、これらのデジタル機能はどのような音環境下でも万能に働き、言葉を聞き取りやすくすることができる魔法のような機能ではない。
 そこで、そのような機能ができるだけ言葉の聞き取りに影響を与えないようにするため、AMC typeRを新たに開発した。
 AMC typeR は、装用者が置かれている音環境を「静寂下での会話」「雑音下での会話」「雑音」「音楽」「静寂」の5つに分類し、雑音抑制機能などの効果を自動的に変化させる。これによって各デジタル機能を入れることによる弊害を防ぎ、どのような環境下でも言葉を聞き取りやすくすることができる。

4.使いやすく、スタイリッシュなデザイン
4.1 新筐体HB-A3、HB-A5

 補聴器のメインユーザーは高齢者であるが、高齢者にとって補聴器の操作は容易ではない。高齢者でなくとも、耳に装用したまま、つまり目視せずに操作するということ自体が難しい。そこで今回の筐体は、スタイリッシュであることは当然ながら、使いやすさも追及し、自然な操作感を目指して設計を行った。その結果、耳かけ型補聴器HB-A3、HB-A5 という新たな筐体が誕生した(図1)。
 HB-A3は耳かけ型の中でも最も小型なRICタイプ※であり、既存機種には搭載できなかったメモリ切替ボタンを搭載しながら、既存機種と同等のサイズにすることができた。
 HB-A5 はHB-A3の次に小さいタイプの耳かけ型補聴器であり、こちらも既存機種には搭載できなかった誘導コイルを搭載しながら、既存機種と同等のサイズにすることができた。
 補聴器は小型化と機能向上の相反する要望が常にある中、このような機能向上は、新開発のMEMS マイクモジュールの採用などによって実現することができた。

※RIC=Receiver in the Canal。外耳道にイヤホンが配置されるタイプの補聴器のこと

4.2 使いやすくするための工夫
 HB-A3、HB-A5 の共通の特徴として、図4に示すとおり、メモリ切替ボタンと電池ホルダの先が少し尖ったような形状になっている。これによって指先の感覚だけでボタンの位置を探しやすく、図5のように親指で電池ホルダを支えながらボタンを押すことができるため、無理なく操作することができる。
 また、電池ホルダの突起の部分に指の腹をあてることで、爪先を引っかけるようなことなく、電池ホルダを開けることができる。電池は本体をひっくり返すことで取り出せるため、ここでも指先を使うことなくお使いいただける。
 このあたりは実際の製品を手に取っていただくとわか りやすいため、ぜひお試しいただきたい。
図4 HB-A5
図5 メモリ切替ボタンを押す様子

 

4.3 スタイリッシュなデザイン
 HB-A3、HB-A5 は図1に示す全9色の高級車を連想 させる「コク」と「深み」のあるカラーリングとした。
 ケース全面に塗装を施すこと、上下ケースの質感を変えることで、高級感があり、スタイリッシュなデザインになった。その塗装は見た目だけでなく、新しい塗装評価方法を確立したことで、既存機種よりも耐久性の高い塗装となっている。
 また、前章で紹介した突起がデザインに影響を与える 役割もあり、従来から大きく刷新されたデザインである 印象を与えることができた。
 このデザイン性と使いやすさを両立したケースは、市場でも非常に好評であり、2017 年度グッドデザイン賞を受賞することができた。

5.おわりに
 このリオネットシリーズは、補聴器としては最も重要なことである「音質」や「聞こえる」ということにこだわって開発を進めてきた。それだけでなく、毎日装用したくなるような美しいデザインと、ストレスを感じることのない自然な操作性を両立した筐体であり、共にリオネット補聴器のフラッグシップにふさわしい仕上がりである。私の紹介を読まれるよりも、実際に体験していただければきっとその良さに気づいていただけるだろう。
 毎朝、お気に入りのアクセサリーや腕時計を装用することで気分が高揚するように、リオネットシリーズも装用される方の生活を少しでも楽しく豊かにできるような存在になれることを願う。

 

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