2015/10
No.130
1. 巻頭言 2. inter-noise 2015 3. 捕 虫 器 4. 第40回ピエゾサロン
  5. 振動レベル計 VM-55

      <骨董品シリーズ その96>
 捕 虫 器


理事長  山 下  充 康

 おかしな物を手に入れた。形から旧いオルゴールと思って購入したのだが、捕虫器であることが判明した(図1)。時計のゼンマイの力で極めて緩やかに回転する円筒形のドラムが中央に置かれている(図2)。使用に当たっては木製のドラムに醤油や味醂、砂糖などの虫が好みそうな液体を塗り付けておく。虫がこれを夢中になって吸っているうちにドラムが緩やかに回転して木枠に金網が張られた虫落としに捕えられる(図3)。ドラムには立ち上がる金属の翼が付けられていて虫が逃げられないように工夫されている(図4)。
 本体は木箱で造られており、捕えた虫を覗き見ることができるように、ガラスの嵌められた孔がくりぬかれている。孔のかたちが梅の花型なのが如何にも当時の遊び心を感じさせる。

図1 捕虫器「村瀬式蠅捕器」

 写真奥の回転ドラムで蠅などを本体内に取り込む。正面の孔は内部確認のほか、虫の走光性を利用して本体内から写真手前の虫落としに誘導するための明かり窓を兼ねている

図2 木製ドラムとゼンマイ

巻鍵は取り外してゼンマイ室の留め具に収納できる

図3 本体から虫落としを引き出した状態

本体に接する穴には金網が漏斗状に張られ、捕えた虫が容易に逃げられないようになっている

図4 ドラムと4枚の金属翼

 12時位置を過ぎると自重で翼が立ち上がり、ドラムに止まった虫を逃さず取り込む。ドラム側面に延びた針金は、翼が開きすぎないようストッパーの役割を果たす


 大正年間の製品広告を見つけたので図5に掲載した。冒頭に「弦齋夫人御賞讃」とあるが、この弦齋夫人が何者だったのかは正しくは不明である。恐らくは、小説「食道楽」の作者村井弦斎の夫人で、実用手軽な料理談を明治年間の末に発刊した村井多嘉子であろう。刊行されたのは、月毎に旬の食材を取り上げて「餅の食べ過ぎは如何に治すか」「餅のカビは如何に防ぐか」といった項目別に書かれたノウハウ本であったらしい。大隈重信の従兄弟の娘にあたり、明治のエリート一族であった。

図5 大正年間の広告「自働蠅捕器」

所蔵品とは発売元が異なるが、外観は酷似している

 当時の奥様方や食品を扱う業種は飛び回る蠅に悩まされていたようで、乾物屋の天井から吊るされたトリモチが塗られた蠅取りリボンは、すぐに蠅が貼りついて黒くなったものである。下水道が整備された都心部では蠅に悩まされることは少なくなったが、一般家庭の台所にも天井から下げられた蠅取りリボンは日常的に見られたものであった。この道具は、殺虫剤を用いずに衛生を保てるように工夫されたものであろう。その他、明治から大正にかけてカジカ蛙を飼うのが流行っていて、餌として生きた蠅を与えなければならなかった。蠅取りリボンではトリモチにまみれて蠅が死んでしまう。このためにも本器のような蠅を生け捕りにする方法があれこれと考案されていたようである。

 音響科学とは関係ない品であるが、古めかしくて珍しく、かつ完全に原型をとどめており、死蔵しておくのは勿体ないのでこの場をお借りして紹介させていただいた。

 

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