2012/4
No.116
1. 巻頭言 2. 折り紙インパルス音源の音響特性 3. ホイッスル 4. 第37回ピエゾサロン
  5. 強震計測装置(SM-28)

     第37回ピエゾサロン
 「L型ポリ乳酸圧電応用デバイスの研究、開発及び事業化に向けた取組」 安藤 正道
     「キラル高分子の圧電性とアクチュエーターへの応用」 田實 佳郎

顧 問   深 田 栄 一

 平成23年10月4日に幕張メッセでCEATEC展示会があり、村田製作所から新しい圧電高分子の製品開発が発表された。これを受けて、11月18日に、小林理学研究所で第37回のピエゾサロンが開催された。
 ポリ乳酸は光学活性を持つキラル高分子の一つであり、生分解性をもつ環境にやさしいポリマーである。これを延伸した膜は、ずり圧電率が10 pC/Nに達する高い圧電効 を示すことが1991年に報告された1)。その後、関西大学の田實佳郎教授の研究室でポリ乳酸をアクチュエーターとして用いる基礎と応用の研究が活発に行われてきた。その結果が三井化学、村田製作所との共同開発となって発表されたのである。
 村田製作所の安藤正道主任研究員は、社内公募による未来テーマに応募され2007年に研究を開始された。その果実が、透明スピーカー、変位センサ、タッチパネルなどであり、CEATECでは曲げ、ねじりにより操作するTVリモコンと圧力が検知できるタッチパネルが展示された。

ポリ乳酸(PLLA)
 Poly-L-lactic acid (PLLA) の特徴は、圧電出力定数(g定数)が高いこと、透明度が高いこと、強度が高いこと、焦電性がないこと、ポーリング(分極)が不要なこと、ねじりと曲げを独立に検出できること、環境にやさしいことなどである。
 図1は厚さ2 mmのPMMA板に厚さ70 mのPLLAの45度カットフィルムを接着したものである。この板の中央を押し、PLLA膜を延伸した時の長さの伸びと発生電圧との関係が示されている。0.06 %の歪で30 Vの電圧が得られている。図2は変位センサとリーフグリップリモコンの説明、図3はタッチプレッシャーパッドの説明である。


測定条件


伸びと発生電圧の関係

図1 高い圧電効果


図2 変位センサとリモコン


図3 プレッシャーパッド


図4 巨視的対称性


図5 PLLAの結晶構造と対称性

PLLAとPVDFの結晶構造と圧電対称性
 圧電高分子で著名なのはPolyvinylidene fluoride (PVDF)である。PVDFのフィルムは、そのままでは圧電性を示さない。一方向に引き延ばすと、高分子鎖が平行に並んで結晶化する。微小な結晶が配向した高分子鎖の中に埋もれた延伸結晶化フィルムができる。このフィルムはまだ圧電性ではない。さらにフィルムの両面に電極を付け、高い電圧をかけてpolingの操作を加えると、初めて圧電性になる。微結晶の中で、高分子鎖に存在するCF2の双極子(dipole)がフィルム に直角方向に並んで残留分極が作られる。この残留分極と電歪率の積が圧電率である。
 延伸方向に1軸、厚さ方向に3軸をとると、d31, d32, d33, d24, d15 の5個の圧電係数が応力と分極との間に存在する。このうち d31 は1軸の応力に対する3軸の分極、d33 は3軸(ポーリングの方向すなわち厚さの方向)での応力と分極の係数である。PVDFは3軸方向に極性を持つので、温度を変えると、3軸方向の分極が変化する。すなわち焦電性がある。
 ポリ乳酸の圧電フィルムの特徴は、高分子鎖を延伸するだけで、ポーリングが不必要なことである。圧電効 は、ポリ乳酸の高分子鎖が作る結晶部分の性質による。さらに言えば、結晶内のヘリックス状のポリ乳酸分子に存在するCO-O 双極子の内部変位に起因するものである。キラルな分子形態のため大きな旋光性をもつ。実際にL型の分子は左旋性であり圧電率 d14 は負であるが、D型の右旋性の分子は d14 が正である。
 ポリ乳酸のようなずり圧電性のフィルムでは、延伸方向を3軸にとり、厚さ方向に1軸を、フィルムの幅方向に2軸をとる習慣がある。分子のヘリックスの軸が3軸方向である。
 ポリ乳酸の単結晶には、その対称性 D2 から、d14, d25, d36 の3個の圧電率が存在するが、多数の結晶が3軸方向にそろって配向した集合系では、1軸と2軸を含む面が等方性になるので、d36 の効果は打ち消され、可能な圧電率は d14d25 のみとなる。また d14 =−d25 の関係が成り立つ。結晶対称系では D になる。したがってポリ乳酸の延伸フィルムには、ずりの圧電率 d14 しか存在しない。
 図1に示したPLLAの細長いフィルムは、長さが延伸方向に対して45度の方向になるようにカットしたものである。長さが延伸方向と一致したフィルムでは、ねじりの変形に対して、ずりの圧電が発現し、電圧が発生する。
 PVDFのフィルムでは、フィルム面内の伸びや、面に直角な圧力を検知しているが、PLLAのフィルムでは、45度カットのフィルムで曲げを、0度カットのフィルムでねじりを検知している。
 図6に示すヘリックス状の分子に、ずり歪を加えると、COの双極子がわずかに内部回転を起し、ずり面に直角の方向に分極変化が現れる。


図6 ずりの圧電性


図7 高分子の階層構造

表1 Temperature dependence of piezoelectric constant and elastic constant for supercritical CO2 treatment at 8 MPa for 20 min.

Piezoelectric constant increases from 12 pC/N to 23 pC/N at 80℃.

超臨界二酸化炭素処理による圧電性の向上
 図7はPLLAフィルムの高次構造を、長さのスケールを少しずつ小さくして眺めたものである。ポリ乳酸フィルムは透明なポリエステルプラスチックのフィルムである。原子間力顕微鏡写真で観察すると、表面構造の不均一性が見られる。高分子鎖が規則正しく並んだ結晶部分と不規則に集合した非晶部分とが混在している。非晶部分には圧電性がない。この非晶部分をさらに配向させ結晶化させることができれば、圧電率が向上することが期待される。
 そのために超臨界二酸化炭素処理という方法を試みた。高温高圧で超臨界状態になった CO2 は溶解作用と拡散作用が大きくなる。そのため高圧下では非晶部分の高分子鎖がさらに配向結晶化する。
 延伸したポリ乳酸フィルムを炭酸ガスと共に耐圧容器にいれ、圧力を8 MPa に保ち、温度を40‐138 ℃に変えて処理を行った。処理後に測定したポリ乳酸フィルムの弾性率と圧電率を表1に示した。圧電率は、80 ℃処理のときに最大となり、未処理の場合の2倍に増加した。実際に、工業化されたPLLAの圧電率は約30 pC/N に達している。


(株)村田製作所 安藤正道主任研究員


関西大学 田實佳郎教授

文献
1) E.Fukada, Rept.Prog.Polym.Phys,Jpn. 34,269 (1991)  
2) K.Imoto, Y.Tajitsu et al, Jpn.J.Appl.Phys.48,09KE06-1-09KE06-4(2009)

 

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