2012/4
No.116
1. 巻頭言 2. 折り紙インパルス音源の音響特性 3. ホイッスル 4. 第37回ピエゾサロン
  5. 強震計測装置(SM-28)

    <骨董品シリーズ その82>
 ホイッスル


理事長  山 下 充 康

 北九州、博多から西に10 kmほどの距離に玄界灘に突き出た小さな半島がある。東松浦半島。その一画に呼子(よぶこ)という小さな町があって、太平洋戦争の頃には鯨の水揚げ漁港として栄えていた。今日ではイカ釣り船の寄港地として賑わいを見せている。呼子と書いて「よぶこ」と読ませるのは朝鮮に向かって船出する夫の名を呼び続けた妻「松浦佐用姫(まつらさよひめ)」が悲しみのあまり石に姿を変えたという「佐用姫伝説」に由来しているとのことである(佐用姫が姿を変えたという石が当地の神社に祭られている)。

 ところで呼子と書けば普通は「よびこ」と読む。ホイッスルのことである。

 今回はホイッスルを取り上げることとした。大きなホイッスルについては蒸気機関車の汽笛としてこの紙面で過去に取り上げたことがある(No.94, 2006/10)。大宮の鉄道博物館に展示されていた汽笛の写真を図1に示した。今回取り上げるのは機関車の汽笛のように大型のものでなく、首から紐で下げて口で吹き鳴らす小型の笛である。

 イギリスの豪華大型客船「タイタニック号」の沈没事故を基にしたアメリカ映画がある。当時の客船の豪華さと事故の悲惨さをスクリーンに描き出した映画の中でホイッスルが効果的に使われていた(図2)。凍えるような波間で吹き鳴らすホイッスルの音が救助をうながすのであるが、寒さで消耗し大声を出せない中、ホイッスルの発する甲高い音がヒロインの命を救ったのであった。


図1 鉄道の汽笛
(提供:山口昌男氏)


図2 タイタニック号の航海士が保有していたホイッスルのレプリカ
本体上面に製造元の社名が刻まれている

 バレーボールやフットボールの試合で、観客の大歓声の中でもレフリーのホイッスルの音ははっきり聞き取ることができる。人の聴覚を刺激するホイッスルの音は「音信号」として便利に使われてきた。

 交通巡査の吹き鳴らすホイッスルは交通違反車輌はもとより混雑した交差点でこれを聞かされる人々に緊張感を抱かせる。近年では電車などの発車の合図に押しボタンで音楽やチャイムの音などを聞かせることが多くなったが、以前は車掌がプラットホーム中に聞こえるような甲高い音でホイッスルを吹き鳴らしていたものであった(図3)。


図3 旧国鉄の車掌が使用していたホイッスル

上 国鉄のマークの付けられた車掌帽(提供:鈴木 章医師)
下 旧満鉄の職員が着けていた腕章

 今日でも観光バスの誘導時にバックオーライの合図などでホイッスルが使われている。
 ホイッスルが防災用具袋に入れられていたり、また登山用具として緊急時の合図用に携行される場合もある。

 警笛としてだけではなく、音楽に取り入れた例もある。ブラジルのカーニヴァルで有名なサンバの音楽ではホイッスルの音が効果的に使われている。

 ホイッスルは警笛として使われることが多いが時には音楽の中で楽器として利用されることもある。たいていは金属製であるがサンバで使われるホイッスルは木製が多い。注意を促す目的で音が細かく震えて聞こえるように中空になった胴の部分にコルク製の小さなボールが入れられている。口にくわえて吹き鳴らすので中に唾液がたまってコルクがふやけてしまう場合もあるので頻繁に内部の唾液を切り飛ばす必要があった。唾液を含んでピリピリとならなくなるのを避けるためにプラスティック製の小さなボールが使われる場合もある。

 ホイッスルの一種に南米の原住民族が作ったとされる「鼻笛」というものがある(図4)。ホイッスルのように呼気を利用して吹き鳴らす楽器で「ノーズフルート」とも呼ばれている。音程を放射することはできるが、小さな音なので警報として使うことはできない。


図4 木製の鼻笛

上部の穴に鼻から呼気を吹き込んで音を発する

 ほら貝の音のように「ボーッ」と低音で鳴らされる音は広い範囲に届く音であるが、緊迫感がない。限られた範囲で鋭く聞こえる必要のある「警笛」にはホイッスルの音が向いている。ホイッスルは人間の聴覚特性と音の物理的な性質を利用した便利な音信号発生器であろう。

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